シルフィス恋物語
 
 広場
 
 
ティータイム
その7
 
 
セイリオスの実家は、ほんの1世紀前まで王宮として使われていた、
クライン市でもっとも有名で、歴史的に価値の高い建築物である。
庭園の一部を一般に解放しているが、建物の中に入れるのは、家族とごくわずかな関係者のみである。
白と青を基調にした優美な外観の館は、とくに若い女性の間で憧れの的となっていて、
招待されれば、館の中を見る貴重な機会を逃す者はいないだろう。
それなのに、シルフィスに拒まれたのは2度目だ。
セイリオスは少なからずショックを受けていた。
「住むのはきみなんだから、好きにしてかまわない。
ただ、我が家に何か不都合な点があるのだったら、改善するから、
遠慮せずに言ってほしい」
「不都合なんて……」
理由ははっきりしないが、シルフィスはセイリオスの実家を避けている。
近い将来、自分の家になるのだから堂々と住めばいい、とは
さすがのセイリオスも言えない雰囲気だった。
「ディアーナと喧嘩したわけでもないんだろう?」
「ディアーナには言わないでください。知ったら、きっとショックを受けます。
実は、以前に、泊めていただいたことがあるんです。」
「いつ?」
「去年の夏休みの終わり頃です」
「去年の夏か……」
その頃、セイリオスは空中庭園建設のプロジェクトにかかりきりで、
休暇を取るどころか、実家に帰る余裕さえなかった。
もし、実家に戻っていたら、シルフィスに会っていたかもしれない、と思い、
心の中で舌打ちした。
「それで、そのときに何か嫌なことでもあったのかい?」
「いえ、部屋は豪華で、食事もおいしくて、使用人のみなさんにも親切にしていただいて、
なにもかも完璧でした。ですが……」
「なるほどね」
そういうことか、とセイリオスは納得した。
実家では、彼でさえ、息がつまる思いをしている。
つねに使用人の目があって、床にごろ寝をすることもできなければ、
台所に行ってコップに水をくむことすらできない窮屈な生活。
夕食時には、いちいち正装に着替えなければならず、
無論、テーブルマナーにも厳しい。
それが嫌で、セイリオスは早めに家を出て、自活を始めたのだった。
「わかるよ。きみが避けたくなる気持ちも……」
「ということは……やはり、出るんですか?」
「何の話だい?」
「幽霊に決まっています!」
セイリオスは、シルフィスが真っ青になっているのに気づいた。
「セイルの家は、むかし王宮だったんですよね。
王妃に恋をして幽閉された騎士とか、
皇太子に仕事を押しつけられて過労死した文官とかが、夜な夜な……」
「こらこら、私の先祖を罪人にするつもりかい?」
セイリオスは、シルフィスを安心させようと、ふざけた口調で言った。
察するに、シルフィスは実家に泊まったときに、ディアーナから怪談話を聞いて、
すっかり信じこんでしまったのだろう。
「作り話なんですか?」
「さぁ、どうかな? 少なくとも、私は1度も幽霊と対面したことはないよ」
シルフィスはほっとしたように、胸に手を当てた。
「では、セイルの実家に行っても、大丈夫ですね」
そのとき、セイリオスにある考えがひらめいた。
シルフィスを実家に来るよう説得できたことが、それほど嬉しくなかったのだ。
その理由は明白だった。
彼がシルフィスに住んでほしい場所は、他にあるのだから。
「そのことなんだが……。
シルフィス、私と一緒に住むことも考えてみてくれないか?」
 
【小牧】
さて、いよいよ、セイルシルアンソロジー本で描いた漫画「同棲時代」とつながりそうです。
止めるのなら、今のうちですよ。
ただし、止めるのなら、殿下に恨まれる覚悟をしてください。
執念深いですよ〜。殿下は。
 
 
 
 
  
 
ティータイム
その8
 
  「早すぎるのはわかっている。
しかし、決して、いい加減な気持ちで言っているわけではない。きみの学校が校則で結婚を禁止していなければ、2週間前に、銀の鎖ではなく婚約指輪を贈っていた」
セイリオスはシルフィスの反応を見ながら、慎重に言葉をつむいだ。
セイリオス自身、自分の提案に驚いていた。
近い将来、求婚する意志はあったが、相応しい時期を見極めて、然るべき場所で、計画的に話を切りだすつもりだった。
今は、ときも場所も、提案の内容さえも、適当とはいえない。
同棲を求めるとは、セイリオスとしても予想外だったし、シルフィスが少しでも拒否するような素振りを見せたなら、無理強いはせず、話を打ちきるつもりでいた。
しかし、シルフィスは、セイリオスの予想に反して、少しも動揺しているようには見えなかった。
話を聞いているのかいないのか、溶けかけのアイスクリームを急いでなめている。
話が唐突すぎて、その重要性に気づいていないのかもしれないと、セイリオスは少し補足することにした。
「きみにとっては一生の問題だ。すぐに返事をもらおうとは思わない。
しかし、こう考えてみてはどうだい。
この先、50年一緒に暮らすのだから、1年ていど早まったところで、どうってことはないだろう」
ラジオのトークショーでも聴いているかのように、シルフィスは軽くうなずいた。
アイスクリームをなめるのを、いっこうにやめようとしない。
セイリオスは無視されているような気分になった。
「シルフィス、何か言ってくれないか」
「明日から、少しずつ荷物を運んでもいいですか?」
やはり冗談だと思われているのだ。
セイリオスはいらだちを隠して、静かに言った。
「他に訊くことがあるだろう」
「そうですね。一緒に暮らすのは夏休みの間だけですか?
それとも、夏休みが終わった後も、住み続けてもいいんですか?
それによって、荷物の量が違います」
「シルフィス!」
セイリオスは真剣であることをわかってもらうために、シルフィスの手にあるアイスクリームを取り上げようと身をのりだしたが、あっさりとかわされてしまった。
シルフィスはアイスクリーム片手に、にっこりと笑う。
「私たち、夏休みの計画を立てているんですよね。
でしたら、もっと楽しい顔をしてください」
「あ……ああ」
セイリオスはシルフィスの言葉にまごついたが、彼女なりに雰囲気を壊さないよう気を遣った断り方なのだろうと思いつき、椅子に座り直した。
ただし、眉間には思いっきりしわを寄せている。
「セイル、答えなら、もうご存じのはずですよ。
私は1ヶ月も前に返事をしています」
「え?」
「私は言いました。今度、部屋に泊まるよう勧められたら、絶対に断らないと。
すると、あなたは……」
「次は冗談は抜きだ、と言った」
セイリオスは抜群の記憶力で、そのときのことを思い出した。
それは、初めてシルフィスがセイリオスの部屋を訪れた日、帰り際にかわした会話だった。

【小牧】
プロットなしで、ここまで伏線を引っぱってきました。
覚えているのがつらい……。
ほかにも、いっぱい伏線を張っています。
すっ飛ばしそうで怖いです。
すっ飛ばしてしまったときは、後に回すか、
伏線を張ったのをなかったことにするか、その辺はまあ適当に(おい)。

 
 
 
 
 
ティータイム
その9
 
「だからといって、実行しなければいけないという理由はないんだよ。
気が進まなければ、断ってくれてかまわない」
セイリオスは子供に言い聞かせるように、優しく言った。
シルフィスに、冗談の延長で決断してほしくなかった。
「あとで後悔しないよう、じっくり考えた方がいい」
だが、セイリオスの気遣いに、シルフィスは、むしろ戸惑ったようだった。
「もっと喜んでくださるかと思いました」
急に表情をこわばらせて、うつむく。
白い手にとけたアイスクリームが筋となって流れ落ちるが、ぬぐおうともしない。
このときになって、セイリオスは、シルフィスが平然としているなどとは、まったくの誤解であったことに気づいた。
彼女は人の話を無視するような礼儀知らずな人間ではなかった。
セイリオスが話をすると、それがどんなに些細な内容でも、いつも熱心に耳を傾けていた。
今日にかぎって、余裕たっぷりの態度をみせていたのは、緊張を隠すためだったのだ。
「シルフィス。やはり、こういう提案は時期尚早だったようだ。忘れて……」
「いいえ」
シルフィスはセイリオスの言葉を制した。
しかし、勢いがよかったのはその一言だけで、後に続いたのは、一語一語ことばをしぼりだすような、ためらいがちな口調だった。
「考える時間なら、たくさんありました。
セイルに会えなかった、この2週間、何度も何度も考えました」
「つまり、私の提案を予想していたというのかい?」
その問いに、シルフィスは直接的にはイエスともノーとも答えなかった。
「アンヘル族はたいてい早婚なんです。
10代で2度出産するのも、珍しくありません。
ですから……私は、もう、自分を子供だとは思っていません」
「シルフィス」
セイリオスは、シルフィスのしっかりとした言葉とは裏腹に、彼女の不安を感じ取っていた。

【小牧】
いいえ。シルフィスは子供です。
本人がどう思っていようと、保護者がしっかりと守ってあげなければなりません。
とくに、モラルとか道徳とか倫理とかを知らなさそうな、どこぞの皇太子から……。

 
 
 
 
 
 
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