シルフィス恋物語
 
 広場
 
 
ティータイム
その4
 
それは予想通りの反応だった。
唇に軽く触れただけでも頬を染めるシルフィスが、いきなり旅行に誘われて、簡単に承諾するとは、セイリオスも考えていなかった。
「残念ながら、二人きりというわけにはいかないんだ。
ディアーナをのけ者にしたら、すねるだろうからね」
できるだけおどけた口調でいう。
「むろん、部屋も別々だ。費用のことも心配はいらない。
別荘だったら部屋代は不要だし、移動は自家用機と自家用車だ。
一人くらい乗員が増えても、たいした負担ではないしね」
これで旅行に行かない理由はすべて消えたはずだ、とセイリオスは考えていた。
しかし、シルフィスの表情はくもったままで、うつむきがちで、あえてセイリオスから視線をそらしているようだった。
「他になにか問題があるのかい?
ひょっとして、部活で合宿があるのかな」
シルフィスは小さく首を振った。
「いえ、野球部の合宿は全国大会の地区予選が終わるまでで、
長くても夏休みの前半だけです。
それに、私は最終学年ですから、合宿が終われば、部活動はありません」
「そうか。きみは受験生だったね。
だったら、旅行に勉強道具を持っていけばいい。
むこうで勉強を見てあげるよ。どうせ、ディアーナも勉強させなければならないし。
彼女の教育係も同行することになっているんだよ」
「う……」
シルフィスは言葉につまった。
旅行先にまで教育係がついてくるとは、それはむしろ旅行を断る理由になるのではないだろうか。
「部活や勉強や、そういうことではないんです。
私がいま住んでいる下宿が、夏休み中、改装工事をすることになっていまして、部屋を空けなければならないんです」
「だったら、なおのこと、旅行に行くのは都合がいいんじゃないのかい?」
シルフィスはまたもや首を横に振った。
「私はいつも長期休暇にバイトをして、数ヶ月分の生活費を貯めています。
もっと前に言うべきだったのですが……
今年の夏休みは、下宿にいられないので、
リゾート地で住み込みのバイトをする予定です」
「まさか……」
「ええ。夏休み中はいっさいお会いできません」
「嘘だろう?」
シルフィスと過ごす休日だけを楽しみに、過密スケジュールに耐えてきたセイリオスは、一瞬、頭の中が真っ白になった。
 
 
 
 
  
 
ティータイム
その5
 
 
 
「旅行の件はともかく、1ヶ月以上も会えないのは論外だ」
セイリオスはきっぱりと言った。
シルフィスが一言の相談もなく、容易にそんな計画を立てたかと思うと、腹立たしかった。
「もうバイト先も決まっているんです。
セイルにお会いする以前から、決めていたことなんですよ」
「正規の採用じゃないんだから、断れるだろう」
ムッとして、つい、語気が荒くなる。
セイリオスは何かで気を静めようと、目の前にあったアイスクリームコーンに手を伸ばした。
引き抜くと、どういう仕組みなのか、丸い形のアイスクリームがくっついてきた。
まるで、最初からコーンにアイスクリームをのせたかのような見事な形だ。
シルフィスも一瞬、そのアイスクリームに目を奪われたが、すぐに我に返り、話に戻った。
「ここ2週間、セイルの仕事の都合でお会いできませんでしたけど、
私が、そのことについて、文句を言いましたか?」
思わぬ反撃に、セイリオスは言葉がなかった。
素直で思慮深いシルフィスが、言い返してくるとは。
しかし、シルフィスの言い分も、もっともだとも思った。
セイリオスの仕事は社会的に大きな責任を背負うものだが、経済的には働く必要がない。
それに比べ、シルフィスのアルバイトは死活問題だ。
彼女の仕事を軽んじる資格など、誰にもない。
セイリオスは口を真一文字に結び、どうやって説得するべきか考えた。
ここで言葉を誤ると、夏の長期休暇を目前にして、
シルフィスと喧嘩した挙げ句、寂しい夏休みを過ごすことになりかねない。
しかし、プレッシャーから、セイリオスは道を大きく踏み外してしまう。
「住む場所と生活費は私が提供する」
だから、夏休みをともに過ごしてくれ、と頼むつもりだった。
しかし、シルフィスの傷ついた顔を見て、最後まで言うことができなかった。
一番言ってはならないことを、一番最初に言ってしまった愚かさに、
セイリオスは心の中で舌打ちした。
「シルフィス、きみがそういう目的で、私とつきあっているのではないことはわかっている」
「そういう目的って?」
セイリオスは今までシルフィスのいろんな表情を見てきたつもりだったが、怒った顔は初めてだった。
相当に、彼女のプライドを傷つけてしまったらしい。
「つまり、経済的な余裕とか、身分とか……」
「これ、お返ししましょうか?」
シルフィスは、恋人になった記念に買った、おそろいのペンダントを指でつまみあげた。
「勘弁してくれ」
セイリオスは思わず、口走っていた。
「私が悪かった。さっきの言葉は……
そういう意味で言ったのではないことを、きみも気づいているのだろう?」
セイリオスが素直に非を認めると、シルフィスの表情は和らいだ。
気まずそうに横目でセイリオスを見たかと思うと、突然に身を乗り出して、
彼が手にしていたアイスクリームをぺろっとなめた。
「仕方ない人ですね。だたっ子みたいなんだから」
「かなわないな。きみは」
こうして、初めての喧嘩はあっさりと治まった。
しかし、この期に及んでもまだ、セイリオスはシルフィスと一緒に夏休みを過ごすことをあきらめていなかった。
 
【小牧】
このふたりの、どのへんがセイリオスで、どのへんがシルフィスか?
そろそろ疑問に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?
それとも、もうとっくの昔にあきらめたとか……(汗)
ええ、そう言われても反論はいたしません。
あえて言うとすれば、セイリオスの図太くて、あきらめの悪いところとか、
シルフィスの短気だけど、すぐに忘れてしまうところとか、が
ちょっと似てるかな?(いいのか、そんなことを言って)
 
MOAMOAで夏のスーパーコミックシティ関西10にサークル参加することになりそうです。
サークルカットは前のを流用するとして、よく考えたら、またペーパーイラストを描かなきゃいけないのかな?
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ティータイム
その6
 
「シルフィス、話を戻そう。
……いや、きみの自立心は認める」
セイリオスはシルフィスが渋い顔をしたので、あわてて言い添えた。
「きみは若いのに、親の仕送りにも頼らず、一人で立派に生活している。
きみの年ではめずらしい。
しかし、きみだって、慣れない土地で働きたいわけではないだろう」
「ええ……それはそうですけど」
「部屋を空ける必要がなければ、この近辺で仕事を探したはずだ」
「ええ……」
シルフィスが渋々ながらもうなずいたのを見て、セイリオスは説得の手応えを感じた。
シルフィスとて、両思いになったばかりの恋人から離れて、
遠い土地で暮らすのは気が進まないに違いないのだ。
「部屋さえあれば、ここにいられるのだろう。
それに、割の良いバイトがあれば、仕事の時間も減らせる」
「はい……ですが」
セイリオスが言っていることは、さきほどとほとんど同じだが、
シルフィスは眉をひそめただけで、怒ることはなかった。
「シルフィス、私の実家には下宿屋ができるくらい、部屋がたくさんあるんだよ。
それを利用しない手はないし、生活費については、
もらうのが気が進まないということであれば、借りると思えばいい。
それに、私の会社で仕事を手伝ってもらうこともできる。
どうだい?」
シルフィスの返事はなかった。
しかし、セイリオスアイスクリームコーンを差し出すと、彼女は素直に受け取った。
良い徴候だ。
セイリオスは身を乗りだして、テーブルの上で手を組み、
おもむろに最後の武器を繰り出した。
「シルフィス、私には、せっかく、きみみたいな可愛い恋人がいるのに、
たまの休暇を一人で過ごしたくないんだよ。
リゾート地のバイトはきみ以外の人間でもつとまるが……、
私と一緒に休暇を過ごしてくれるのは、きみだけだ」
「セイル……」
効果抜群の説得だった。
シルフィスはひどく心を動かされたらしく、少しばかり瞳をうるませながら、
セイリオスに詫びた。
「ごめんなさい。私は自分のことしか、考えていませんでした。
本当は、私だって、セイリオスと旅行に行きたいんです」
「だったら、どこにも行かないね」
「はい」
「旅行には一緒に行ってくれるのだろう」
「はい」
「では、きみの部屋を用意するように、実家に連絡しよう」
「それは、ちょっと待ってください」
「え?」
「お屋敷に住むのは最後の手段として、その前に女友達で同居してくれる人がいないか、探してみようと思うんです」
 
【小牧】
シルフィスが年のわりに、しっかりしているとはいえ、
セイリオスの口にかかれば、赤子同然。
それでも、シルフィスの謙虚さが、彼女の身を救うこともあるんですが、
今回は、それが裏目に出ることに!!
毎度のことですが、苦情は一言掲示板にお願いします。
今まで(不思議なんだけど)止める人がいません。
止める人がいなかったら、どんどんエスカレートしていきます。
エスカレートした後の苦情は、うけつけませんので、どうか早めの対処を。
 
 
 
 
 
 
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