| お忍び
その10 |
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| 「審判って?」
椅子を立って、帰り支度をはじめたセイリオスに、シルフィスは尋ねた。 「男子禁制のこの部屋に、管理人を騙して入ったからね」 「ああ、そうでしたね。どうしましょう」 「どうもしないよ。堂々と通る。事情を話して、謝罪をすれば平気だ」 セイリオスは落ち着いた態度で、背広に袖を通し、シルフィスにウィンクをした。 この余裕がどこからくるのか、シルフィスにはさっぱりわからない。 おろおろして、ディアーナに目を向けると、 彼女は小さくうなずいて、セイリオスに見えないように、こっそりと手でOKのジェスチャーをした。 いたずら好きの友人は、兄に言っていないだけで、ちゃんと下宿屋から出る方法を考えてあるようだ。 シルフィスはほっと胸をなで下ろし、セイリオスに視線を戻した。 背広を着たセイリオスは、手にアルバムを抱えていた。 「借りるよ」 「あの、セイルの写真は……?」 「きみのものだよ。持っていてくれるかい」 「はい。ありがとうございます」 嬉しそうに笑ったシルフィスの唇に、セイリオスは素早くキスをした。 「また電話する」 「は、はい……」 さっき十分にキスをしたので、今日はもうしないだろうと思っていたシルフィスは、突然のことにぼーっとなった。 「お兄さまったら、妹の前ですわよ」 ディアーナは腰に手を当てて、兄をたしなめた。 「兄だって、恋人に挨拶のキスくらいはする。 家族づきあいをするようになれば、何度も目にすることになるんだから、早く見慣れてくれ」 「んもう!」 何を言っても兄が動じないため、ディアーナは矛先をシルフィスに向けた。 「シルフィス、お兄さまを甘やかしてはいけませんわよ」 「は、はぁ」 シルフィスは何と応えていいのか、わからなかった。 「ところで、写真って何ですの?」 ディアーナは突然にかがんで、シルフィスに顔を近づけ、小声で訊いた。 「それは、その……学校で」 声を出さずに口だけを動かして、シルフィスは意志を伝えた。 セイリオスに聞こえたら大変だ。 あの写真は、セイリオスにデートに誘われた翌日、 ディアーナが、自分に恋人がいることを兄にだまっていてほしいと、 口止め料として学校に持ってきたものなのだから。 セイリオスに秘密を持つのは後ろめたいが、こればかりはディアーナ自身で兄に打ち明けるべきだ、 とシルフィスは考えていた。 「そうですわね。明日も会うんですものね」 納得して、ディアーナはベッドから離れた。 セイリオスが子供に話しかけるような口調で尋ねる。 「いたずらの相談は終わったのかい?」 「これからはわたくしを大事にしないと、シルフィスに告げ口しますわよ」 「まいったな」 シルフィスは、この日初めて、自分の恋人が妹にものすごく甘いことを知ったのだった。 【小牧】 絵を描くより、文を書くのに手間取っています。 創作を書くのと、労力があんまり変わらなくなってきました。 シルフィス保護協会アンケートにご協力ありがとうございます。 やっぱり、ナイト・オブ・エーベですか……。 要望を訊いてみてよかったです。 |
| お忍び
その11 |
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シルフィスの部屋を出たセイリオスは、かすかな物音を聞いた。 人目を忍ぶ身だからこそ気づいた、本当に小さな音である。 視線を左右に泳がせたが、廊下に人影はない。 「帰宅時間だろうに人がいないとは幸運だね、ディアーナ」 妹に話しかけたとたんに、また、何か聞こえた。 今度ははっきりと、人の声であることがわかった。 それが玄関とは反対の方向であったため、セイリオスは素知らぬ振りをして歩き始めた。 誰かに見られていると感じたのは、このときだった。 そして、廊下の角を曲がったとたん、それは動いた。 複数の足音だった。 セイリオスは立ち止まり、先ほど自分が通った廊下を片目で覗いた。 シルフィスの部屋の扉が大きく開け放たれ、数人の女子生徒が入っていくところだった。 「まったくの幸運というわけでもなかったようだね、ディアーナ」 おそらく、ディアーナも一枚噛んでいると推測して、言った言葉である。 彼がシルフィスの部屋にいる間、 彼の妹は別室で、この下宿屋の住人たちと、兄のうわさ話をしていたに違いなかった。 当然のことながら、妹の話は彼女たちの興味を引き、 当の本人を、自分たちの目で見てみようという話になったとしても不思議ではない。 誰とも出くわすことなく、シルフィスの部屋に出入りできたのは偶然ではなく、 住人たちの方が彼から身を隠して、こっそりと覗いていたのだ。 「可哀想に、今頃、シルフィスは質問攻めにあっているだろう。 迷惑になるとは思わなかったのかい?」 「あら、彼女たちの協力がなければ、大騒ぎになっていましたわ」 ディアーナは悪びれることなく、可愛い顔でにっこりと笑う。 彼女の言うことはもっともなように聞こえるが、面白がっていることも否めない。 いつもなら軽く注意しているところだが、もっと重大で、慎重に対処しなければならない問題が目前まで迫っていた。 管理人室の前までやってきて、セイリオスは管理人が眼鏡をかけていることに気づいた。 |
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管理人は2人に気づくと、小窓をガラガラと開けた。 「お帰りですか?」 セイリオスは何か言わねばと一歩踏み出したが、ディアーナの方が早かった。 何事もないように、礼儀正しく、お辞儀をしたのだ。 「はい。面会は終わりましたの。通してくださって、ありがとですわ」 「シルフィスは元気になった?」 「うふふ。お兄さまと会ったとたん、シルフィスは足の痛みを忘れたみたいですわ」 「それは良かったですね。一応、面会者名簿に名前を書いてくれる? あ、男性名はまずいので、女性名で」 「セイリオスに一番近いのは、セーラかしら? それとも、省略してセリスとか」 「確か、本当にお姉さんがいたんじゃなかった?」 「ええ、いますわ。セレーネでよろしいかしら?」 「結構ですよ」 ディアーナが名簿に姉の名前を書くのを、セイリオスはただ呆然と見ていた。 予想外の展開に、口を開く余裕がなかったのだ。 実は、話のわかる管理人が、特別な事情がある場合のみ、 30分だけ男性の面会人に目をつぶってくれるという通例があるのだが、 ディアーナはあえて、そのことを兄に言わなかったのだ。 シルフィスも捻挫くらいで、その通例が適用されるとは思っていなかった。 「忍び込んだと思わせた方が、シルフィスにより感謝されますわよ」 セイリオスとしては、妹の意見に賛成しかねた。 シルフィスの謙虚な性格を思えば、一刻も早く真実を話して安心させてやりたい。 いっそ引き返して、自分の口から言おうかと考えたが、とたんに管理人の目がきらりと光ったような気がした。 「今回は特別ですからね」 その迫力に、セイリオスは何故か、気圧された。 「え、ええ……特別なはからいに感謝します」 愛想笑いでもして機嫌を取りたい気分になるのは、何故だろう。 やはり女生徒を預かる管理人は、このくらいの迫力がなければ、つとまらないのかもしれない。 さきほど一瞬だけ、気軽に戻りかけたシルフィスの部屋が、いきなり遠くなったように思えた。 「さ、書けましたわ。お兄さま、帰りましょう」 「そうだね」 今夜、シルフィスに電話しよう。 そう考えながら、セイリオスは女の園から無事に脱出したのであった。 【小牧】 この管理人のモデルは……言わない方が良いですね。 えへへ。 次回から、またまた、クレベール夫妻が登場します。 セイルシルとレオシルのダブルデートなんて企画したりして……。 |