シルフィス恋物語
 
 広場
 
 
惚れた弱み
 
「それでね、メイ。
セイルは何か記念になる物を買おうとおっしゃって、
宝石店に連れていってくれたんです」
シルフィスは制服の前ボタンを外し、胸元から、
コインをかたどった銀のペンダントをつまみ出して、
嬉しそうに見せた。
「セイルとおそろいなんですよ。2人で同じものを身につけていようって。
セイルって、案外、ロマンチストなんですよねー」
シルフィスは照れながらも、幸せではちきれそうな笑顔で自慢する。
普段のシルフィスからは想像できない、のろけっぷりに、
話を聞いていたメイは、圧倒されていた。
「そ、そうなんだ」
2回目のデートの結果が気になって、前回と同じく1限目の授業が終わると同時に、
シルフィスの教室に飛んできたのだが、彼女が尋ねる前に、
シルフィスが弾むようにメイに抱きつき、セイリオスと恋人になった、と告げた。
オープン前の空中庭園で、思いかけず告白されたことを興奮した様子で報告し、
メイやディアーナに口を挟む隙を与えず、
恋人になったセイリオスが、どんなに気が利いていて、優しくて、頼りになるか、
長々としゃべり、しかも、話はまだまだ終わりそうにない。
シルフィスは嬉々として、話し続ける。
「こういう場合は指輪なのかな、とも思ったのですが、
セイルが最初に贈られる指輪は婚約指輪が良いだろう、っておっしゃって、
それでペンダントにしたんです」
あまりにも純粋に喜ぶシルフィスに、メイはだんだん心配になってきた。
シルフィスは恋人になったことで有頂天になっているが、
セイリオスは厳密には、指輪を買うとも婚約するとも言っていない。
シルフィスはただ都合の良いように解釈しているだけかもしれないのだ。
交際と結婚を混同し気を許すと、手痛い傷を負う可能性もある。
「あ、あのね……シルフィス」
「何ですか、メイ?」
メイは口ごもった。言い方を間違えるとシルフィスを傷つけることになるので、
彼女にしてはめずらしく、慎重になろうとしたのだ。
だが、ディアーナはそうは思わなかったようだ。
「で、お店を出て、どうしましたの? もう遅い時間だったのでしょう?
もしかして、食べられたのではありませんの?」
シルフィスが義理の姉になる決定的な返事を期待して、
メイですらためらうような、一歩も二歩も進んだ質問をぶつける。
「そうなんですよ」
シルフィスはあっさりと認めた。
「遅い時間だったんですが、セイルがもう少し一緒にいたい、とおっしゃって……」
「え゛……うそ」
メイは息を呑んだ。
セイリオスはともかく、シルフィスが3週間つきあっただけで、
そこまで許すとは考えられなかったのだ。
だが、この場合、メイの見解は正しかった。
「豪華なレストランでフルコースをご馳走してくださったんです。
遅い時間だけど、特別に……って。
だから、なんとか夕食を食べられました」
ははは、と無邪気に笑いながら話すシルフィスに、メイはついにいらだちを覚えて、
シルフィスの襟をつかんで、ぐぐっと顔を寄せた。
「その後は?」
「食事の後ですか?」
なぜ、そんなことを訊くのかわからないというように、シルフィスは不思議そうに首を傾げた。
「あとは帰るだけでしょう? ちゃんと家まで送っていただきましたよ??」
「あ……そう」
メイはほっとして、シルフィスから手を放した。
 
【小牧】
セイリオスがシルフィスに手を出したときは、ちゃんと絵と文にします。
ええ、たとえ、18禁に引っかかったとしても。
保護区では、現実から目をそらさずにシルフィスの実情を報告することをモットーにしていますので(笑)。

 
 
 
  
 
惚れた弱み
 
 
「あのね、シルフィス。こんなこと言って、気を悪くしないでほしいんだけどさ」
メイは慎重に話を切りだした。
「はい、なんですか?」
シルフィスはいつにも増して明るい表情で、メイが何か言うのを待っている。
人見知りで警戒心は人一倍強いが、一度信頼した相手には、とことん気を許して疑わないのが、
シルフィスの長所であり、また、危うい面でもある。
だからこそ、メイは一言、忠告せずにはいられなかった。
「セイリオスさんはディアーナのお兄さんだし、悪い人じゃないけど、
大人だから、あたしたちとは違う、つきあい方をするんじゃない?
あんまり積極的だと、良いようにされてしまうかも……」
メイは、シルフィスがにっこりと笑ったのを見て、言葉を止めた。
どこか寂しそうな笑顔でもある。
「メイの言いたいことは、わかっているつもりです」
シルフィスは言いにくそうに、肩をすくめた。
「セイルは大人で、優しくて、気前もよくて、頼りになって、
そのうえ、顔も声も頭も抜群に良くて、最高の恋人です。(※1)
私よりも、もっと相応しい女の人がいつ現れても、おかしくありません。
でも、だからといって、じらしたり……わざと冷たくするなんて、
私にはできません」
無邪気に見えるシルフィスが、まさか、そんなことを考えていようとは。
メイは驚いて口がきけなかった。
しかし、すぐに、彼女の持ち前の明るさで、シルフィスを励ました。
「なに言ってんだか。シルフィスより良い子なんて、いるわけないじゃない。
あたしは、あいつよりいい男が現れて、あんたが後悔するのを心配してんのよ」
「メイの言う通りですわ。
シルフィスがお兄さまを捨てることはあっても、その逆はありませんの。
万一、そうなったときは、わたくし、兄妹の縁を切りますの」
「メイ、ディアーナ。ありがとうございます」
シルフィスは2人の顔を交互に見て、瞳を潤ませた。
「親友なんですから、当然ですわ」
「そうだよ」
3人が友情を確認しあっているとき、シルフィスの携帯電話が鳴った。
表示盤を見て、シルフィスは嬉しそうににっこりとした。
「噂をすれば、セイルからです」
シルフィスは受信ボタンを押した。
「はい、シルフィスです」
 
【小牧】
えー。一部、誤解を招く文面があったことをお詫び申し上げます。
※1
セイリオスが大人で、優しくて、気前もよくて、頼りになって、
そのうえ、顔も声も頭も抜群に良くて、最高の恋人です。
というのは、シルフィスの一時的な個人のの見解(思いこみ)であって、
事実とは異なります。ご注意ください。

 
 
 
 
惚れた弱み
 
「シルフィス、幸せそうですわね」
ディアーナは、彼女の兄と電話をするシルフィスの生き生きとした姿を見て、嬉しそうに言った。
メイも、何度も頷いて賛成する。
「ホントだね。シルフィスには、恋の駆け引きなんて、できないし、似合わないってことか。その分、あたしたちが手伝えばいいよね」
「その通りですわ。わたくしたちがしっかりしていれば、シルフィスがお兄さまに泣かされることはありませんわ」
2人は、やる気満々で、がっちりと手を組んだ。
もし、この場面をセイリオスが見ていたら、青筋を立てて抗議しただろう。
女性関係において、妹に信頼されていない兄とは、なさけないものである。
一方、シルフィスは電話に夢中で、2人が同盟を結んだことには気づいていなかった。

「はい。いま、ちょうど1限目が終わって、休み時間なんです。
知っていて、かけていらっしゃったのでしょう。
……ええ、もちろん、セイルの声が聞けて、嬉しいです」
まわりにハートマークが飛んでいるのが見えそうなほど、
とろけそうな笑顔と声で、シルフィスは電話をしていた。
そこに、野暮な横槍が割り込んだ。
「シルフィス、何やってんだ。置いていくぞ」
それは、シルフィスを呼びにきたガゼルの声だった。
メイやディアーナとは選択科目が違うため、シルフィスはいつもガゼルと
教室を移動しているのである。
シルフィスは入り口に振り返って、叫んだ。
「わっ。待って、ガゼル」
さらに、電話に向かって謝る。
「すみません。セイル、もう行かないと。
え? 今の声ですか? 隣のクラスの人です。
あ、じゃあ、もう時間がないので失礼します」
ろくな説明もせずに、シルフィスは電話を切ってしまった。
その様子に、メイもディアーナも、あっけにとられた。
「あんたなら、あそこで電話、切る?」
メイの質問に、ディアーナはぶるんぶるんと首を大きく横に振った。
「とんでもありませんわ。後が怖いですもの」
「だよね。ディアーナの彼ほどじゃないけど、
キールも怒らせたら、やっかいなんだ」
2人はいまさらながらに思い出した。
こういうときのシルフィスが無敵だということを──。
セイリオスもプライドが高すぎて、説明を求めることができないタイプだ。
シルフィスに嫉妬していることを気づかせずに、あのときの声は誰だったのか、
と探りを入れるセイリオスの姿が、
妹であるディアーナには、目に見えるようであった。
が、さすがの彼女も、恋をした兄の行動は読みきれていないことが、
一本の電話でわかった。
「お兄さまですわ」
ディアーナはポケットから携帯電話を取り出して、耳に当てた。
「おにいさま、こんな時間にめずらしいですわね。
何かありましたの?」
シルフィスのことを訊きたいのだと察していたが、ディアーナはしらばっくれた。
「急にお前の声が聞きたくなってね」
電話の向こうで聞いた男の声が気になっているに違いないのに、
案の定、セイリオスはすぐに用件を切りだすようなことはしなかった。
「ごめんなさい。お兄さま。もう次の授業が始まりますわ。
電話を切らないと……」
ディアーナはぺろっと舌を出し、メイもつられて笑った。
「わたくし、まじめに授業を受けていますのよ。
それをお知りになりたいのでしたら……」
「いや、その……シルフィスはそこにいるのかい?」
ディアーナが戸口を見ると、シルフィスはまさに教室を出ていくところだった。
「いえ、いませんの。
シルフィスとは選択している科目が違いますの」
正直とはいえないが、嘘ではない。
「そうか」
冷静な兄らしからぬ、不機嫌な声に、ディアーナは満足げにほほえんだ。
「お兄さま、がっかりなさらないで。
シルフィスを見かけたら、電話するように言いますわ」
セイリオスは少し焦ったように、用事があるときは直に電話するからと伝言を断り、
ついでに、ディアーナに黙っているようにと釘を差して、電話を切った。
ディアーナはぱちんと携帯電話を閉じて、心得顔で笑った。
「お兄さまには良い薬ですわ」
メイはさすがに、セイリオスに同情を覚えた。


 
 
 
 
 
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