| 告白
その4 |
「もっと早く、セイルにお会いしたかった……」 それは、風にかき消されそうな小さなつぶやきだった。 セイリオスははっとして、シルフィスの方に振り向き、 どこか寂しそうなその表情に、目が釘付けになった。 「私もきみともっと早く会いたかったよ。 だが、遅くはないんじゃないかな?」 シルフィスはかすかに笑った。 「そうですね。少なくとも、手遅れにはなりませんでした。 あなたには、たくさん、お礼を言わないと……」 「特別なことをした覚えはないが……何かしたかな?」 「あの……」 言いにくそうな細い声が続いた。 「彼氏と紹介したとき、話を合わせてくださって……助かりました」 「たいしたことではないよ」 彼女を傷つけないよう、セイリオスはつとめて気にしていないふうを装った。 「きみも、なりゆきで言ってしまっただけのようだったし」 「私、本当はあのとき、あやまりたかったんです。彼女に。 でも、そういう雰囲気じゃなくて……言いだせなくて。 それよりも、彼女に喜んでもらえるようなことを言った方が、良いように思えたのです」 「そうだね。私もそう思うよ」 セイリオスがぱっと見ただけでも、二人の絆は相当に強く、 謝ったり許したりするような関係ではなかった。 だからこそ、次のシルフィスの言葉は意外だった。 「私は、ずっと彼女に裏切られたと思っていたのです」 |
| 告白
その5 |
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「私たちは小さい頃から、いつも一緒だったんです」 シルフィスがぽつりぽつりと話すのを、セイリオスはただ黙って聞いていた。 「好きなものも、やりたいことも同じで、 留学するときも、野球部に入るときも、相談したわけではないのに、 2人とも自分の意志で、同じ道に進んだんです」 シルフィスの緑の瞳が潤みはじめるのに気づいて、セイリオスは思わず口をはさんだ。 「彼女がレオニスと結婚して、きみは置いてけぼりを食らったから、裏切られたと思ったんだね?」 「セイルは察しが良すぎます」 「いや、わかるよ。 慣れない土地で知り合いも少ないときに、一番の親友が突然に離れていったのだから、 さぞかし心細かっただろう」 セイルはなぐさめたつもりだったが、シルフィスは余計につらそうな表情をした。 「自分勝手ですよね。彼女のことを、ちゃんと祝福してあげなきゃならなかったのに」 「祝福したはずだよ、きみは。少なくとも表面的には祝福したはずだ」 シルフィスは小さく頷いた。 「きみはそういう人だよ。ちゃんと、親友のことを考えているじゃないか。 ところで……そのとき彼女はいくつだったんだい?」 「16です」 「じゅうろく……?」 セイリオスは絶句した。 「はい。レオニスコーチがわたしたちのコーチだったのは、1年足らずでした。 それで結婚に踏みきるには、早いと思われるかもしれませんが、 レオニスコーチには数え切れないくらい、お世話になったんです」 シルフィスたちは留学して初めて野球を知り、レオニスのプレイに憧れ、野球をしてみたいと思ったのだ。 ところが、野球部は元プロ選手であるレオニスに近づこうと、マネージャーに志願する女子生徒が多く、 最初は入部を拒絶されてしまった。 シルフィスたちの野球に対する純粋な気持ちを理解してくれたのはレオニスだった。 毎日のように野球部の練習を見学し、こっそり練習をしている2人に、 「野球をやってみるか」と声をかけてくれたのだ。 ちなみに、シルフィスは人知れず練習をしていたと思っているが、 目立つ2人だけに学校中に噂が広まっていて、 野球部員たちからも2人を特別に入部させてほしいと要望があがっていた。 よって、入部した当初から、野球部員たちは先輩後輩に関係なく、 2人に極めて好意的であった。 「レオニスコーチは私にアンダースローが向いているとアドバイスしてくださいました。 非公式の練習試合に限って、試合に出られるようにしてくださったのも、 レオニスコーチなんです。 何もかも順調で、それがずっと続くと思っていたのですが……」 レオニスがお見合いするという噂を聞いたときのことを思い出して、 シルフィスは顔をしかめた。 誰ともなく、お見合い相手を見に行こうと言いだし、シルフィスもついていった。 「奥さんになる人が野球に理解がなくて、レオニスコーチがやめることになるかもしれないと言われて、 心配で私は……でも、彼女は行きませんでした。 コーチをやめても、レオニスコーチが恩師なのは変わりがないから、って。 でも、どちらにしても、まもなく、私たちはコーチを失ったのですが……。 あの……セイルは同じ会社だったんですよね。 レオニスコーチが会社を辞めた理由をご存じですか? やはり、相手が上司の娘さんで、私たちがお見合いを台なしにしたからでしょうか」 「うむ。私は聞いていないが……」 恋敵ではないとわかった時点で、セイリオスはレオニスに対する興味が失せている。 「父なら知っているかもしれない。 しかし、彼は会社にとって極めて貴重な人材だったし、 脱サラするには事前の準備も必要だ。 退職した理由とお見合いは関係ないんじゃないかな」 「よかった」 シルフィスはあからさまに、ほっとしたような顔をした。 レオニスの喫茶店は大成功をおさめているし、15歳も年下の美人で働き者の妻をめとったのだから、 気にすることはないんじゃないか、とセイリオスは考えたが、賢明にも口には出さなかった。 「レオニスコーチが野球部を去るとき、私たち野球部員は約束したんです。 コーチが辞めた後も、練習をさぼらずに野球部を守っていくと……。 私は2度と、レオニスコーチの信頼を損ねるようなまねはしないつもりでした。 約束を守って、野球部のためにがんばろうって。でも、今度は彼女が……」 シルフィスは一呼吸おいてから、続けた。 「翌日、学校をやめて、レオニスコーチの喫茶店で働き始めたんです」 「なんだって?」 さすがのセイリオスも、唖然とした。 結婚はしていても、学校には通っていて、休みの日だけ店を手伝っているくらいに思っていたのだ。 「関心しないな。卒業まで待つべきだ」 「私も、そう思いました。 彼女と同じように、レオニスコーチを手伝いたいという気持ちはありましたけど、 私は学校を去ることまでは、考えられなかったんです。 私が彼女を見捨てたのか、それとも、彼女に置いてきぼりにされたのか、 ずいぶん悩んだのですが、そうこうしているうちに、ひとつの答えが出ました」 「どんな答えだい?」 「結婚したんです。彼女の滞在許可証が無効になる期限ぎりぎりに。 留学生は学校をやめたら、結婚でもしない限り永住はできません。 レオニスコーチがすごい人でも、2人いっぺんには結婚できないでしょう? だから、私がどんな選択をしても、彼女と同じ道には進めなかったんです」 「シルフィス?」 セイリオスはシルフィスの肩が、かすかに震えていることに気づいた。 【小牧】 長いうえに、(レオニス関連の)きわどい内容なので、省こうかとも思ったのですが、 後で重要なエピソードになるので、あえて書きました。 レオニスが脇役になって、もう一人のシルフィスと結ばれていて、って、 どうなんでしょう? いっそ、オリキャラにした方がすっきりしていて良かったかな……。 |
| 告白
その6 |
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「風が強くなってきたね。そろそろ下に降りようか」 夏の日中では説得力のない口実だが、セイリオスはシルフィスのために、 話題を変えようとした。 「もう少し、ここにいてはいけませんか」 「つらいのなら、無理に話さなくてもいいんだよ」 「いえ、聞いていただきたいんです。 誰かに打ち明けるとしたら、あなたしかいません。お願いします」 「頼まれなくとも……聞くよ。たいした力になれそうにないが」 「そんなことはありません。あなたには十分、助けていただいています。 今日だって、あなたがいなければ、喫茶店に入ることはできませんでした」 シルフィスは手すりによりかかるように、顔をうつぶせた。 「私、……今日まであの店を避けていたんです。 野球部のみんなに誘われても、どうしても行けなくて……、 彼女とも、なにかと理由をつけて外で会うようにしていたんです。 あの店で、あの2人の姿を見たら、とんでもないことを口走ってしまいそうで…… こわくて……」 その声は、だんだん涙で小さくなっていった。 セイリオスは、シルフィスをなぐさめたいという衝動にかられた。 震える肩に手をおいて、大丈夫だよ、と言ってやりたかった。 妹には過剰は愛情を示す彼だが、妹以外の女性に優しい気持ちを持ったのは、初めてだった。 「シルフィス……それで、きみは、あの店でごく自然にふるまっていた」 「なんとか……でも、はしゃぎすぎたかもしれません」 「立派だったよ」 「思っていたよりも、平気だったんです。……あの店を見ても。 彼女の気持ちが、やっとわかったから……。 彼女は、ただ好きな人と離れられなかったんです」 シルフィスは手が白くなるほど、手すりをきつく握りしめた。 「学校をやめて、滞在許可を打ちきられて、 この国にいつまでいられるかも、わからなくて……。 不安で不安でたまらなかったはずなのに、 それでも、そうせずにはいられなかったんです。 そのくらい、レオニスコーチのことが好きで……。 私は2本の道のどちらを選ぼうか迷いましたが、 彼女にとっては、道はひとつだけだったんです。 それも、とても険しい道……。 私は彼女を後押ししなければならないときに、 裏切られたと思って、そっぽをむいて……、 彼女の気持ちをわかろうとすら……していませんでした」 シルフィスの声は涙声に変わっていた。 セイリオスは静かに後ろに下がり、手に持っていた紙袋を地面に置いた。 そして、シルフィスの後ろに立ち、そっと手を伸ばした。 【小牧】
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