シルフィス恋物語
 
 広場
 
 
ぬくもり
 
「シルフィス! 大ニュース、大ニュース!」
「あっ、ガゼル。おはよう」
朝練のため、早足で学校に向かっていたシルフィスは、
立ち止まって、後ろから走ってきたチームメイトを待った。
「ガゼル、昨日はありがとう」
「え? 何だ? 何か礼を言われることをしたか、オレ?」
「実は……昨日の電話、ディアーナのお兄さんからだったんだ」
「えええーーーっ!!」
野球部が廃部になったと聞いても、こんなに驚かないんじゃないか、
と思うほど、少年は派手に大声を挙げた。
「まいったな。ばれたら、野球部の連中に絞められる」
「そんな。ガゼルは知らなかったんだし……」
「で、何の用事だったんだよ。
っーか、ディアーナの兄貴と知り合いだったのか?」
「最近、知り合ったばかり。昨日は用事というか……」
シルフィスが真っ赤になって、しどろもどろに答えるのを見て、さすがのガゼルもピンときた。
「デートだったのか」
「ゆ、夕飯を一緒に食べただけだよ」
「つきあっているのか?」
「ま、まさか。あの人は社会人だよ。学生なんか相手にするわけ……」
「でも、好きなんだろ?」
「うっ!」
シルフィスは言葉に詰まったが、一呼吸置いてから、小さくうなづいた。
「うわあああ。おまえだけは、そういうことに無関心だと思ってたのに。
野球部で野球バカはオレだけかよ」
「ごめん」
悪いことをしたわけでもないのに、シルフィスはつい、謝ってしまった。
「ううう。まぁ、応援してるからガンバレよな」
「うん」
「けど、昨日のことは誰にも言うなよ」
「ガゼル以外には言わないよ! というか、言えるわけないだろう」
「そうだな」
ガゼルはあっけらかんとして言った。
「それじゃ、学校に行くか」
「え? えっと……大ニュースって言っていなかった?」
「あ、そうそう、そうだった。大ニュースだぜ、シルフィス
昨日、おまえが帰った後、みんなで飯を食ったんだ」
「うん」
シルフィスは相づちを打った。
試合の後、部員全員で、食事に行くのはいつものことだ。
「で、飯の最中に、監督がすげー発表をしたんだ。なんだと思う?
レオニスコーチが、また練習を見てくれるんだってさ」
「レオニスコーチが?」
名前を聞いただけで、シルフィスは嬉しくて踊りだしたい気分になった。
彼は、女子であるシルフィスを、試合に器用してくれた大恩人なのだ。
「そ、1年のときの俺たちのコーチだ」
「で、でも、レオニスコーチは喫茶店をやってて、
部活の活動時間は店が混むから、無理なんじゃ……」
「だから。夏休みの間だけ。昼過ぎから夕方まで、練習につきあってくれるらしいぜ
すげえだろ」
「うん! レオニスコーチか……なつかしいな」

 
 
 
  
 
ぬくもり
その2
 
  「昨日の今日ではご迷惑かな……」
シルフィスは、ゆうべセイリオスからもらった鍵を手に、1時間近くも、アパートの前を行ったり来たりしていた。
野球部が終わって、足が自然とこのアパートに向いてしまったものの、いざ鍵を使う段になると、他人の部屋に留守中に入るのは気が引けた。
鞄の中には、セイリオスと最初に出会ったときから、借りっぱなしになっている傘が入っている。
彼の妹のディアーナに預かってもらおうとしたのだが、自称キューピッドを主張する彼女は、シルフィスが直に返すべきだと言い、頑として受け取らなかったのだ。
セイリオスがいなかったら、傘と書き置きを部屋に残して帰ろう、と思って、ここにやってきた。
しかし、それが自分の気持ちをごまかすための口実であったことを、いまや、シルフィスは自覚している。
でなければ、もうすぐ陽が暮れるというのに、ここにとどまっている理由がない。
傘を返したいのではなく、セイリオスに会いたいのだ。
夕空が紫に染まり、狭い路地に街灯がともったのを見て、シルフィスは立ち去ることを決めた。
「電話で都合をうかがってから、出直してこよう」
彼女はぼんやりしていたので、背後で黒いリムジンが止まったのに、気づかなかった。
車から降りた長身の男が、彼女を見て、驚いたことも。
「シルフィスかい?」
振り返ると、彼女が待っていた人物がこちらに歩いてくるところだった。
「来てくれたんだね」
「あの……わたし、傘を……」
「せっかく鍵を持っているのだから、立ち話をすることはないんじゃないかな」
すべてわかっている、というように、セイリオスは手を差しだした。
「おいで」
「は……はい」
シルフィスは恥ずかしさのあまり消えてしまいたいと思いながらも、セイリオスの手を取った。
 
【小牧】
またもやシルフィスの危機です。
ハラハラドキドキの連続で、失神寸前の人もいるんじゃないでしょうか。
私も、自分に、スリラーを書く能力があるとは、今の今まで知りませんでした。

 
 
 
 
ぬくもり
その3
 
「さて、シルフィス、どれにする?」
「そうですねー。これなんかどうでしょう」
「良いねぇ。しかし、こっちも捨てがたいとは思わないかい」
「あ、ホントですね。しかも、期間限定。こちらにしましょうか」
「両方にしよう」
「ええーっ。そんなには食べられませんよ」
「いいから、いいから、注文して。
飲み物とサラダとデザートも取るんだよ」
「え、ええ。そうおっしゃるなら……残ったら明日食べればいいんですよね」
「その通り」
シルフィスはチラシを見ながら、慎重に携帯電話のボタンを押した。
夕飯の支度をするには遅い時間だからと、二人は宅配ピザを頼むことにしたのである。
電話注文に慣れていないシルフィスは、しどろもどろになりながら品番を言ったが、店員に住所を尋ねられると、あわててセイリオスと電話を交替した。
セイリオスは、落ち着いた口調で住所を言い、ついでに何品か追加注文して電話を切った。
「20分くらいで持ってきてくれるそうだよ」
「あんなに追加注文して、絶対に食べきれませんよ?」
「おいしそうに見えたのでね。つい」
「もう、セイルったら、変なところで子供なんだから」
「ははは。きみがそばにいると、気が緩んでしまうようだ」
セイリオスはメニューを横に置くと、座布団を引き寄せ、シルフィスに座るようにうながした。
シルフィスは携帯電話を鞄にしまい、おずおずと勧められた座布団にすわった。
「私もです。ただ、セイルとは少し違うかもしれません。
こうしていると、なぜか、アンヘル村の家を思い出すんです」
「家庭のだんらんだね? 一人暮らしが長いから、そうしたものを忘れていたよ。
家族との夕飯は楽しかったのかい?」
「はい。……いまと、同じくらい。セイルといると、私……」
 
 
シルフィスは、セイリオスの背中に、軽く寄りかかった。
二人がともに感じているもの──。
それは、人のぬくもり……。
 
 
  
 
 
 
【小牧】
うまい言葉が見つからなかったので、急遽、イラストを描きました。
この掲載方式、
創作を書くよりも楽で、漫画よりも早くて、
私に合っているようです。

 
 
 
 
 
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