シルフィス恋物語
 
 広場
 
 
セイリオス
 
 
「ここに……住んでいらっしゃるのですか……?」
それがセイリオスの部屋を見たシルフィスの第一声だった。
セイリオスが築後30年にはなろうかという古いアパートを指さして、
「あそこの2階なんだ」と言われたときは、冗談としか思えなかった。
実際に、鍵を開けて、部屋の中に案内されると、ただただ驚くしかなかった。
旧式のキッチンが付いている分、シルフィスの部屋よりは広いが、
6畳一間のその部屋は、清潔ではあるが快適とは言い難い。
学校ではピカイチのお嬢様として有名なあのディアーナの兄が、
こんな部屋に住んでいるとは、誰が想像しただろう。
シルフィスはそれ以上口も利けずに、部屋を見回した。
「高校のときに家を出て以来、自活しているんだ。
今はそれなりの収入もあるが、引っ越すのが面倒でね。
この部屋にいる時間も短いし」
セイリオスの言葉に、シルフィスは自分がとんでもなく
失礼な態度を取っていることに気づいた。
「すみません。ただ、あまりに意外だったもので……」
「だろうね」
セイリオスは気を悪くした様子はなく、
むしろ、彼女の反応を楽しんでいるようだった。
「前に、傘を返そうと思って、家を探したことがあるんです。
駅から歩いて1分とおっしゃっていたので……」
「この部屋を見て、どおりで見つからなかったはずだ、とでも思ったかい」
シルフィスは正直にうなずいた。
「高そうな傘でしたので、その……」
「高級マンションが並ぶ表通りで探したのだろう?」
「はい」
くすっ。
こらえられない、と言わんばかりに、セイリオスは笑いはじめた。
普段のクールさはどこにいったのだ、と問いつめたくなるような大爆笑である。
「笑いすぎです」
「いや、すまない。予想した以上にきみの反応が面白くてね」
「笑い事じゃないんですよ。見つけられなくて、ものすごく残念だったんですから」
「本当に?」
セイリオスはもう笑っていなかった。
むしろ、あまりにも真面目な顔つきに、シルフィスは動揺した。
「あ、あの……」
「なんだい」
「おなかがすいたので、ご飯の支度にかかりますね」
シルフィスは台所に逃げた。
 
 
 
【小牧】
1DKの安アパートです。
こういう展開は苦情の元になるので、一応、アンケートを取ることにしました。
ご協力をお願いします。
 

 
 
 
  
 
セイリオス
その2
 
 
 
「包丁、お上手ですね」
シルフィスは、セイリオスの包丁さばきを見て、目を丸くした。
彼は、シルフィスがなべを火にかける間に、じゃがいもを5個は剥いている。
「一人暮らしを始めてからしばらくは、節約をする必要があってね。
自炊するのが一番、安上がりだったんだよ」
冗談めかして言って、セイリオスはウィンクをした。
「それにしても、上手すぎますよ」
シルフィスが感心して見ている間にも、セイリオスはにんじんを剥いた。5秒程度である。
もはや人間技とも思えない。
「ははは、一人暮らしが長いからね」
ゴルフのときもそうだったが、セイリオスは本当になんでもできる天才だ、とシルフィスは思った。
「でも、良かったです。私、本当はあまり料理が得意ではないんです」
「いや、なかなか手慣れているように見えるよ」
「そ、そうですか」
シルフィスは冷凍のグリンピースを鍋に入れているところだった。
誰にでもできることだが、セイリオスにそう言われると、なんだかその気になってしまうシルフィスだった。
 
【小牧】
シルフィスの保護者としてはスリル満点の展開です。
これほど、映画ジョーズのテーマがぴったりとくるシーンは、書いたことがありません。
鮫がいるのを知らずに海で泳いでいる……そんな感じです。
ああ、シルフィス! 早く気づいてちょうだい!!
みなさまにも、このスリルが伝わっているでしょうか?

 
 
 
 
セイリオス
その3
「美味しそうにできたね」
「はい……」
見ためだけでなく味もそうだったらいいのだけど…とシルフィスは不安になって、
目玉焼きを添えた野菜炒めとポテトサラダに視線を落とした。
早く作れて失敗しない料理を、と考えて決めた献立だったが、
あまりにも簡単すぎたような気がする。
湯気のたつ、白いご飯を茶碗によそいながら、
セイリオスの提案通り、出来合いの弁当を買えばよかった、と後悔していた。

「では、食べようか」
「……はい」
シルフィスはドキドキしながら、セイリオスが箸を口に運ぶのを見ていた。
下ごしらえこそセイリオスに手伝ってもらったが、
炒めたり味付けをしたりといった料理の味にかかわる作業は、彼女ひとりでやったのだ。
「あの……どうですか?」
「うん。美味しいよ」
「本当に? でも、あなたはあんなに料理がうまいのですから、
きっと美味しいものを食べ慣れていらっしゃるでしょう?」
「きみだって、上手だよ。嘘だと思うのなら、食べてごらん」
「はい」
普段通りに味付けをしたのだから、どんな味かわかっているはずだった。
しかし。
「あ、おいしい……」
いつもよりも数倍美味しい自分の料理に、シルフィスは驚いた。
「きっと、あなたが一緒に作ってくれたから」
「謙虚だね、きみは」
「でも、こんな簡単なメニューで……」
「家庭料理とはそういうものだよ。こういうのなら毎日でも食べたいな」
「そ、そうですか……でしたら……」
「なんだい?」
「いいえ、本当に美味しいですね」
また作ります、という一言がどうしても出てこないシルフィスだった。


 
 
 
 
 
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