| キューピッドはお役ご免
その1 |
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「おにいさまったら、手が早いですわ!」 ディアーナはむくれていた。 彼女の兄は、シルフィスがゴルフが初めてだと聞くや、ティーグラウンドに引っぱっていってしまったのだ。 兄と友人の仲を取り持つため、メイと相談して、あれこれ計画を立てていたものを、彼女たちが口出しするより早く、兄に動かれては、計画がすべて無駄になってしまう。 メイもあきれ顔でうなずく。 「手取り足取りとはよく言うけど……あそこまで、ずうずうしいのはめったに無いよね」 かちんこちんに固まっているシルフィスにためらうことなく、ゴルフを教えるその態度は、むしろ関心するしかなかった。 「まぁ、いいんじゃない? あたしたち3人の中で、彼がいないのシルフィスだけだったんだし」 「メイ! おにいさまに聞こえてしまいますわ。 彼のことは、おにいさまにはまだ言っていませんの」 「大丈夫だよ。聞こえてないって。 ヤツは、いま、シルフィスが使っているシャンプーのことで頭がいっぱいだから」 メイに、親友のお兄さんの地位から「ヤツ」に格下げされた青年は、不自然なほどシルフィスの頭に顔を近づけている。 やがて、何かひらめいたようだった。 「そうか。モッ○ヘアーだね」 「は?」 シルフィスはなんの話やらわけがわからず、首を傾げた。 |
| キューピッドはお役ご免
その2 |
「ナイスショット。 シルフィス、きみは上達が早いね」 「そんな……」 軽快に飛んでいったゴルフボールの行方を見つめつつ、シルフィスは頬を染めた。 「おにいさんの教え方が上手いんです」 「セイルだよ」 「セイルさん? じゃあ、傘に付いていたS.A.Sというイニシャルは…」 「正式にはセイリオス・アル・サークリッドだが、親しい友人はみなセイルと呼んでいる。 きみも呼び捨てでいいよ」 「は、はい」 同級生とは勝手が違い、目上の男性を呼び捨てにするのはどうにも気恥ずかしかったが、せっかく親しい友人と言ってもらえたのに水を差したくなかった。 「シルフィス。きみは野球部のマネージャーだそうだね。 部活はいつも何時に終わるんだい?」 「えっと……だいたい6時ごろです」 「そうか。ぎりぎり間に合うな。 今度の水曜日に、7時半開演の吹奏楽のチケットがあるんだ。行くかい?」 「それは、まさか、クラインホールのですか?」 「そうだよ。クラシックが好きだ、とディアーナから聞いたので、興味があるかと思ってね」 「はい。そのコンサートにも行きたかったんです。でも、チケットが取れなくて」 「では、ちょうど良かったじゃないか。一緒に行くね?」 「ええ、ぜひ」 シルフィスは喜びのあまり、それが生まれて初めてのデートとなることに、まったく気づいていなかった。 そうして、セイリオスが要領よくシルフィスを攻略しているとき、キューピッド二人の関心はゴルフのスコアに移っていた。
【小牧】
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| キューピッドはお役ご免
その3 |
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「えっ? メイは誘われていないんですか? コンサート」 メイやディアーナもコンサートに行くと思いこんでいたシルフィスは、どうせなら校内で待ち合わせをして、みんなでクラインホールに行こうと、廊下を歩いていたメイに声をかけたのだが、彼女の返事は意外なものだった。 「シルフィスだけに決まってるじゃない。あたしはクラシックなんか聞いたら、1時間で寝ちゃうよ」 「10分ももたないと思うぞ」 「げ☆ キール。なんで、あんたがここに」 メイの背後から現れたのは、恋人キールだった。 年はまだ20歳だが、飛び級で大学院を卒業し、今は大学で助教授をしている。 「教授の使いで資料を取りにいたんだよ」 その口調はいつもどおり、ぶっきらぼうだった。 高等部の校舎まで来て恋人の顔を見ない手はない、と言えるような器用さを持ち合わせない、気の毒な青年である。 もっとも、素直でないことにかけては、メイも同じなので、ちょうど釣り合いが取れていると言うべきかもしれない。 「メイみたいに、好きな人と気軽に話せるようになりたいです」 「シルフィスったら、なに言ってんだか。キールには気を遣う必要がないだけよ」 気を悪くしたキールが、ぼそりとつぶやく。 「悪かったな」 「でも、シルフィスだって、この前のゴルフのとき、お兄さんとうまくやっていたじゃない」 うまく立ちまわってデートの約束まで取り付けたのはセイリオスであって、シルフィスはただ真面目にゴルフをしていただけだ。 しかも、口説かれていたのにさえ、気づいていなかった。 「それより」 メイはびしっとシルフィスを指さした。 「初デートなんだから、気合いいれなさいよ。 制服で行こうなんて考えちゃダメだからね」 「いけませんか?」 「はぁ〜」メイはいささか脱力したようにため息をついた。 「私服もってきて、帰りに駅のトイレで着替えるの。髪もちゃんとおろしすんだよ」 「そ、そんなこと……」 誰かのために着飾るなどと考えたこともないシルフィスは、うろたえて顔が真っ赤になった。 「シルフィスは元が良いんだから、ちょっと気を遣うだけで、すごく変わるよ。 応援してる。がんばれ。ほら、キールも、何かアドバイスしてあげなさいよ」 キールはまだ渋い顔をしていた。 「……遅刻しても10分までにしておけ」 「何それ? どーいう意味よ」 それはむしろメイに向けたアドバイスだった。 |