「ゴキブリ軍団大進撃!」
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第1話「なーこ」
  やかましい鐘の音が街の中に鳴り響いている。赤い三角屋根のお城のてっぺんから響いてくるその鐘の音は、オマチ城に隣接して造られた小学校のお帰りの鐘である。毎日 当番の子供達が、かわりばんこに鳴らしているのだが、面白がってめちゃくちゃに叩いているようだ。かぁんかかかんの、すっかんかぁーん!くおらー!やめんかー!校庭で太 鼓のばちを持って怒鳴っているのは生活指導のニワトリ先生だ。頭のてっぺんにニワトリのとさかのように赤い毛が生えているので、そのニックネームとなったらしい。やばい !赤いリュックを背負った女の子が、天井からぶら下がった鐘を叩いていた棒を床に放り投げると、螺旋階段を2段抜かしで駆け下りていった。「なーこ!こっちだ!ニワトリ が来るぞ!」螺旋階段の下で待っていた男の子が、廊下の先を指差して足踏みしている。もうひとり、背が高くて小太りの、のっそりとした男の子は、何かを食べているのか口 の中をもごもごいわせながらも、布袋片手にひとりで先に逃げ出していた。
 お城の一番内側の城壁、アルファリングに沿って歩いている3人の子供達がいる。赤いリュックを背負った女の子は、青みがかった髪の男の子が持っているカードを珍しそう に覗き込んでいる。やかましい鐘を鳴らしていた犯人「なーこ」だ。青い髪の男の子は、お菓子のおまけについてくる昆虫の写真がプリントされたカードを手にして、虫の名前 や特徴を女の子に話していた。胸のネームプレートには、じょたという名前が書いてある。のっそりとした小太りの男の子は、相変わらず何かをもごもごと食べている。片手に 持った袋の中身はキャラメルのコーティングされたポップコーンで、どうやって学校に持ち込み隠し持っているのか不思議だった。袋にはしっかりと名前が書いてあった。名は 体をあらわす。どんじゅうろうという名らしい。「これは、ヘラクレス大カブトムシさ。世界で一番大きいんだぞ。」じょたは、細長い角を持った、黒光りする昆虫のカードを 自慢げになーこに見せた。「ふーん」じょたからカードを奪い取ったなーこは、太陽の光にカードをかざしてみた。彼女は昆虫の写真よりも、カードが虹色に変色するところが きれいだなと思っていた。横目で見ていたどんじゅうろうが言った。「そんな虫なら、うちで見たことあるよ。うちに見に来いよ。」「え、うそだー!」じょたはクルクルとし た瞳を真ん丸くして彼を見上げた。なーこは、どんじゅうろうが言っているモノが何であるか大体想像がついたが、ニブチンのじょたが何も気付いていないようなので、面白そ うだと思い黙っていた。
 「うわ、なんだか嫌な予感がする。」どんじゅうろうの家の前に到着したじょたは、家の前に山と積まれた生ごみの山を見て背筋に寒気が走った。「ま、入れよ。」どんじゅ うろうがドアを開けて、窮屈そうに家の中に入っていく。「さ、あきらめて入ってみよ。」なーこはじょたと腕を組むと、じょたをずるずるとドアの中に引きずり込んだ。なー こはじょたと同じくらいの背丈で、身長120センチくらい。ほっそりとして痩せ型であるが、運動神経抜群で大抵のスポーツはこなす。ドッジボールではうなるような剛球で 男の子を泣かすし、サッカーをすれば選手ごとボールをゴールにねじ込むくらいのすごい筋力の持ち主なのであった。それに引き換え、じょたは男の子としては繊細で華奢なタ イプであった。ドッジボールはよけるの専門だし、野球をすれば外野フライの捕球を顔面に命中させて、保健の先生のお世話になることはしょっちゅうだった。魔道のセンスだ けは人一倍強く、見えざるものを見ては腰を抜かしていたが、その力を発揮できない時は勘がニブく、ぽーっとしていてだまされやすかった。だからじょたはいつもなーこのお もちゃ、なーこに腕をつかまれたらじょたはもう逃げ出すことは不可能であった。「ちょ、ちょ、ま、待った。ちょっと待って!」
 玄関をくぐると、そこはダイニングキッチンであった。大きなテーブルの上には、食べかけの焼き飯の皿から異臭がしていたし、花瓶には茶色い植物が入っていてお辞儀をし ていた。キッチンには油汚れのついたお皿が重なって、水の入ったボールから山となってせり出していた。「ほら、これさぁ」のっそりとどんじゅうろうが差し出した、小さな 家の形をしたアレを捕まえるワナの中には、脂ぎった黒い羽を持つ立派なアレが入っていた。「違う、違うよ。これ、全然違うって!これ、ゴキブリだってば!」今ごろ気が付 いたの?やっぱり面白い子。なーこはニヤリと笑ってじょたを見ていた。
 「なんだか気持ち悪くなっちゃったねぇ。」じょたは、首の辺りをかいたり、肩の辺りをもぞもぞとさせながら、前を歩くなーこに話しかけた。「じょたは元気が無いんだよ 。元気が無さ過ぎるよ。」両手を腰に当てて、片足を軸にしてくるりと振り返ったなーこがきっぱりと言った。なーこは少し背伸びをしてじょたを見下ろすと、口もとをきゅっ とすぼめてほっぺにえくぼをつくった。何かよからぬことをたくらんでいる証拠なのだが、ニブチンのじょたが気が付こうはずもなかったのである。
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