パラダイス・プリズン
「はー、こいつはまた派手にやられたもんだね。」
眼前の光景に思わず感嘆の声を上げる諭。援軍要請は無かったもののさすがに友軍の危機を放って置くわけにもいかず迅速に戦場に駆けつけたが、キラメキ隊が到着した時は既に決着が付いた後だった。大破して至る所に転がるMSの残骸の中で、ビッグトレー級陸戦艇「アイオワ」は徹底的に破壊し尽くされた無惨な姿をさらしていた。MSは移動しながら修理できないこともないが、母艦が破壊されてはそうもいかない。そして修理用の部品で新造艦が出来かねないとなればこの艦を廃棄して別の艦を受領した方が手っ取り早い。おそらくそれまで部隊は足止めを食らうことになるだろう。誰もがそう考えていたが、司令官の通信は完全に意表をついたものだった。
「キラメキ隊の艦艇及びMSを接収する。直ちに引き渡せ。」
その口振りからは一刻も早く作戦を再開して失態を帳消しにしたいという焦りが見て取れた。迂闊に指示に従えば自分たちの装備も目の前のスクラップと同じ末路を迎える。それだけは何としても避けなければならない。そう決意した未緒は相手を刺激しないように言葉を選びながら諌言した。
「しかし当部隊の装備のみでは戦力不足は明らかです。やはり十分に戦力を立て直した後作戦を再開するのが賢明ではないかと・・・」
「そんな呑気な事をやっている余裕は無い。その時点で得られる戦力で最善を尽くすのが軍人としての責務だ。つべこべ言わずにさっさと艦を降りろ。」
それ以上の反論は認めないと言わんばかりに一方的に通信が切られ、未緒は絶望の面もちで映像の消えたスクリーンを見つめ続けた。
「まったく。猿以下のくせに言う事は人並み以上ね。」
声のした方を見ると結奈が腕組みをして立っていた。その表情からは苛立っている様が見て取れる。
「自分の無能を自覚せずに私まで巻き込もうとするのは気にくわないわね。何としても阻止するのよ。」
「あの、紐緒さん。手荒なまねは・・・」
心配そうに声をかける未緒に結奈は不敵な笑みで答えた。
「まあ見てなさい。二度と人の装備横取りしようなんて考え起こさないようにしてあげるわ。」
装備の引き渡しが済んで間もなく出撃準備が進められていたが、一向に部隊が動き出す気配はなく、未緒に対してアルビオンのブリッジに出頭するように連絡が入った。
「エンジンパワー低下。維持できません!」
「5番及び8番コンプレッサー停止。再起動・・・不能!」
「機関区、一体どうなってんの!」
「MSも駄目だあ?くそっ、どうなってるんだ?」
未緒が到着したときブリッジ内は混乱の極みに達していた。刻々と艦内各部からトラブル続発の報告が寄せられる。
「これはどういうことだ?」
キャプテンシートから未緒を見下ろす少将の表情には焦りと苛立ちの要素が多分に含まれている。
「と、申されますと?」
未緒は何の事か訳が分からないと言った感じで問い返す。
「このポンコツ共は揃いも揃って動作が不安定だ。出力がほとんど0になったかと思うと次の瞬間レッドゾーンに突入する。こんな状態では到底実戦には耐えられん。」
「その件に関しましては我々としても対処を急いでいるところですが、なにしろ元々は訓練用の機体だったものに急な実戦配備で間に合わせの強化処置を施したため調整が難しいようです。」
未緒はあらかじめ結奈と打ち合わせてあった通りにもっともらしく説明を始めた。
「ある程度は改良が進んでいますが、やはり慣れない内は満足に使いこなせないのではないかと思われます。」
事実と遙かにかけ離れた大嘘をそれと感じさせない見事な演技力で並べ立てた未緒は静かに相手の出方を待った。少将は未緒の表情から何か読みとろうとするように疑わしげな眼差しを向けていたが、忌々しそうに席を立つと出口に向かって歩き出した。
「ふん。どいつもこいつも役にたたん。補充を待って再編成だ。帰るぞ!」
未緒は内心ほっとしながら敬礼して退去する者達を見送ったが、全員出ていったと思う間もなく少将が舞い戻ってきた。
「言うまでもないがこの部隊が現時点における唯一の戦力だ。作戦再開まで遊ばせて置くわけにはいかない。そこでキラメキ隊は即時戦線に復帰し、敵本拠に向けて進撃を開始する。準備が整い次第作戦に移れ。」
「つまり、僕達は囮と言うことか。」
ブリーフィングルームで未緒から状況説明を受けて過半数の者が抱いたであろう感想を、一同を代表してレイが口にした。
「とりあえず戦力が整うまでこちらに敵の注意を引きつけて、あわよくば本隊は手薄な別ルートから進軍。ただしあの司令官はキラメキ隊の戦力を過小評価しているから、部隊壊滅までに少しでも敵戦力を削れたら儲け物位に思っているわね。」
続いて結奈が冷静に上層部の意図を分析して見せた。
「そうでしょうか?」
ゆかりの何気なさそうな一言に結奈は鋭い視線で答える。
「何か疑問の余地でもあるのかしら?他の可能性があるのなら是非聞かせてほしいわね。」
「はい。あのしょうしょうさんはむずかしいことをかんがえるのはおすきではないようですし・・・」
しばらく言葉を切って考えをまとめる為視線を宙に漂わせるゆかり。やがてにっこり笑って結論を披露した。
「やはり、わたくしたちをあそばせておくのはもったいないとおかんがえになったのではないでしょうか。」
結奈を筆頭に思わず脱力するキラメキ隊の面々。しかし改めて考えてみるとゆかりの説は結構説得力がある。
「うーん、意外と当たってるかも。」
「あのオッサン何も考えてないって感じだし。」
未緒は咳払いをして崩れかけた場の雰囲気を戻した。
「えー、命令の意図するところは私達の考えることではありません。出発に備えて各自準備を整えて置いて下さい。では解散。」
整備と補給を済ませて一路トゥブルクを目指して発進するアルビオン。アラート要員を除くパイロット達は自室等で思い思いに休養をとっていた。
「しかし不思議だよな。この艦にしろMSにしろ、何で連中が使うとあんなにトラブルが起こってばかりだったんだ?」
展望室で好雄が外の風景を見るともなく眺めながらふと疑問を口にした。
「そんなの決まってんじゃない。その位ヘタクソなんだって。」
「いくらなんでもそりゃないだろ、シロートじゃあるまいし。」
「十分な機種転換訓練も無しにいきなり乗り換えたんじゃ十分性能を引き出せないって事はよくあるけど、さすがに全然動かせないってのはなあ。」
「ふしぎですねえ。」
そのまま考え込む4人。だがいくら考えても分かるはずもない。
「理由を知りたい?」
いきなり背後から声をかけられて驚いた諭が振り返ると結奈が腕を組んで立っていた。その顔には何かをやり遂げた者特有の満足げな表情が浮かんでいる。
「理由って・・・何か知ってるわけ?」
「何かしたわけ?って聞いた方が的を射ていると思うぞ、多分。」
夕子の問いかけに冷静に突っ込みを入れる諭。謎のマシントラブルに結奈が関係あるとすれば自ずからそう言う結論に達する。
「まあ、そう言う事ね。出力制御系の基本OSをダミーと入れ替えて実際には全てマニュアル操作しないといけないようにしてやったわ。」
「そりゃ無理だ。絶対動かせない。」
諭は結奈の話を聞いて間髪入れず結論を出した。同じ目にあったら自分も手も足も出ないだろう事は常識以前の問題と言っても決して大げさではない。
「ふーん。ま、いいけど。ちゃんと元に戻してあるんだよね。」
「その辺は心配ないわ。あらかじめ登録してあるパイロットなら正常に動作するから。一応念のために部隊内での乗り換えには対応させてあるわ。」
それを聞いて一瞬「えっ?」と言った感じの表情を見せた夕子だったが、自信たっぷりな結奈に気圧されて不安を口に出すことはしなかった。
「ここまでは順調・・・」
キャプテンシートの上で未緒は考えを巡らせていた。敵もまさかキラメキ隊が単独で先を急ぐとは考えないだろうからおそらくまだ敵部隊に遭遇する可能性は低い・・・普通は。もし連邦軍総司令が普通でないのが敵の計算に入っているとしたらあるいはそろそろ戦闘が発生する可能性も考慮する必要がある。待ち伏せの恐れが無いか検討するつもりでマップにチェックを入れていた未緒は進路上に村があるのを確認した。
「村か。もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。」
そうつぶやいてしばらく考え事をしていた未緒はブリッジにレイを呼び出した。
「実はこの先の村で情報収集をして来て貰いたいのですが。」
「それは構わないが、なぜこのまま行かないのかな?」
未緒の依頼に自然な疑問を呈するレイ。
「住民感情を考慮すると戦艦で押し掛けるのは得策ではないと思います。あと、住民が果たして連邦軍に対して友好的か敵対的か分からないと言うのもあります。」
「つまり僕に民間人のふりをして話を聞いて来いと言う事だね?」
「はい。お願いします。」
レイは肩を軽くすくめると出口に向かった。
「いいだろう。臨時の休暇を貰ったとでも思うことにするよ。では行って来る。」
レイ、沙希、詩織、魅羅の4人が乗った4WDが村に到着した。いかにもただの旅行者と言った感じの一行は車を降り、物珍しそうに辺りを眺め回した。
「うーん、のどかそうでいい所だね。」
「そうね。たまにはこんな所でのんびり過ごすのもいいかな。」
嬉しそうに声を弾ませる沙希に同調する詩織。しかし魅羅はなにやら浮かぬ顔で辺りに目を配る。
「どうしたの、鏡さん?何か気になることでもあるの?」
「ええ、少しね。不自然な気がして。何かが足りないのよ、ここには。」
「そうかなあ。私は普通だと思うけど。」
沙希は軽く受け流したが、魅羅はなおも気になって仕方ないようだった。一方レイは村人を捕まえ早速情報を集め始めた。
「ここへ来る途中、連邦軍の部隊がいたんだが、結構損害を受けていた。どうやら戦闘があったようなんだがね。」
「あ、ああ。そうかね。」
村人は平静を装っていたが声が震え、額の汗は暑さのせいばかりではないように見える。
「最近この辺りでDCの部隊を見なかったか知りたいのだが。」
「と、とんでもねえ。そんな物見たことねえよ。本当だ、俺は知らん。」
村人は必死に否定して逃げるようにその場を立ち去ったが、かえって事実が全く逆であることを教えているようなものだった。
「脈有り、だな。」
「ええ、そうね。もう少し詳しいところが知りたいけど、さすがにこの分じゃちょっと無理かな。」
「それにそろそろ潮時のようだよ、見たまえ。」
レイに促されて詩織が視線を向けた先には、こちらを目指して歩いてくる老人の姿があった。
「村長さんのお出迎えって所かな?なんだか歓迎はしてくれなさそうな雰囲気だけど。」
詩織がそうつぶやいている内に4人の前に立った老人はおもむろに口を開いた。
「私はここの村長だが、一体何を嗅ぎ回っているんだ?」
「そう言う人聞きの悪い言い回しは心外だな。僕達は少しでも安全に旅を続けるために情報を集めているだけだよ。」
事実を出来るだけ簡潔に述べるとそうなるのだからレイの答えに不自然さは微塵も無かった。
「DCも民間人に攻撃してくる事は無いかも知れないけど、出来るだけ関わり合わない方がいいと思いますから。」
詩織がそう補足した後、村長はそれらの言葉を値踏みするかのように4人の顔を眺めていた。
「確かにそれも一理ある。いいだろう、村を代表して私が答える。DCに会いたくなけれは゛さっさと村を出ていくことだ。」
そう言って村長が立ち去ろうとしたとき、窓を乱暴に閉めるような音がした。何気なくそちらを見た魅羅の目に映ったのはとある民家の二階の窓。そこに一瞬だが手足をばたつかせて部屋の奥へ消える小さな人影が見えた。魅羅ははじかれたようにその家に向かって駆け出す。
「・・・え?何、何があったの?」
魅羅のいきなりの行動に多少遅れてあわてて後を追う3人。
「止めろ、行っちゃいかん!」
後ろから村長の叫び声が聞こえるがそんなことに構ってはいられなかった。
「やっと分かったわ。なぜこんな事にさっさと気付かなかったのかしら。」
走りながら魅羅が話し始めた。
「一体何が分かったの?」
「子供よ。村に来てから一人も子供の姿を見かけなかったわ。」
「なるほど、そう言われてみるとそうね。」
そして4人は家の前に到着した。
「所でこれからどうする気かね。」
「決まってるでしょ。子供達を助けるのよ。」
魅羅の言葉にあきれたように首を振るレイ。
「冗談はよしたまえ。丸腰の4人で何が出来るというのかな。」
「出来る可能性はありそうよ。」
詩織はそう前置きすると現状分析を始めた。
「この村にMSとかを隠す場所なんて無いから本隊が出払っているのは間違いないわ。そして子供を人質にとっていて、その上逃げられそうになると言うことは、残っている人数はかなり少ない筈よ。」
「多分2人だな。」
「うん、私もそう思う。私たちが走ってくるときに何の反応も見せなかったと言うことは、子供達を監禁している部屋の見張りが1人。そして逃げ出しそうになった子供を捕まえて連れ戻したのが1人。」
「ねえ、それって、私たちがこれからしようとしていることに向こうは気が付いてないって事かな?」
沙希の指摘に軽くうなずいてみせるレイ。
「そう言うことになるね。いくら何でも民間人相手に防御的な作戦は採らないだろう。ふむ、ここまで可能性を突きつけられてはやるしかないようだね。」
一呼吸置いてレイは作戦の概要をまとめあげた。
「今回の作戦の目的は出来るだけ速やかに人質を救出すること。その後は村人を一端避難させて敵本隊を撃退することになるだろう。では作戦開始!」
次回予告
キラメキ隊の4人による人質救出は成功するのか。そしてDCの仕掛けた罠にかかったキラメキ隊の運命は。砂漠の村に邪悪な高笑いが響き渡る。次回ときめきロボット大戦「卑劣!鉄仮面カロッゾの罠」に・・・
「レェェェッツ!」
「コォォォンバァァァイン!」