サハラの黒い風

 「あれ、あんな所に古式さんがいるぞ。おーい、古式さーん。」
諭は通路でぼーっと立っているゆかりを見かけて声をかけながら駆け寄った。
「あら、つらだてさん。ほんじつはなんのごようでしょう?」
「いや、こんな所で立ち止まってどうしたのかなって思ってさ。」
「きょうはもうすることもないのでおへやにもどろうかとおもっていたところです。」
そういうことを立ち止まってゆっくり考えるのがゆかりらしい。
「あ、そう。じゃあそこまで一緒に行こうか。」
「はい、よろしいですよ。」
ゆかりは諭の申し出を快く受け、二人は並んで歩き出した。
「もうすぐアフリカだね。」
「そうですねえ。やはりとってもあついんでしょうねえ。」
「うーん、そりゃ暑いだろうけど直接外に出る事は無いと思うから実際に暑さを感じるかどうかはわからないな。」
そんな話をしている内にゆかりの部屋の前に着いた。
「それではこれでしつれいいたします。」
「うん、さよなら。」
一礼して部屋へ入るゆかりを見送る諭。ドアが閉まるのを確認して小声でつぶやく。
「よーし、いい感じだ。」
「甘いわね。」
「うわ、びっくりした。また詩織か。」
諭は声の主を捜して辺りを見回したが詩織の姿は見あたらない。先日のこともあるので天井を見上げたがそこにも人影はなかった。詩織を見つけるのを断念した諭はそのまま話を続けることにした。
「甘いって、何がだよ。」
「諭はずいぶん古式さんと仲良くなったつもりだろうけど、はっきり言ってまだまだね。古式さんなら何とも思ってない相手でも頼めば一緒に帰るくらいのことはしてくれるわよ。」
容赦のない詩織の指摘が諭に精神的ダメージを与える。
「うっ!き、キツいっすよ、詩織さん。」
思わず廊下に片膝ついて胸を押さえながら肩で息をする諭。それを見た詩織があきれたように言い放つ。
「情け無いこと言わないの、このくらいで。まったくいつまでたってもそんなんだから私もついつい世話焼いちゃうのよね。」
「・・・あんた俺の姉さんか?」
「似たようなもんでしょ。赤ん坊の頃おむつ替えてやった恩、忘れたとは言わさないわよ。」
「うそつけーっ!」
思わず怒鳴り返しながらも諭は詩織ならやりかねないと思いながらその情景を想像した。
「あはは、冗談よ。でもちっちゃい頃から色々助けてあげたでしょ?」
「う、それは・・・はい。」
確かにそれは事実だった。諭が詩織に対して頭が上がらないのも喧嘩で勝てないことより世話になりっぱなしで引け目を感じていることの方が大きい。
「よろしい。じゃあ行きましょうか。」
突然廊下の壁の一部が回転して中から詩織が現れる。
「おわあ!い、いいのか?軍の物にこんな細工して。」
「大丈夫、どうせ私たちしか使わないんだし、ばれやしないわよ。」
詩織は平然としてそう答えると手招きして歩き始める。
「どこ行くんだよ?」
「どこでもいいんだけど、諭と古式さんの仲を発展させる作戦を立てようと思って。必要無い?」
「はっ、この陣館諭、何処へなりとお供させていただきます。詩織様、ばんざーい!」
諭のお調子者ぶりに思わず苦笑する詩織。
「ほんとにもう、現金なんだから。」

北アフリカ戦線における連邦軍の拠点であるトリポリ基地に到着した一同はアフリカ方面軍司令の前に整列していた。少将の階級章をつけたその男は連邦軍の典型的な高級士官のいい見本といった感じの尊大な物腰でキラメキ隊の面々に視線を走らせた。
「ふん、まだまだ尻の青いガキばかりじゃないか。まったく、上層部はなにを考えているんだか。もっと使い物になる連中を寄越して欲しいもんだな。」
「しかし閣下、彼らはあのサイクロプス隊とも互角に戦い・・・」
「奴らが手を抜いてたんだろう。じゃなければ今頃俺の前には死体袋が並んでるところだ。」
副官のフォローをにべもなくはねつけた少将は立ち去りぎわに念を押すように付け加えた。
「いいか、貴様等。今まで生き延びてきたからといっていい気になるなよ。この北アフリカで実戦の厳しさを思い知るんだな。」
少将の姿が完全に見えなくなると夕子や魅羅等が口々に怒りをぶちまける。
「なによあれぇ。あったまくるう!」
「一体何様のつもりかしら、失礼ね。」
そこへパイロットらしい兵士が一人近づいてくる。
「まあまあ、そう怒りなさんな。実際あんた等もこれからきついとおもうぜ。何しろDACの連中の強さときたら半端じゃないからな。」
「DAC?何なの、それ?」
優美の問いに兵士は真顔で答える。
「DCアフリカ軍団の略だよ。とにかくサイクロプス隊級の腕利きがごろごろいやがって、正直言って俺たちじゃ歯もたたねえ。ただ数ではこっちがかなり有利だから何とか膠着状態に持ち込んでるって感じだな。」
「なるほど、たしかにきつそうですね。参考になりました。」
礼を言う未緒に向かって兵士は軽く手を振ってみせる。
「なに、大したことじゃない。後もう一つ忠告しておこう。ここで本当に怖いのは敵じゃない。」
訳が分からないと言った顔をしている未緒達に兵士は意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
「ま、いずれわかるさ。」

 翌日、アルビオンは敵前線基地のあるトゥブルクへ向けてトリポリを後にした。後には司令の乗るビッグトレーが続く。アフリカ北部に散在する数々の砂漠や砂丘を総称してサハラ砂漠と言う。その一つのシルテ砂丘に差し掛かったとき哨戒機から敵部隊接近の一報が入り、戦闘開始に備えてMS隊が展開する。
「おい、見ろよ。あっちの部隊。」
好雄の呼びかけに反応してビッグトレーの方を見ると、デザートブラウンのネモが母艦を囲むように待機している。ネモは一応キラメキ隊のどの機体よりも後にロールアウトした機種なのだが、コストダウンを最も重視した設計のため機体性能は低い。損害を省みず圧倒的な数で押す連邦軍の戦略に適した機体ではあるものの、乗せられる方としてはたまったものではないだろう。やがて敵部隊が確認できるようになったとき通信が入った。
「キラメキ隊は進軍を開始、敵部隊を迎撃せよ。」
本隊は一切動く素振りを見せない。どうやらひたすら守りを固めて動かないつもりのようだ。守備重視は結構だが攻撃用に兵力を小出しにするのは愚策としか言いようがない。百歩譲ってこちらが迎撃側ならまだしも侵攻作戦で取る戦法ではない。今までもこんな戦い方をしていたのなら勝てなくて当然だろう。とにかく不満はあっても逆らうわけにいかないのでキラメキ隊は前進を始めた。

 確かにアフリカのDCは手強かった。パイロットの質は全体的に高めでその上砂漠戦に適したMSを使用しているため、機動力で大きな差を付けられた。
「あん、また外れちゃったよ。どうしたらいいの?」
沙希が珍しく弱音を吐く。自機の周りを大きく円を描くように移動する敵機に向きを変えながら攻撃しようとすると砂地に足を取られて照準が不安定になる。それに対してジェットスキーで滑走するデザートザクやホバリング移動のドム系は歩行移動と比較して格段に安定性が高い。
「弱ったわね。このままじゃ・・・そうだ、鏡さん、ちょっと。」
詩織は魅羅を呼ぶと機体を背中合わせに並べて立ち止まり、攻撃を開始した。状況的には若干不利だが、少なくとも先程までの一方的な展開は避けられる。他のチームも詩織達を見習って反撃に転じた。
「ふっ。この戦い、もらったな。多少はできるようだが所詮は雑魚。この僕の敵ではない。」
「まあ、こいつらは威力偵察みたいなもんだろうからな。見た所名のあるパイロットは・・・いた。」
レイの強気なセリフを茶化そうとした好雄は一機のドム・トローペンに気付いた。黒い三連星以来ドム系のカラーリングは黒を基調とするものが主流だが、その機体は頭部中央に赤く光るモノアイを除いて全てが漆黒に染め上げられていた。
「黒い旋風。DCの中じゃ新顔だが、エース級に名を連ねるのもそう遠くないって噂の注目株だぜ。」
諭は黒い旋風と呼ばれるそのパイロットに心当たりがあった。
「古式さん、あのトローペンの方に行きたいんだけど。」
「そうですか?ではまいりましょう。」
二人は周囲の敵機を牽制しながら移動した。諭はトローペンに向かってレーザー通信の回線を開く。
「渡雲だな、聞こえるか?」
返事は無かったが再び諭が呼びかけると不機嫌そうな声が返ってきた。
「陣館か・・・連邦の犬に成り下がった奴が何の用だ?」
「何故DCに荷担する?奴らが世の中を良くできると本気で信じているのか?」
「ギレン・ザビは死んだ。ハマーン・カーンはよくやっている方だ。腐りきった連邦にしがみついているよりはよほど目がある。」
「しかし・・・」
諭は反論を続けようとしたが、その言葉は途中で遮られた。
「これ以上は時間の無駄だ。さっさと始めるぞ。」
こうなっては戦う他になかった。しかしまだ迷いが残る諭にからかうような通信が入る。
「どうした、ひょっとして怖いのか?もしそうなら隣の奴と一緒に来ても構わないがな。」
渡雲の挑発に乗った諭はゆかりに通信を入れる。
「古式さん、ここは俺一人で十分だから他を頼むよ。」
「そうですか?むりをなさらないでくださいね。」
ゆかりがその場を立ち去ると同時に戦いの火蓋は切って落とされた。
「ざっとこの辺・・・当たれよ!」
「目を瞑って撃っても当たるわけないだろ!」
諭の攻撃をジグザグ機動でかわす渡雲。
「見苦しいな・・・消えてもらう!」
「うわっ!くそぉ、よけられそうだったんだけどな。」
時間の経過とともに諭のジムカスタムの損傷箇所は増加し、何度目かの被弾と同時に尻餅をつくように倒れ込んだ。コクピットの諭は虚ろな目でモニターを見つめている。
(くそ、俺の力は所詮こんなものなのか。)
「チェックメイト。」
渡雲のドムがすぐ近くまで接近して停止する。確実にとどめを刺すためだろう。諭は脱出装置とサバイバルキットをチェックした。
(これでいいのか?)
突然諭の脳裏に疑問が浮かぶ。いつも詩織やゆかり等の仲間に頼ってばかりで自分一人ではなにもできない。そんな現状を自然と受け入れて何とも思わない自分が腹立たしくなってきた。
(このままじゃ俺はただの負け犬だ。)
何か行動を起こすために残された時間はわずかしかない。忙しくコクピット内を飛び回る諭の視線がサバイバルキットの上に止まった。
「駄目で元々。やるだけやってみるか。」
最後の一撃を加えようと武器を構えたドムの動きが止まる。渡雲はジムカスタムのコクピットハッチが開くのをいぶかしげに見ていたが、その直後にモニター画面がまばゆい光に満たされた。すぐにセーフティがかかって画面が暗くなるが、その間に機体が衝撃におそわれ、程なくアラームメッセージが表示される。
「携帯武器破壊、右腕部損傷・・・。照明弾でモニターを殺してその隙に攻撃、か。やられたな。」
機動力で優勢に立っている分格闘戦に持ち込めば十分勝ち目はあったが、そこまでして勝負にこだわるつもりは無かった。渡雲に続いて他の機体も撤退を開始する。
「逃げるのか?いや、この場合見逃してもらったと言うべきだろうな。」
コクピットから身を乗り出して戦況を眺める諭のそばにゆかりのガルバルディが立つ。
「ずいぶんはでにやられましたねえ。おけがはありませんか?」
「ああ、なんとかね。でももうへとへとだよ。」
「うふふ、ごくろうさまです。」
等とのどかな会話を楽しむ二人の側をネモ隊を引き連れたビッグトレーが走り去っていく。
「ご苦労だったな。後は我々に任せろ。」
「敵は十分余力を残しています。深追いは危険かと・・・」
生憎少将は未緒の進言を聞く耳を持ち合わせてはいなかった。
「知った風な事をぬかすな。逃げる敵は追撃して徹底的に叩くのが鉄則というものだ。」
暫くして砂漠の彼方で黒煙が上がるのが見えたが、その発生源が何であるかは明らかだった。
「なるほど。ここで本当に怖いのは敵じゃなくて・・・」
「無能な指揮官。」
「猿以下ね。」

次回予告
 「斥候任務を命じられた私たちがたどり着いたのはとある小さな村。うん、のどかでいい感じ!」
「でも何だか不自然ね。これはきっと裏があるわね。」
「うーん、そうかなあ。気のせいじゃないかと思うんだけど。」
「いずれ分かるわ、たぶんね。」
「次回ときめきロボット大戦、パラダイス・プリズン。根性よ!」
「ま、当然ね。」