ローマの休日作戦

 「ミハルの奴、元気でやってるかな。」
好雄は先日の戦いの最中に姿を消したミハルの事を気に掛けていた。装備は万全だったので無事に帰り着いたのは間違いない。この先幼い弟と妹の三人家族で上手くやっていけるかが心配だった。
「そんなに心配することもないだろう。今までちゃんと暮らしてきたんだし、これからだってそんなに変わらないって。」
「ああ、まあな。」
楽観的な諭の意見に対して好雄の返事は歯切れが悪かった。ミハルがDCのスパイだったことは好雄しか知らない。任務を失敗したスパイにはあまり仕事は回ってこないのではないか。それは十分考えられた。
「そんなに心配だったらさ、任務が終わったら会いに行ってやれよ。ってもいつになるかわかんないよな。」
諭としては悪気は無かったのだが、今の好雄には悪意があるように聞こえても仕方無かった。
「お前を・・・殺す!」
「うわっ!な、なんだよいきなり?」
好雄がいきなり殴りかかってくるのを見て慌てて飛び退く諭。そこへ好雄の第二撃が襲いかかる。
「ちょ、ちょっと待てよ、何で俺達が争わなきゃいけないんだ?」
「テニス部のイモには分からねえだろうよ、帰宅部の落ちこぼれの気持ちはな!」
確かに分からんが、部活は関係無いと思うぞ。と突っ込みを入れようとした諭だったが、その時軽くつまずいて動きが止まった。
「もらったあ!くらえ、必殺!!好雄パァァァンチ!」
「や、やめろーっ!」
ぺきっ。
「ぐおおおおおっ!」
間抜けな音が響いた後、手首を押さえた好雄がうなり声をあげて部屋の床を転げ回っていた。
「あーあ、だから止めろって言ったのに。」
あきれかえった様子でつぶやく諭。痛みをこらえて半べそをかきながら好雄が起き上がる。
「ほっといてくれ。まったく、お前は良いよな。古式さんとべったりくっついていられて。」
「は?なんだよそれ。」
「とぼけんなよ。分かってんだぜ。」
諭の中に不吉な予感がわき上がった。ここで好雄の誤解を解かなければとりかえしのつかないことになる。手遅れになる前に何とかしなくては。
「良いか、好雄。そりゃお前の勘違いだ。頼むから間違っても詩織の前でそんなこと言わないでくれよ。さもないと・・・」
「甘い、甘いわよ、諭!」
「げっ、詩織!いつの間に?」
うろたえて部屋中を見回す諭。しかし詩織の姿は見あたらない。
「私はここよ!」
ふと上を見上げて唖然とする二人。部屋の天井には詩織が腕を組んで逆さまに立っていた。
「なにやってんだよ、そんなとこで・・・」
諭の苦情を気にする様子もなく鮮やかに着地を決めた詩織はおもむろに口を開いた。
「話は聞いたわ。ここは私に任せなさい。」
事態は諭にとって最悪の方向に進んでいた。別にこういう場合詩織が親切ぶって嫌がらせをするわけではなく、本気で骨を折ってくれるのだが、やり方が荒っぽいため結果として諭はかなりの苦労を強いられることになる。無駄とは思いつつ諭は抵抗を試みた。
「いや、いいって。今回のは好雄の勘違いなんだし。」
何とかその方向で話をまとめようとした諭の鼻先に指が突きつけられる。
「いいえ、間違いないわ。諭は古式さんが好きなの。」
「そ、そんな、一体何の根拠があって・・・」
「ふっ。伊達に十年以上幼なじみやってるわけじゃないわ。諭は自分の気持ちに気付いてないだけ。」
「ま、なんにしてもそう急ぐことはないだろ?ここは一つ様子を見てだな・・・」
諭の反論を遮るように詩織はちっちっち、と舌を鳴らしながら人差し指を立てて左右に振る。
「賽は投げられたのよ、覚悟を決めなさい。」
「いい結果を期待している、武運のあらん事を。」
「好雄よ、お前もか。」
もはや諭に逃げ道は残されていなかった。追い討ちをかけるように詩織の最後通告が飛ぶ。
「さ、IDカードよこして。」
「な、なんでだよ。」
「決まってるでしょ、デートの予定組むのよ。」
平和的解決が望めない以上実力行使しかない。覚悟を決めた諭はその場で向きを変えると部屋の出口目指して全速力で駆け出した。
「逃がすものですか!」
そう叫んだ詩織は一跳びで諭の前に立ちはだかる。
「前に出るから!」
諭は連続で手刀突きを繰り出し、詩織も応戦する。しばらくは互角の撃ち合いが続いたが、やがて詩織の攻撃が諭を圧倒し始めた。
「未熟、未熟、未熟ぅ!」
「くうっ!不、不覚。」
力を失い倒れ伏す諭を見下ろす詩織の指には既にカードが挟まれていた。
「すこしはやるわね。でも私に勝とうなんて百万光年早いわよ。」
「それ、早さじゃなくて遠さだよ。」
もちろん詩織がそんなことを知らないはずがない。期待通りの諭の突っ込みに満足そうな笑みを浮かべた詩織は部屋の隅のコンソールに向かいスロットにカードを挿入すると色々な情報を入力していたが、やがてカードを取り出すと立ち上がった。
「さあ、出来た!後は申し込むだけね。」
詩織はまだ起きあがれない諭の襟首をつかむと引きずり始めた。
「さ、古式さんを見つけてデートに誘うのよ。」
「あー、やーめーてー」
弱々しく哀願する諭を引きずって詩織は部屋を後にした。

 「つらだてさん、なんのごようでしょうか?」
諭とゆかりは食堂のテーブルを挟んで向かい合っていた。ゆかりは諭の言葉を待っている。
「えーと、その・・・、まいったな。」
諭としては突然でその上自らの意志ではないだけに非常に話を進めづらい。おまけに物陰から詩織達がこちらを監視している。諭は汗だくになりながらどう切り出すか考えをまとめようとした。ゆかりはそんな諭の様子を不思議そうに見つめている。
「すごいあせですねえ。どこかおからだのぐあいでもわるいのですか?」
「あ、いやいや、大丈夫。俺汗っかきなんだ。」
諭は深呼吸して本題に入ろうとした。
「古式さん、実は・・・」
「はい、なんでしょう。」
真っ向からゆかりに見つめられて諭の決意はあっさり崩れる。
「あー、やっぱだめ!無理だよー!」
「まあ、それはよわりましたねえ。」
普通の女の子ならこんな茶番につきあわされたらいい加減腹を立てるところだが、ゆかりは気にする様子もない。しかしもう一人の方はそう言うわけには行かなかった。
「あー、まだるっこしい!ばしっといきなさい、ばしっと!」
ごす。
諭の後頭部にしびれを切らした詩織の跳び蹴りがめり込む。そのまま腕を組んでゆかりの前に立った詩織が諭に変わって話を進め始めた。
「古式さん、明日の休暇、開いてるかしら?」
「はい、ええと・・・よろしいようですよ。」
「じゃあ諭と一緒にローマ観光に行ってあげてくれない?」
「はい、かまいませんよ。でもつらだてさんのほうはよろしいのでしょうか?」
ゆかりは詩織の足元に視線を落とす。詩織に頭を踏みつけられた諭はぴくりとも動かない。
「ええ、きっと喜んでるわ。照れちゃって顔上げられないみたいね。じゃあ明日はよろしくね。」

 翌日中央駅に降り立った諭達は博物館や美術館などを巡りながらローマ市内を北上した。
「えーと、ここがスペイン広場。目の前のスペイン階段をのぼった先にあるのがトリニタ・デイ・モンティ教会だってさ。」
「すごいですねえ。でもここはいたりあなのにどうしてすぺいんひろばというのでしょうねえ。」
言われてみれば確かに不思議な話だが生憎名前の由来までは入力されていなかった。
「あ、ローマなのにヴェネツィア広場ってのもある。」
「ほんとうですか?おもしろいですねえ。」
ゆかりはそう言って本当に楽しそうな笑顔を見せる。
(あ、こうして見ると古式さんの笑顔って可愛いなあ。)
戦場での優秀なパイロットとしてのゆかりしか知らない諭にとってその笑顔は新鮮な驚きをもたらす物だった。諭は詩織達の言うことは本当だったのかもしれないと思いながらゆかりの顔に見とれていたが、ゆかりと目が合ってしまい、慌ててごまかした。
「さあ、次行こうか。」

 スペイン広場から南東に延びるドゥーエ・マッチェリ通りを進むと突き当たりに広大な庭園がある。
「ここがクィリナーレ庭園。ここの宮殿は大統領官邸として使われているんだ。」
突き当たりから西へ向かうと石造りの建物の前に石像に囲まれた泉が見えてきた。
「これがトレヴィの泉。後ろ向きにコインを投げ入れて上手く入れば願いが叶うと言われている。試してみようか?」
「いいですねえ。それではまいりましょう。」
二人は並んで泉に背を向けると肩越しにコインを投げ入れた。
(古式さんと仲良くなれますように。)
昨日までは諭にとってゆかりは「頼りになるパートナー」に過ぎなかった。しかし今日のデートを通じてゆかりの存在はわずかながら、しかし確実にその意味を変えようとしていた。
「上手く入ったかな。古式さんは何をお願いしたの?」
「ひみつです。おはなしするとかなわないといわれておりますので。」
「それもそうか。じゃあかなったら教えてよ。」
「はい、それならよろしいですよ。」

 アルビオンの前では詩織達が今日の首尾を確かめるべく諭達の帰りを待ち受けていた。
「あ、来た来た。結構いい雰囲気じゃん。」
話を聞きつけた夕子も出迎えに加わっている。
「諭の奴もまんざらじゃなさそうだな。最初は乗り気じゃなかったのに。」
「まあ、ここまでは予定通りね。この分なら上手く行きそうだわ。」
満足そうな詩織のつぶやきに好雄が疑問を投げかける。
「でもさあ、藤崎さんも物好きだよな。諭のためにここまでお膳立てしてやるなんてさ。」
「うん、小さい頃からああだからついつい世話焼いちゃうのよね。」
「へーえ、藤崎さんってやっさしいんだー。」
夕子に冷やかされて思わず顔を赤らめる詩織。照れ隠しに諭達に声を掛けた。
「二人とも今日は楽しかった?明日からまた任務だからね。引きずっちゃ駄目よ!」
詩織の言葉を聞いてふとゆかりに話しかける諭。
「古式さん、いつになるか分からないけど、また今度・・・誘っても良いかな?」
ゆかりは諭の問いに笑顔で答える。
「はい、よろしいですよ。」

次回予告
 いよいよアフリカに到着したキラメキ隊。現地のDC部隊との遭遇戦が始まる。そして戦火の中でのとある再会が、一つの苦い物語をもたらす。次回ときめきロボット大戦「サハラの黒い風」に、Come here!