「さよならのドーバー」
ミハルは情報を得るべく行動を開始していた。狙いは第一にアルビオンの目的地、次にアルビオンのどこかにあると思われる重要機密。乗組員
に出会わないように注意を払いながら艦内を進む。前方の部屋のドアが
開いたためミハルは物陰に身を潜め様子を窺った。部屋の中の人物は
落ち着かない素振りで廊下を見渡すと急ぎ足で立ち去って行った。
「変なの。まるでスパイでもしてるみたいだね。」
ミハルは自分の行動を端から見ているような妙な気分になった。ふと今
の不審人物を追尾しようかと思いついたが、考え直して探索を続ける
ことにした。
「まずいな、もうロンドンか。」
ミハルは焦りを感じ始めていた。連絡員との一回目の接触が近い。向こうもこの短時間で大した期待はしていないだろうが少しは何か掴んでおきたい。そんなことを考えていたため自分の方へ向かってくる足音に対する反応が遅れた。そしてミハルの前にいるのは恐らく最も顔を合わせてはいけない相手だった。
「ミハル?何でこんなとこに居るんだ?」
好雄の声を聞いた瞬間、ミハルは反射的に今来た方へ駆け出した。
「おい、ちょっと待てよ、ミハル!」
「え、何で私の名前知ってるの?」
「へ?」
好雄が声のした方を見ると風変わりな髪型をした少女がきょとんとした
様子で好雄の方を見ていた。
「へえ、あんたもミハルって言うのか。よーし、チェックだチェック!・・・っ
て、そんな場合じゃないんだった。おーい、ミハルーっ!」
見晴は絶叫しながら走り去る好雄を不思議そうに首を傾げて見送った。
何とかミハルに追い付いた好雄は呼吸が静まるのを待ってミハルを
問いつめ始めた。
「さあ、教えてもらうぜ。何でアルビオンに忍び込んだんだ?」
いくら好雄でもミハルが自分に会うためにここにいると考えるほどお調子
者ではない。本当の理由を聞くのは辛かったが逃げるわけにはいかな
かった。それはミハルも同じであり、覚悟を決めて口を開いた。
「私ね、実は・・・」
「あれ、好雄、何やってんだ?」
「どわあああ!」
いきなり諭に声を掛けられて好雄は思わず取り乱した。
「さ、諭いー、やめろよ。あー、びっくりした。」
好雄の過剰な反応に呆気にとられていた諭だが、すぐにその視線が
ミハルに向けられた。
「見慣れない顔だな。ベルファストからの補充組にも居なかったし。」
ミハルが何か言いかけるのを制して好雄は両手を合わせながら諭に
頭を下げた。
「頼む、見逃してくれ。この通り!」
「なんだよいきなり。大体この娘誰なんだ?」
好雄は出来るだけ自然に見えるように頭を掻きながら弁明を始めた。
「いや、この前ベルファストで知り合ったんだけどさ。艦の中案内して
やろうと思って連れてきたら襲撃騒ぎで下ろし損ねちまった。アテネで
下ろすからさ。な?」
好雄の言葉に諭は冷ややかな視線で応えた。その様子からごまかし
きれなかったと思った好雄が観念しかけた時、諭の口から棘のある
せりふが放たれた。
「やれやれ、こっちはこの前の休みが潰れたままだってのにお前はそう
言う事してんのかよ、まったく。高くつくぞ、覚悟しとけよ。」
立ち去っていく諭を見送りながら好雄は複雑な気分に浸っていた。
「何とかごまかせたみたいだが、あの目は本気だったな。結構ふんだくら
れそうだぜ。」
「ごめん、迷惑掛けちゃったね。」
しおらしく謝るミハルに好雄が答えようとした時、艦内放送がかかった。
「メーデー受信。当艦は該当空域に直行する。」
「いや、助かったよ。近くの空港までもちそうになかったからさ。」
小型機のパイロットはそう言って額の汗を拭った。
「修理費用とかはこっからひいといてくれ。手間取らせて悪いな。」
男はIDカードをメカマンに渡して最寄りの休憩コーナーに向かった。コー
ヒーを片手にベンチでくつろいでいる男の側へミハルが好雄を伴って
やってきた。
「どうしたんです?」
「いや、飛んでる途中で燃料ポンプの調子がおかしくなってさ。いつとまっ
ちまうか冷や冷やもんだったぜ。」
「へえ、大変でしたね。お急ぎですか?」
男の瞳に僅かに緊張の色が浮かんだがすぐに消え去った。
「いや。別に急いではいないよ。」
「じゃあよかったですね。まあ、この艦がアテネに着くまでには直ってると
思いますけどね。」
「ははは。そりゃ大げさすぎる。そんなにひどい故障じゃないよ。」
やがて修理も終わり、小型機はアルビオンから飛び立っていった。
「・・・はい、木馬はアテネへ向かうそうです。アフリカへ行くと見て間違いありませんね。」
機内では連絡員が入手した情報を報告していた。
ドーバー海峡にさしかかり、DCの待ち伏せに対処するためにズゴック
とゲッター3が海中に突入した。本来ならテキサスマックもこの任に当た
るはずだが、パイロットの彩子が水中戦が全く駄目なので外れることに
なった。
「悪いけど、そろそろ落ちてもらうよ!」
「優美の力、思い知れーっ!」
望と優美は順調に敵MSを撃破していった。
「この分ならうまく突破できるかな。」
しかしその時センサーに巨大な反応が現れ、高速で接近してきた。
「これは・・・グラブロか?まずい!アルビオン、聞こえるか?グラブロだ、
後退しろ!」
しかし既にアルビオンの退路はミノフスキー粒子に紛れて回り込んだ
サイクロプス隊によって塞がれていた。ガウの編隊からMSを搭載した
ドダイ改が次々と発進する。
「どう言う事だ?あいつら味方の乗ってる艦を落とそうってのか?」
「そう言う事。下手に手を抜いたら怪しまれるじゃない。危なくなったら
早目に脱出しても良いことになってるしね。」
「やだねえ。そう言う話にはちょっとついて行けないや。また後でな。」
好雄はそう言ってMSデッキに向かった。
ジムキャノン2を載せたベースジャバーがカタパルトに設置される。
発進準備が整って射出しようとした時、流れ弾がベースジャバーを
直撃した。間一髪で爆発に巻き込まれるのは避けたものの、機体各所
に損傷を受けた。
「くそ、動けばいい、どれだけかかる?」
「たいしてかからんが、出撃は無理だ。」
「なんだって、どういうこった、そりゃ?」
「ベースジャバーがもう残ってない。」
メカマンの言葉を聞いて好雄は思わずヘルメットを放り投げた。
「なんてこった、肝心な時に出番無しかよ!」
そのまま床にへたり込んだ好雄の肩にそっと手が置かれ、振り返った
好雄の鼻先にヘルメットが突きつけられる。
「何やってんだよ、情けないね。こんな所で落ち込んでる暇があったら
動き回って、考えて、目一杯足掻いてみなよ。結構何とかなるもんだよ。」
「そんなこと言ってもなあ。」
「ああ、じれったいったらありゃしない。ほら、ついといで!」
ミハルは好雄の襟首をひっつかんで引きずって行った。
「いてて・・・強引な奴だな、全く。」
「何言ってんの、あんたがぐずぐずしてるからいけないんだよ。」
首筋をさすってしかめっ面をしていた好雄が真顔になってミハルの方へ
向き直った。
「なあ、ミハル。」
「どうしたのさ。」
「お前、敵のスパイなのに何でこう俺の世話焼きたがるわけ?」
「何だ、そんなことか。ベルファストで弟達が世話になったからね。借りは返しておこうと思ってさ。」
「ふーん。まあいいけどね。」
二人は航空機デッキにやって来た。
「選り取り見取りじゃない。これだけあれば使いものになるのも見つかるよ、きっと。」
しかし辺りをざっと見回した好雄は浮かない顔で答えた。
「駄目だな。フツーの戦闘機ばっかりだ。せめてコアブースターでもあればなんとかなったんだがな。」
その時ミハルが一際巨大な機体に気付いた。
「ねえ、これは?」
「ああ、ガンペリーか。MS用の輸送機だよ。まさかこいつにのっかって
コンテナの中から撃ちまくるって訳には行かないしなあ。」
しかし次の瞬間好雄の記憶の片隅から一つの情報が蘇った。
「待てよ、確かこいつは対潜攻撃機として転用可能だったな。よし、やってみるか。」
キラメキ隊のメンバーの大半はまともな空中戦など経験したこともなく、
僅かに押され気味だった。彩子のテキサスマックがいなければあるいは
もっと苦しい展開になっていたかも知れない。
「ああ、こんな時バイアランがあったらなあ。ガブスレイでもいいや。」
諭は自力で飛行可能なMSに乗っていない我が身の不幸を呪っていた。
「ないものはしかたありませんよ。てきのみなさんもおなじなやみをおもちのようですし。」
「まあね。向こうにバウとか居たらと思うとぞっとするよ。」
話だけ聞いていると二人して戦闘そっちのけと言った雰囲気だが、実際
はしっかり戦果を挙げていた。もっとも諭の場合はゆかりのサポートのお陰
ではあったが。
「ん、ガンペリー?誰だ、一体。」
「諭か、俺だよ。ベースジャバーが足りないんで転職することにしたんだ。
悪いがちょっと手伝ってくれ。」
「露払いしろって事だな。分かった。」
ゆかりと諭の援護を受けて好雄は先を急いだ。
望と優美は全力でグラブロに反撃を試みたが、圧倒的なパワーの前に
為す術もなく打ちのめされていた。
「他の相手ならそちらが有利だっただろうな。しかしこのグラブロに水中で戦いを挑んだのはお前等のミスだよ。」
「でも、やらなきゃいけないんだ。どんなに苦しくても・・・止めるわけには行かない!」
望にブーンのつぶやきが聞こえたわけではない。むしろ自分に言い聞か
せる為の言葉だった。
「優美だって、このままじゃ終わらないよ。絶対勝ってみせるんだから。」
かなりのダメージを受けながらなおも向かってくる望達にブーンは好感を
抱いたが敵同士である以上やる事は決まり切っていた。
「全力を以て叩き潰すのが尊敬に値する敵への礼儀。そろそろ決めさせてもらう。」
グラブロが止めを刺そうと動き始める直前に好雄達が到着した。
「何とか間に合ったな。清川さん、優美、手伝いに来たぜ!」
ガンペリーのハッチが開き、内側に装着された大型ミサイルが姿を現す。
しかし一向にそれらが発射される気配は無い。
「くそお、発射スイッチがいかれてやがる!」
「何だって?あたしは直し方なんて分からないよ。」
「俺もだ。コンテナルームの火器管制パネルを使うしかないな。」
好雄の言葉を聞いてミハルはすぐさま席を立った。
「あたしはこんなデカブツの操縦は出来ないからね。行って来るよ。」
ミハルはコクピットを出て行きかけて振り返った。
「ねえ、この戦いが終わったらさ・・・」
「え、なんか言ったか?」
「ううん、何も。じゃあ行くから。」
しばらくしてミハルからセットアップが完了したとの連絡が入った。好雄
はグラブロへ真っ直ぐ向かいながら照準を合わせる。ミサイルのレーザー
センサーがグラブロをロックオンする。
「よーし、もらった。ミハル、撃てーっ!」
グラブロが対空ミサイルを撃ちながら回避を始める。
「もう手遅れだぜ、残念だったな!」
ガンペリーにミサイルが直撃したが不発だったらしく爆発の衝撃はない。
一方ミサイルをくらって動きが止まったグラブロにズゴックのクローが深々
とめり込む。
「これで終わりだ。優美ちゃん、行くよ!」
「うん、分かった。武蔵さん直伝、大・雪・山おろしいーっ!」
グラブロは高速で回転しながら海中から飛び出し、しばらく上昇を続けた
後落下を始め、海面に叩きつけられた。一瞬後に巨大な水柱が上がる。
「よーし、一丁上がり。帰艦するか。みんな後は任せたぜ。」
好雄はアルビオンに帰還したが機内にミハルの姿は見あたらなかった。
ミハルが意識を取り戻した時、ゴムボートの中に寝かされていると気付
くのにしばらく時間がかかった。
「よお、お目覚めか。気分はどうだ?」
声のした方を見るとDCのパイロットが座っていた。
「うん、あまり良くないかな。」
「しかし連邦の機体は落っこちてないはずだが、あんたなんで海に浮か
んでたんだ?」
「ちょっとね、攻撃を受けたときにバランス崩して乗ってた機体から振り落とされちゃって。」
「そいつは災難だったな。まあ次からは気をつけるこった。」
ミハルは笑みを浮かべて首を横に振った。
「次は無いよ。あたし、もう止めようと思うんだ。」
「そうか。それがいいかもな。」
パイロットはミハルの正体を知っていたがとがめ立てする気は無かった。
自分の目の前にいるのがマッドアングラー隊隊長だと言うことさえ知ら
ないのだから平穏な生活に戻してやっても実害は無い。
「来たか。ドーバーまで送ってやるよ。乗って行きな。」
ブーンは近くに浮上したマッドアングラーを指し示した。
「うん、ありがと。」
そう言ってミハルはアルビオンの向かった方の空へ目を向けた。
(好雄、この戦いが終わったらいつでも来なよ。待ってるからさ。)
次回予告
好雄の色恋沙汰も一段落付いたと思ったら新たな火種がまた一つ。
当人達がはっきりしないのを周囲が盛り上げようと作戦を練り上げる。
次回ときめきロボット大戦「ローマの休日作戦」
やああってやるぜ!