安土城

JR琵琶湖線の安土駅を降りると、信長公のブロンズ像が出迎えてくれる。

安土を訪れた日は、北風が身にしみるほど寒い日でした。京都方面には青空がのぞいている様に見えたが、安土の空は曇っていた。

とりあえずせっかく来たのだからと、安土城趾へ向かうことに。

天気の良い日なら、サイクリングがてら、自転車でも借りるのですが、当日は先に書いたように、冷たい風が吹き自転車は断念。

自転車はまた次回にして、歩くことにしたが、前日(?)か前々日に降ったと思われる雪が、道ばたに残っていた。ある家の前には、明らかに「かまくら」を創った跡と思われるものもあった。それはさておき先に進むことに。

安土へ向かう住宅街を通っていると、途中「セミナリオ」の跡の標識が目に入った。しかし今回はあきらめて、城趾を目指すことに。

15〜20分ほど歩き続けると、山の麓へでることが出来た。そこには山頂へと続く階段が待っていた。そこにはキチンとここが安土城跡である事が、きっちりと書かれてます。

寒さをこらえてその階段を登ることに。(それが目的で来たので、当たり前の事ですが)。
しばらく登っていくと、「門」が目の前に現れた。

これが「仁王門」というらしい。どうでも善いことですが、足場が相当悪かったです。
雪が解け、それがぬかるみと成って足下が「ぐちょぐちょ」で歩きにくいところでした。

そこから直ぐ上には3重の塔が右手に見え、左手側にはあの有名な(?)ハ見寺跡を拝めます。

今はなにも無いです。とりあえずここに建てたんだな〜と、1人で納得しながら先を急ぐことに。
そこから一時下り、また登っていくと、織田信忠公邸跡を左手にさらに進んでいきます。
しばらく行くと石垣が現れ、そこが「黒金門」だそうです。やはり日陰の辺りには、まだ雪が残ってた。でもずいぶんと歩いた為か、風が一時的にもやんだためか、ここまで来るまでに先ほどの寒さは無くなっていた。
そして二ノ丸の回御廟を拝んで、いざ本丸へ向かうと、そこではなお発掘作業を行ってる所でした。作業を横目に眺めながら天守閣へと、さらに登っていったのです。
(後日この発掘の成果が、新聞に載っていたのをめにしました。たぶんここの事)

天守閣まわりを木々で囲まれ、そこから琵琶湖等を眺めるには、ちょっとむずかしいかもしれません。
また登るまではただの山でしか在りませんでしたが、登ってみてここに天守閣のあったということがわかります。ここにあった天守からの眺めは想像するしか在りません。
しかしあたりにこれと同等の高さを持つものがほとんど見あたらないので、見晴らしが良いことは簡単に想像出来ます。



ここもやはり残雪がのこってました。

帰りは登ってきた経路と変えて、徳川家康邸跡や羽柴秀吉邸跡などを横目に見ながら下ってきました。
その家康邸跡の辺りでは、石垣を組み直す作業(?)をやってました。
一度石垣を崩してから、元の位置に戻すのでしょう。

石垣と言えば、不思議な形の石を目にしました。一体これはなんなんでしょうか?



惜しくも天正10年に燃えさかる炎の中で、崩れ去った天守閣を望めませんが、その地に立って想像する事はできました。


安土城巡り 2003 年バージョン


所在地
滋賀県安土町

アクセス
鉄道:JR東海道本線安土駅徒歩30分