歴史小説

田中家の三十二万石


著者名 岩井 三四二
出版社名 光文社
登場人物 田中久兵衛吉政、宮川新兵衛

百姓から身を立てて、国持ち大名にまで出世した田中吉政。
彼に光を当てて描いた戦国立身出世物語。

それほど有名では無いかもしれないが、群雄割拠の時代からやがて天下統一へと機運が高まる天正年間、そして徳川の世の慶長まで。
まさに戦国時代のまっただ中を駆け抜け、そして終焉を見届けた武将をどう描いていったのか期待を持って手に取った書である。

近江の貧しい農民であった久兵衛。
その日を暮らすのも厳しく、その困窮した生活から脱しようと、侍となることを一大決心。

在地の主筋である宮部家への奉公から、久兵衛の出世物語は始動した。
死に物狂いで奉公し、槍の稽古で腕を上げ、合戦においては他に遅れをとらず、手柄を挙げていく。
織田家の羽柴秀吉との出会いから、運気も急上昇。その名声は広く響き渡ることtなった

そして人の上に立つと、より農民からの意見を聞き、公平に物事を裁く様は名君とでもいえようか。

それに伴い俸禄も、はじめ三万石、そして七五石、さらに千五百石へと増えていった。
三万石、五万石、十万石と増加していた石高は三十二万石とまで増え、国持ちの大名にまで出世を果たした。

名声を手に入れた久兵衛。衣食住については人も羨むほどの出世。しかし久兵衛の心はそれだけでは埋められない。

平和な世になると出世は遂げても、喜びを分かち合ったり、苦楽をともにした家族の大切さをしみじみと感じさせる後半生。
なんとも哀しい出世物語なんだろうか。


★ ★ ★ ☆ ☆ 3 stars
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地の日 天の海(全二巻)


著者名 :内田 康夫
出版社名:角川文庫
登場人物:随風、明智光秀、羽柴秀吉


内田康夫という作家は、数々のミステリー小説を手がけ、竹村岩男や浅見光彦といったヒーローをつくりだしてきた。

本書も随所に謎が散りばめられ、ミステリー歴史小説として仕上がっているのではと期待していた。しかしその想いは少々裏切られた気持ちだ。 謎らしい謎は見当たらず、ミステリーとはかけ離れた想像以上に歴史小説となっているからだ。

もしも「ミステリー仕掛けの歴史小説」として、これから手に取って読まれるのであれば、一端その思いはリセットして読んでいただきたい。

さて本書だが、随風という後世には「黒衣の宰相」と呼ばれる、若き頃の天海が主人公として、その半生を軸に歴史を描いている。
序盤で主要な登場人物となる、浪人時代の明智光秀や、諸国放浪中の藤吉郎(秀吉)と出会い、今後の歴史展開に伏線を持たせながら話は進行していく。

この天海という僧が、どの様にして歴史の事変に絡んでくるかを読み解くのだが、どうやら様子が違う。

直接時代を動かす様な行動も、謀も皆無である。それは天正一〇年の「本能寺の変」まで続くのだが、直接時代を動かす様な表舞台には随風は立つことは無い。
つまり天海の若き日の視点で語られるが、聞き手にまわり、動いている歴史を客観的に俯瞰している。
そして明智光秀と羽柴秀吉の両人を比較し、各々の活躍を描き続けた物語ともいえる。

ミステリー作家の描いた唯一の戦国時代を舞台にした歴史小説。
歴史に興味の薄い人であっても、気軽に手に取ることが出来る一冊かもしれない。


★ ★ ★ ☆ ☆ 3 stars
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茶聖


著者名 :伊東 潤
出版社名:幻冬舎
登場人物:千利休、羽柴秀吉


「世の静謐を実現」するため、己の全て込めて孤軍奮闘する千利休の姿が描かれている。
もっとも注目すべき点として、なぜ武将でも無い千利休が、切腹して果てなければならなかったのか。その一つの解に迫った歴史小説。

織田信長の意思を引き継ぎ、最高の権力を持つ天下人となった豊臣秀吉。それに対し茶道の千利休は、裏から秀吉の暴走を食い止めるべく、傀儡師として活きることを決意。

そして始まった秀吉との間で繰り広げられる、静かなる争い。

千利休は天下人の茶道や、堺の商人としての姿があり、多くの魅力ある人物が登場してくるのも面白さだろう。
特に本書では子の紹安の躍動が光る。いままで読んできた小説でも、東奔西走する彼の活躍はなかなかお目にかかれない。
また千利休の弟子である山上宗二。秀吉に相対するその姿や、彼の最期となる場面については、かなりの迫力を持って力強く描かれており、その悲劇的な姿が目の前にその姿が浮かんでくる。
さらに羽柴秀長や伊達政宗といった武将も、千利休との関わりも見逃せない。

なお、本書には多くの茶道具も登場してくるが、巻末に簡単ではあるが由来を含めて解説されている。 これにより多少なりとも茶道具の知識を得ることで、茶の湯に触れた気分にもさせてくれるのもうれしい。


★ ★ ★ ★ ☆ 4 stars
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書  名:天下を計る
著者名 :岩井三四二
出版社名:PHP研究所
登場人物:長束正家

update by 2023/2/4


「天下のすべての富をそれがしの算用で帳付けし・・・」

豊臣秀吉に仕えることが決まった時、正家は千利休へ己の野心をこの様に語った。
この時から正家の人生は「天下」という大きな嵐の中へ投じることとなる。

豊臣家の奉行衆として、石田三成や増田長盛などと並び称される武将。 地位や名誉は欲せず、ただ算用に命を賭けた武将の物語である。
本書では算用の術に長け、長年仕えた主君である丹羽長秀が逝去したことで、秀吉に請われるところから物語は始まる。

秀吉による天下統一の総仕上げ。正家は日々肥大化していく豊臣家の算用方として腕を振るう。 広く知られている合戦の主役は、戦陣において槍や刀を振り回し、敵の首級を挙げる猛者であろう。

しかし本書を読むことで考え方が変わる。

それは兵站の重要性だ。

そもそも戦陣へ兵を投入するためには、日々消費する「食」が必要となる。その数が多ければそれに比例して「食」も必要となるという。

さらに輸送する人や馬にも「食」が費やされる。
これらをすべて満たさなければ軍事行動など、単なる夢物語と成ってしまうものだ。

それを正家の言葉として、読者にもわかりやすく語りかけている。

相模北条氏への小田原攻め、さらには薩摩島津を攻めた九州征伐で実現した大軍勢の動員。
そこには正家をはじめとした奉行衆の苦労が隠されていた。

その後に起こる文禄・慶長の役も含めて、合戦の場面は殆ど描かれていない。

もっぱら算用からの視点で描かれた、ちょっと異色の戦国モノ小説である。


★ ★ ★ ★ ★ 5stars
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天地雷動


著者名 :伊東 潤
出版社名:角川文庫
登場人物:武田勝頼、羽柴秀吉、徳川家康


武田家が、織田家と徳川家の連合軍による壊滅的な打撃を被った長篠合戦を舞台にした作品。

単に先進的な兵器であった鉄砲を駆使した織田・徳川家と、旧来的な軍隊である武田家との衝突が描かれただけではない。 鉄砲という兵器の特徴や、さらに各家中に渦巻く人間関係のドラマが語られている。

本作では主に、武田勝頼、羽柴秀吉、徳川家康の目線でもって、クライマックスとなる設楽が原での合戦に至るまで、各々の立場で悪戦苦闘する様子を、時系列に語らせている。これにより長篠合戦とは何だったのか?という疑問に対し、その真実に迫ろうとしている。

武田信玄という戦国一のカリスマ当主を失った武田家。外敵と争う前に、巨大な力を持ち合わせる家臣団を纏め、当主という地位を認めさせたい勝頼。しかし腹心ともいうべき長坂釣閑斎が秘めた野望に翻弄され、なかなか家臣団からを主導権を握ることができない苦悩。

強大な同盟者織田信長によって、最強軍団武田家への矢面に立たされる徳川家康。それでも織田信長からは冷たくあしらわれ、徳川家の危機を乗り越えようとする苦労。

主君織田信長の命令は絶対であり、「出来ない」ことはその地位からの転落を意味していた。羽柴秀吉はそれを理解しており、決戦に備え粗悪な輸入品ではない鉄砲や玉薬を、大量に調達することを命じられる。さてどういった方法で難題に立ち向かい解決していくのか。

苦労をしているのは、こうした歴史上の名だたる名称だけではない。実戦において武将の指揮に従い、鉄砲を放ち、槍を振り回して敵陣に切り込む足軽らの奮闘も、本書を読む上で見逃せない場面である。


★ ★ ★ ★ ☆ 4 stars
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天を衝く(全三巻)


著者名 :高橋 克彦
出版社名:講談社文庫
登場人物:九戸政実,九戸実親,津軽為信,北信愛,南部信直


九戸政実の生き様を描いた長編小説。

余り知られていないかもしれない九戸政実。天下人である豊臣秀吉に対し喧嘩を吹っかけたかぶき者とでも言おうか。

ちなみに九戸家は南部氏の一族となる。その集団は九戸党として強力な軍事力を持っていた。 その源となるのが自慢の騎馬隊と、当主である政実の頭脳から繰り出される数々の謀略である。
こうして築き上げられた武力を背景に、主君である南部家はもとより、周辺の豪族達をも圧倒した戦闘集団となった九戸党を率いたのが政実である。

政実は奥州が中央と比べて、時代に大きく遅れていることを危惧し、強い南部家を一つに纏め作り上げようと苦心する。 そこに好敵手がその手を阻むのが、北信愛を中心とした主君となる南部信直とその側近らであった。
物語はそんな九戸政実が繰り広げる「けんか」を描いた戦国絵巻となっている。

それにしても政実の軍略は天才的である。その計略は見事すぎて魔法を掛けたように的中していく恐ろしさ。

詳細は省くが、葛西氏を櫛引兄弟が敵将の首を挙げた奇襲戦法などは良い例だろうか。対して北信愛が東政勝に授けた奇襲はとんでもない結果を招いている。

神がかった政実は魅力的な武将として描かれるが、それ以外にも魅力あふれる武将達は多い。
物語の序盤で政実に気を許した長牛友義、舎弟ともいえる津軽為信、盟友となる七戸家国。さらに実弟である親実や政則などの九戸党の面々。

序盤は南部家が置かれている立場を語り、そして当主の死により後継者を巡っての争いに主点が描かれている。九戸党の強さが際立つ場面も多くあり、読み応え抜群。

中盤では九戸政実に対抗心を燃やす、南部家を継いだ南部信直と北信愛が繰り広げる謀略戦。北信愛が政実に対して反撃に出るのだがその結果はいかに。

そして終盤は天下の大軍勢を相手にして、大げんかを仕掛けた九戸政実とその仲間達の戦いを描いた籠城戦。政実は五〇〇〇の兵でもって、天下の豊臣の軍勢一〇万を相手に戦うのだが、その姿は戦国武将の意固地を垣間見た気分に浸れる。どんな策略を持って大軍勢をあいてに「けんか」を仕掛けてるのか。


★ ★ ★ ★ ★ 5 stars
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書  名:斗星、北天にあり 出羽の武将 安東愛季
著者名 :鳴神 響一
出版社名:徳間文庫
登場人物:安東愛季

update by 2023/2/4


令制国の呼び方で「出羽の国」といえば、現在の秋田県と山形県の地域である。 この地を舞台にして、若くして安東家を家督を継いだ愛季という一人の青年武将を語るお話だ。。

本作では戦国という世を舞台としてはいるのが、後世に伝承として残った大規模な合戦は少なく、馴染みが薄い印象を持つことだろう。
しかし当地に生きる人と人との交流をはじめ、人間関係に主眼を置いて描かれている印象を受けて新しい発見が生じた。

ちなみに本書を手に取った動機としては、過去に読んだ「天を衝く」という作品を再読したことで、安東愛季という武将に興味を抱いたからだ。
「天を衝く」では奥州の知将として描かれ、類い希な謀略家として描かれていた。
さて本書ではどうだっただろうか。

「載舟覆舟」を掲げて安東家の当主となった若き青年である愛季。
出羽は地理的に日本の北に位置しており、気候的にも特別に恵まれたとはいえない。
しかしこの地にする領民に達は、悲観的にはならずに豊かな生活をめざして生活を送っていた。
またお米の作付け地も限られ、石高はお世辞にも高くなく、米だけに頼っていてる生活では国力の増強は困難だという

そこで愛季は領内における良き人材を集め、他の国とで交易を行って経済的な観点から国を富ます指針を掲げていた。

本書では愛季がスーパーマンの様に活躍する話でなく、家臣や名も無き領民など多数の事物が登場して活躍する。 トピックは奥村宗右衛門だろう。 彼を取り立てる場面、どこかで見聞きした様な、三國志の雰囲気を持ったエピソードと重ねてしまうのはご愛敬だろう。

血なまぐさい合戦シーンは最小限に留めており、知謀の将と勝手に思い混んでいた愛季の姿は、いろいろな意味で裏切られた感じがする。

それでも国を富ませた功績、出羽での躍動している勇姿は十分に堪能出来る展開だ。

もちろん本書が数少ない安東愛季を扱っている数少ない貴重な作品だろう。


★ ★ ★ ☆ ☆ 3stars
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