<解説>
リスクコントロールとは、リスクに何らかの手を打って、損失を未然に防いだり、ダメージを最小限に抑えたりすることです。
「リスク対策」と言うと分かりやすいかもしれません。
でも、単なる受身的な「対策」ではなく、「コントロール」という積極的なニュアンスを含んでいることを理解してください。
リスクコントロールは、大きくは、「事前対策」と「事後対策」に分かれます。
ここでは、事前対策について見てみましょう。
事前対策とは、事件や事故が起きる前に、何らかの手を打っておくことです。
すぐに思いつくのが、「リスク回避」と「リスク分散」でしょうか。
「リスク回避」はもっとも簡単。
リスクを伴う行為そのものをやめてしまうことです。
交通事故にあいそうだと思ったら、外出しないようにする。
そうすれば、交通事故にあうかもしれないというリスクは回避できます。
でも、これは、リスクを取り除くという意味では効果的ですが、大きなデメリットがあります。
それは、リスクと一緒に、リターンの可能性も失ってしまうということです。
つまり、交通事故を恐れていたら、どこにも外出できなくなってしまうということです。
ですから、「リスク回避」は、使う場面が限られます。
「他に対策の施しようがない場合」「今すぐ緊急に手を打たなければならない場合」「回避できるリスクの大きさに比べて失うリターンが遥かに小さい場合」です。
特に、人命にかかわるリスクの場合は、ほぼ無条件に回避の手法を選択します。
さて、事前対策にはさまざまな手法があります。
先に説明した、「回避」。
事件や事故が起きないようにする「予防」。
事件や事故が起きてしまってもダメージを最小限で抑える「軽減」。
そして、後で説明する「分散」「集中」。
注意しなければいけないのは、「この場合はこうする」という公式のようなものは存在しないということです。
そして、どんな対策にもメリットがあれば、デメリットがあるということです。
個別のケースによって最善の対策を検討し選ぶことになります。
リスク対策としてよく使われる手法「リスク分散」を見てみましょう。
金融の世界では当たり前に出てきます。
「分散投資」と言えば、ネットトレードをやり始めた人が、まず教えられる話です。
つまり、1つに集中させてしまうと、もしものときに全部を失ってしまうから、さまざまな形で投資を分散することでリスクを減らすことができる、というわけです。
「卵を1つのバスケットに入れるな」というヨーロッパの諺は、このことを言っています。
このリスク分散は、ビジネスの現場でもよく使われます。
たとえば、定刻までに客先に原材料を確実に届けなくてはならないケースを考えます。
トラック1台に全部の原材料を載せて運べば最も簡単ですが、リスクがあります。
もしも、途中で渋滞や事故に巻き込まれたら・・・。
そこで、原材料をトラック2台に分乗させて、それぞれ別のルートを走らせる。
万一、1台が運悪く渋滞や事故に巻き込まれたとしても、もう1台が定刻に届く。
原材料は、1度に全部を必要とするわけではないので、半分だけでも定刻に届けば、客先は届いた原材料から使い始めることができます。
これで客先に迷惑をかけずに済みます。
こうして、確実にリスクを減らせるわけです。
さて、この「リスク分散」にもデメリットがあります。
この手法は、すべてを一度に失うリスクについては減らすことができますが、全体としてはむしろ別のリスクを増やしてしまっているのです。
たとえば、トラックの事例で、普通に走った場合、途中で渋滞や事故に巻き込まれる確率は10%だとしましょう。
すると、トラック1台だけで走った場合、原材料の到着が遅れて客先に迷惑がかかってしまう確率は10%です。
これを2台に分乗させると、2台とも渋滞に巻き込まれる確率は、10%×10%で1%になります。
客先にまったく原材料が届かず迷惑をかけてしまう可能性は1%にまで減らせました。
ところが、すべての原材料が無傷で届く確率を考えると、様相はがらりと変わります。
1台で走った場合は、無事に届く確率は、90%。
2台に分載した場合は、90%×90%で、81%。
つまり、2台で走ったときの方が事故にあう確率が増えてしまうのです。
このようにトラックの数を増やせば増やすほど、会社全体として見た場合、自社のトラックが渋滞や事故に巻き込まれる確率はどんどん増えていくことになります。
リスク分散は、リスクにさらされる局面が増えてしまうというデメリットがあります。
「リスク分散」でリスクが単純に減らせて安心と思うのは、勘違いだということがお分かりでしょう。
要は、どんなリスクを減らそうとしているのかを明確にすることです。
そして、その反動としてデメリットの存在を意識しておくことです。
この目的があいまいのまま、とにかくリスク対策なら「分散」と単純に考えていると、思わぬリスクに足元をすくわれることになります。
そして、分散のデメリットは、コストが余分にかかるということです。
トラックを2台にするということは、それだけで単純にコストは2倍になります。
運転手も2人要ります。
原材料を2つに分けて、分乗させる作業も、余計なコストです。
無駄なコストを削って、少しでも経営効率を上げなければいけないときに、このようなコスト負担は、むしろ時代に逆行していると思われるかもしれません。
これも、効果とコストのバランスで判断するしかありません。
企業経営で、多角化経営がブームになった時期がありました。
さまざまな事業分野を柱に持つことで、1つがだめになっても、他でカバーできる。
景気の動向に左右されない安定した経営ができるのがメリットとされました。
しかし、このことは逆に見ると、どんな経済状況でも常に不調の業種を抱えてしまう可能性が高くなります。
長かった平成不況の中では、この不調な業種の存在は深刻で、これが企業全体の足を引っ張りかねない事態が起きていました。
多角化から一転、「選択と集中」と言って、事業の再構築を行なう企業が増えたのはこのためです。
この「リスク分散」とちょうど裏返しの関係にあるのが「リスク集中」という対策手法です。
分散させるのではなくて、1箇所に集中させることで、そこだけを徹底管理して事故がおきないようにするという手法です。
え? そんな方法があるの?
あるんです。
分散では、特定のリスクを抑えるために、余計なリスクが増えてしまいました。
これを避ける必要がある場合は、この集中がとられます。
代表的なのは、情報セキュリティの分野で見られます。
情報の管理は、完全性が求められます。
たとえ一部であれ、情報が外部に漏洩することは絶対に許されません。
100%機密が守られることが必要なのです。
そこで、社内の重要機密データは、管理の厳重なセキュリティルームに置かれ、そのデータにアクセスする場合は、何重ものセキュリティチェックを受けてから入室する
そのルーム内で必要な作業を行い、そのデータはそこに残して、また体1つで退室する。
重要データは、社員個人のパソコンの内部には格納しないということを徹底します。
このリスク集中のデメリットは、少しの失敗も許されないことです。
ちょっとしたミスが、全体のロスにつながるからです。
100か0かの厳しい状況に置かれるため、常に緊張感が求められます。
それだけに、コストが膨大にかかります。
余分な手間もかかります。
ここでも、リスク対策のために経営効率を犠牲にしなければいけません。
情報漏洩は、そのことによる実害もさることながら、漏洩事件を起こしたという事実が、企業全体の信用やブランドを傷つけることになります。
このダメージは取り返しのつかない事態を招くので、コストがかかっても手を抜くことができないのです。
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