<解説>
リスクマネジメントの話を始める時、まず初めに考えなければいけないのは、「リスクとは何か」ということです。
「リスク」という言葉は、一般にもよく使われるので、それだけに定義があいまいで、人それぞれの解釈やイメージで語られることが多いようです。
人それぞれ解釈が違いますから、議論がかみ合わないこともしばしば。
リスクを損失をもたらすものと解釈してマイナスイメージを持っている人がいます。
この人は、リスクはとにかく避けるべきものと思い込んでいます。
一方で、リスクはチャンスと捉え、プラスイメージを持っている人もいます。
この人は、積極的にリスクテイクすれば、リターンが得られると思っています。
この2人が議論をしたら、話がかみ合わないのは当たり前です。
リスクマネジメントの話をする場合は、まずは、「リスクとは何か」を共通認識として確認することから始めなければなりません。
従来、一番多かったのは、リスクを危険・損失と捉える考え方です。
いまでも一般の会話の中では、この意味で使われることが多いかもしれません。
国語辞典を引いてみても、「リスク=危険」と説明されています。
「リスクが起きる」という表現をする人がいます。
これは、まさにリスクを損失と同義語と解釈してしまっているのでしょう。
でも、リスクマネジメントの議論をする場合、「リスク=損失」と捉えてしまうと、非常に視野が狭くなってしまいます。
とにかくリスクは避けるべきもの、取り除くべきものという発想が前提になってしまうと、議論の広がりが阻害され、打つべき手も限られてしまいます。
リスク対応が硬直化してしまい、そのことがむしろリスクになりかねません。
それに、企業経営は、もともとリスクの塊のようなものです。
リスクは避けるべきものと考えていたら、企業経営そのものをやめなければならなくなります。
そこで、もう少し踏み込んだ考え方として、「リスク=不確実性」という捉え方が出てきました。
金融の世界では、もともとこの概念でリスクを捉えていました。
不確実性とは、将来どうなるか分からないという状態を言います。
つまり、大損するかもしれないのはリスクですが、同時に大儲けできるかもしれないというのもリスクだというわけです。
え? 大儲けできるのもリスク?
そうではありません。
大儲けできる「かもしれない」という状態がリスクなのです。
もしかしたら、大儲けできないかもしれないからです。
大儲けできることが決定していたら、それはリスクではありません。
たとえば、ある社員が定年退職すると退職金が1000万円もらえることが決まっているとしましょう。
これは、社内規定できっちり決まっていることなので、リスクではありません。
しかし、会社の経営が危なくなって、いくらの退職金がもらえるか分からないとなると、これはリスクになります。
プラスをもたらすことでも、どうなるか分からない状態はリスクだということがお分かりいただけるでしょう。
逆に、大損するかもしれないという状態はリスクですが、大損することが確定していたら、それはリスクではないのです。
たとえば、3日後に会社の資金繰りがショートするということが確実になったとしましょう。
これは、もはやリスクではありません。
既にリスクを通り越して、危機状態にあります。
この確定した危機状態をリスクという表現をしてしまうと、認識を誤ることになります。
まるで、まだ危機回避の可能性が十分残されているかのような印象を与えてしまうからです。
無意識にリスクという言葉を使って、誤解を与えてしまうこともありますが、確定した危機を、わざと「リスク」と表現して、印象を操作しようとする人もいるので、気をつけなければいけません。
ここで確認しておきたいのは、リスクにはマイナス面とプラス面があるということです。
「ハイリスク・ハイリターン」という言葉があるように、リスクには、常にリターンの存在が意識されます。
「リスクなくして、リターンなし」と言い切る人もいます。
企業経営がリスクの塊でありながら、それでも敢えて挑戦しようとするのは、その裏には必ずリターンが期待できるからです。
リスクには、マイナス面だけでなくプラス面も存在するのだということに気をつけなければいけません。
もうひとつの特徴は、リスクは常に将来に存在するということです。
どうなるかわからない状態がリスクですから、過去のことや現在のことはリスクにはなりません。
つまり、リスクを考えるということは、将来を考えるということです。
過去のことは、いまからどうすることもできませんが、将来のことはいまから対応の仕方で変えることができます。
あなたの意思と行動しだいで、いかようにも対処できるのです。
リスクというと後ろ向きのマイナスイメージを持つ人がいますが、実際はむしろ逆です。
ぜひ、リスクについては前向きでプラスイメージを持つようにしてください。
更に、リスクの特徴をご紹介しましょう。
ここで2つのコイントスのゲームを例に考えます。
ゲームAは、表が出たら10円をもらえ、裏が出たら10円を失う、というゲーム。
ゲームBは、表が出たら1000万円もらえ、裏が出たら1000万円を失う、というゲーム。
どちらも勝ち負けの確率は同じ。
結果の期待値もゼロで同じです。
で、あなたならどちらのゲームなら参加しようと思いますか。
たぶんAでしょう。
10円もらえたところで特別うれしくもないけど、負けても10円の損で済むから、ゲームとして楽しむのなら気軽に参加できそうです。
一方、ゲームBの場合、うまく当たれば1000万円もらえて大喜びですが、もし負けたときは1000万円を一気に失うことになります。
負けたときのショックが大きすぎるので、なかなかこのゲームには手が出せません。
なぜこのように対応が変わってくるのでしょうか。
それは、ゲームBの方がリスクが大きいと考えられるからです。
つまり、リスクには大きさがあるということです。
その大きさは、「プラスマイナスの振れ幅」で表されます。
以上から、リスクマネジメント流にリスクを定義すると、こうなります。
「リスクとは、個人や組織の収益や損失に影響を与える不確実性のこと」
実際には、損失に影響を与える不確実性が議論の中心になります。
収益に影響を与える不確実性もリスクではありますが、放っておいても特別に深刻な事態にならないことが多いからです。
それに、地震リスクのように、マイナスのインパクトだけが巨大なリスクも存在します。
しかし、その場合でも、リスクにはプラスとマイナスの両面があるのだということを常に意識しておく必要があります。 |