「松館今昔:松館の行事今昔」

ねんぶつ(百万遍念仏)と蘇民将来子孫門

 念仏(ねんぶつ)とは、仏の姿や功徳を心に思い描くことで、浄土教では、 阿弥陀仏の名を唱えることにより浄土へ救済されると説く。
 また百万遍念仏(ひゃくまんべんねんぶつ)とは、極楽往生を祈願して、 七日間に一〇〇万回念仏を唱えること。 また浄土宗で衆僧又は信徒が集まり、弥陀の名号を唱えながら一〇八〇顆(か)の大数珠 を一〇〇回繰り回す仏事、とされる(以上、goo辞書)。
 
 「蘇民将来子孫門(そみんしょうらいしそんのもん)」については、 下記を参照されたい。
「摂社末社:八坂神社」参照

 「ねんぶつ」は、法印家に保管してある大数珠を捧持して、 鉦を叩きながら村中(集落中)を廻る。十文字目から上通りを通って車ノ坂へ、 下タ通り〜下モ平〜下モ通りを経て、十文字目へ還る。途中の辻や主要な所では、 大数珠を広げて、「南無阿弥陀仏」と唱えながら廻す。自分の所に大珠がきたら、 少し持ち上げて会釈(祈念)し、次の人へと廻す。
 この大数珠廻しは、春と秋の彼岸の夕方、彼岸入りから終い彼岸まで七日間行われる。
 なお、私が子供の頃は、私が祭典の神楽に用いる太鼓をトントンと叩き、祖母が 大数珠を捧持し、十文字目から上通りを通って車ノ坂へ、下タ通り〜下モ坂〜下モ通り を経て十文字目へ還る。大数珠を廻す所は、車ノ坂の上、車ノ坂の下、上ミ坂の下、 下モ坂の下、下モ通りの丁字路、そして十文字目であったと記憶している。

 ここで指摘したいのは、「ねんぶつ」は、前掲「かまのふた」同様、仏教行事であるが、 名称はそのままとし、行事の内容が少しずつ変化してきている。
 村中を廻るのは、原則として変わらないが、会席でのやり方は「彼岸祖霊祭(ねんぶつ)」 としている。彼岸には、神道では祖霊祭を斎行することになっているので、 春と秋の「ねんぶつ」のときに、この半年の間に亡くなられた村中の氏子たちの霊を 拝んで慰めることにしている。
 
 現在の「ねんぶつ」は、
@交通事情が激しいため、路上での大数珠廻しが出来ないと云うか、宿の人が他に仕事 があるためと云うか、人口が少なくなったと云うか、自家用車に乗って、鉦を叩きながら、 十文字目から上通りを通って車ノ坂へ、下タ通り〜下モ平〜下モ通りを経て、 十文字目へ還るようである。
 最終の七日目には、足腰の達者な婦人達は、始めから終わりまで、また途中に 住んでいる人は、その付近から加わって、会席会場である松舘改善センターへ還る。
 センター前では、全員揃って大数珠を廻して、納めとする。
A彼岸祖霊祭は七日目の「終い彼岸」に行うことが原則であるが、やむを得ず それより前に行うときは、大数珠廻しも「彼岸入り」より前から始めることとなる。
B当番宿は、持ち回りで二戸が担い、全戸(自治会の正会員)から1,000円と、参加者 から500円をいただいて賄うことにしている。
 なお、昔は確か一戸で全てを賄っていたので、会席の料理も豪華で、 出費も相当なものであった。また、その外に自家製の山菜料理や煮物、果実酒・甘酒等々も 添えられた。

△「彼岸祖霊祭(ねんぶつ)」要領:平成11年以降
@日時 終い彼岸(又は日曜日)
A法印方で準備するもの
 依代(御幣)、燭台一対(蝋燭・燐寸)、蘇民将来子孫門札(六〇枚)、祝詞・祓串
B当番宿方で準備していただくもの
 供花、一対(季節の花を二束)
 供物として、
  一、白米
  二、神酒(清酒一升)
  三、@簡単な料理、A彼岸餅五個、B季節の果物少々、のうち一品
 
△次第
@会場 松舘改善センター
A時刻 正午
B拝礼 修祓(しゅばつ。お祓い)・祭主一拝(降神の儀)・祭主祝詞奏上 ・当番宿二名代表拝礼(以下列拝)・祭主一拝(昇神の儀)
 終わって、神酒拝戴、会食となる。

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