下タ沢会によせて(覚書)

金掘り部隊は工兵隊

 さて酒となれば一段と力が入って、戊辰戦争がどうなったかわからなくなってし まったが、我が金掘部隊には、得物に長柄の鶴とか棒とか鐇とか、得手な物を持て といっているが、そんな物を持って戦争に何しに行くのかと思った。が、この阿部 恭助日記の8月20日の最後のところに、
○大葛口御出兵銃隊二小隊は、上ミ新田江宿陣工兵三沢より拾五組出兵云々」とあ り、21日の項の中に、
○今日大葛江打入大葛不残焼払今晩銃隊之内一小隊三沢工兵三組山神堂江陣取……」 とあるように、鹿角市史も、
○右記事により銅山働きの人達が「工兵」の名のもとに参加したことがわかり」と いっている。
 この外にも弐駄方や兵糧方としても加っているようだ。いくら戦さだからといって も、金掘が腰にタガネを差してマサカリ(チョウナ?)を振りかざして、「ヤアヤ ア、我れこそは……」では様にならない。工兵隊ならお手のものといったところだ ったろう。

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