下タ沢会によせて(覚書)

直し酒

 酒は神代の昔から「どぶろく」だったようだが、いつ頃から清酒になったろうか。 私が子供の頃茶碗酒でよっぱらったのは、曲りなりにも清酒だった(当時は赤ペー パーとかいう安い酒もあったような気がする)。どぶろくも、よくできたものは、 上澄みと証する清酒のようなのができるが。という次第で醗酵学の大家とかいわれ る人の「日本の酒の歴史」という本があったような気がして、探してみたが見つか らなかったので、あきらめて、稲垣真美(東大卒、作家、酒に造詣深く、酒に関す る著書も色々あるようだが、酒類内容表示審議会委員もつとめたという)という人 の「日本の名酒」という本の中にこんな話しがのっている。
 「その時分(1700年代だと思う)鴻池酒の山中という造酒屋で、下男の一人が主 人を怨んで腹いせに、土蔵の酒桶の中に灰桶の灰をぶちまけて出て行ったが、その ことを露知らぬ主人たち家のものが、翌日この酒桶の酒を汲み出したところ、これ までになく清く澄みわたって香りも爽やかによかった。不思議に思って調べると、 桶の底に灰が沈んでいたので、事の次第をさとり、以後酒桶に灰を入れるのを秘法 として、清澄な上酒を売り出して繁昌した、という説話もよく知られている。」と。
 説話だから真偽の程はわからないとして、その(日本の酒の歴史の著者の名前を 書き落とした)坂口謹一郎(東京大学農学部教授)という先生の「世界の酒」とい う本に、日本酒の封建制として次のようなことを書いている。
 「日本酒の強アルコール(ビールやブドウ酒を考えてみればよくわかると思う) 禍の一つは、婦人に向かないことである。婦人に酌をさせて、男子のみがよい気持 になるというような、日本の家庭における封建制は、このように考えてくると、ま ことに宿命的なものがあるといわざるをえない。打破しなければならぬ悪習である。 婦人も男子とともに、単なる飲みものとして自由に味わえる日本酒になるように、 品質の改良こそ望ましい限りである。」と。そしてこの本の最後のところに、「失 なわれたる酒どぶろく」として、
 「日本でも以前は日本酒の「もろみ」をそのまま濁酒として売ってもよいことに なったように思うが、いつのまにやら酒税法から消えてなくなっている。
 林檎酒でも葡萄酒でも醗酵中途のものは甘味も残っていて、じつにうまくて、外 国でそれを飲むことは、酒造りの季節の一つの楽しみになっている。日本でも二、 三月の酒の造りの頃に、方々の酒屋で「にごり酒」売り出してくれたら、どんなに か楽しみであろうと思う。これならば婦人にもきっとアッピールすることと思う。 桃の節句の白酒の週間なぞも、大昔にまだ「もろみ」を搾って飲むことも酒を貯蔵 することも知らなかった時代、男も女もいっしょに飲んだ頃の淡い郷愁の名残りで はなかろうか。」
 この本の書かれたのは、40年以上も前のことで、私もさかんに二日酔をしていた 頃だが、当時にくらべて今は婦人も、女性というようになったし、女性の左党もふ えて、まさに隔世の感あり、というところか。それにしても、天の岩戸の前で、 あまのうずめの命がストリップをやったときは、どんな酒をのんで、神さま達がも り上ったろうか。ともあれどぶろくについては、悲喜交々いろんな思い出があると 思うが。

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