下タ沢会によせて(覚書)

澤出さんの頌徳碑 − 1人で下タ沢を守っている −

 今一つ思っていることは、澤出さんの頌徳碑、今回は刈払ってもらってきれいに なっているが、やがてまた草に埋づまり、木におおわれて、その存在すらもわから なくなってしまうだろう。となれば、この碑を下タ沢の出口、県道との合流点あた りに移し(経費のこともあり簡単にはできないが)、下タ沢という部落がこの奥に あった、という説明と共に、その功績を後の世に伝えてゆく、それはまた、下タ沢 という鉱山と共に生きた部落を歴史の中に残してゆく、ということにもつながって いくのではないだろうか。たとえ下タ沢は、無住の地となっても、私達は下タ沢と いう部落がここにあり、私達が生れ育ったという「あかし」を残しておきたい。し かし下タ沢の部落の中に「ここに下タ沢という部落ありき」という記念碑を建ても、 それはやがて誰も見る人もなく、忘れられて苔むしてゆくだけだろう。そういう意 味で、かつて栄えた元山、田郡、永久沢、長坂といったところに比べて、下タ沢の 出口が県道につながっているということは、恵まれていると思う。いつの日か、そ んな夢を実現したいものだと思っている。

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