山岳は、マタギたちにとっては単なる狩猟の場所ではない。そこは、山の幸を神
さまが狩人に授けてくれる霊場なのである。だからマタギたちは、山岳を神聖な処
として謹み敬い、獲物となる鳥獣をも尊敬した。つまり敬虔な態度で狩をしたので
ある。 従ってマタギ部落の人たちの山神に対する信仰は、狩に関する禁忌(タブー)が ひどくゆるんでしまった今日でも、なお厳然として存している。根子部落では、大 半の家が山神様を祀るか山神図を秘蔵している。 山神は、ヤマノカミともサンジン(あるいはサンジンサマ)ともいう。この呼び 方は土地によって違うが、戸鳥内、中村、打当など打当川流域のマタギはヤマノカ ミと呼び、八木沢、萩形、根子などではサンジンサマといっている。一説によると、 昔は根子あたりもヤマノカミといっていたが、鉱山業者が入ってきてサンジンサマ というので、これが木樵や炭焼などの山子に伝わり、だんだんマタギたちもそれに ならうようになったと謂う。 ところで山神は、どんな姿をしているか? もちろん誰も見た人はいないのだが、 今日残されている木像、絵図によっても姿はまちまちだ。佐藤忠俊家の木像は孔子 像のようだし、佐藤平安氏宅の絵図は鍾馗に近かった。八木沢、萩形の山神祠にあ る神体は、長髪の老人である。 つまり山神は霊的な存在であって、こんな姿だという統一したものはなく、彫刻 家や画家の頭から想像されたものらしい。 また一説には、女神説もある。マタギたちは山に入るときは、髭などきれいに剃 り、身ぎれいにして行ったものだというが、これは山神がむさくるしい男を嫌われ るからだと信じられている。 山神は、非常に嫉妬ぶかいともいわれている。山入り前にマタギは、一週間は女 性を近づけないことや、マタギが山に入っている間は、その妻は美しく装わないと いうのは、主人と苦労を共にするという意味だけでなく、嫉妬ぶかい女神への遠慮 の意味もある。 |