私は鉱山が閉山(昭和53年5月)になった翌年から、花輪のマルスイという魚市
場(卸屋)の青果部に働きに行った。朝は4時頃出かけ行くが(歩いて約50分)、
帰りは3時に仕事が終ので早かった。今から17〜8年も前であったろうか、彼岸が
近くなった頃、花輪のあっちこっちのお菓子やさんに、「彼岸だんご有ります」、
「彼岸だんご有ります」という張り紙があった。彼岸だんごなんて珍らしいナ、と
思いながら通りすぎていたが、或る日、急いで帰らなきゃならない用事があるわけ
でもないし、と一軒によってみた。がダンゴがない、次の店に入ってみたが右同じ
で、あるのは平ッペたい大福餅だ、私達が子供の頃、アンビンといった、あれだ。
尾去沢の購買もそうだった(花輪のお菓子やが持ってくるから当り前だが)。彼岸
のダンゴとは、まん丸いものだ、と一人腹を立てたのをおぼえている。その張り紙
も2年くらいでみなくなったが。
ダンゴは丸いものだ、で思い出したが、三ツ矢沢の方ではダンゴのことをダンシ というという。ダンゴもダンシも字で書けば「団子」で、同じだわけだが、沢一つ 越えただけでも違うこともあるもんだ、と更めて思った。カネ掘りと農家の違いか、 下タ沢でもダンシといった家があったうか。 |