GLN「鹿角の温故知新への旅・鹿角先人列伝一覧」

阿部新(あらた)

 阿部六郎の息。鹿角市初代市長。平成2年地方自治の振興・社会福祉の向上で鹿角市功労者。

参考(出典):「鹿角市史」
 
△鹿角市史第一巻 序
 昭和四十七年に鹿角市が誕生してから十周年を迎えた。
 青垣山をめぐらせる鹿角の里と詠まれた鹿角市は、四方を山に囲まれた南北に細長い盆地にあり、 国立公園十和田八幡平を北と南に置き、東には峻嶮なる奥羽山脈をひかえ、西には鉱脈を秘めた山々が 連なっている。 中央を南北に貫流する米代川は盆地の中程で男神女神の狭間から西に抜けて、遠く日本海へと流れ去る。 寒冷な雪国にあっても比較的おだやかな気象条件と、豊かな自然に恵まれている。
 
 この恵まれた自然環境の中で、わがふる里には数千年の歴史が刻まれてきた。特に日本の原始時代の代表的遺跡である 「特別史跡大湯環状列石」は、今からおよそ四千年前の人々の残したもので、ここに一大集落があったといわれる。 また最近、東北縦貫自動車道やその他の発掘調査等から、原始古代から中世に至るまでの人々の生活の跡が 続々と発見されている。
 
 一方、「重要無形民俗文化財大日堂舞楽」や「花輪ばやし」をはじめとする多くの民俗芸能にみられるように、 価値ある文化遺産を豊富にみることができる。
 また、一、二〇〇年の歴史をもつといわれた「尾去沢鉱山」は、先年、閉山のやむなきに至ったが、 これまで日本の産業を支えてきた鉱山の一つでもあった。これらの産業を興し、文化を育て伝えてきた祖先の心情は 多くの市民の体の中に脈々と受継がれている。
 
 今また、昭和五十八年に予定されている東北縦貫自動車道の開通は、わが鹿角市の飛躍的発展を約束している。
 鹿角市のこれからの発展を考える時、鹿角の風土をよく見、長い歴史の経過を正しくとらえ、 これまでの鹿角を築いてきた祖先の営為を解明し、それを後世に継承することが大切である。
 
 このような考えから、市制施行十周年を記念すべく市史の編さん事業に取組んできたが、 幸い第一巻の刊行をみたことは大慶の至りである。
 
 ここに本事業の遂行のために多大の御協力をいただいた市民各位に御礼申し上げるとともに、 多くの時間的制約の中で並々ならぬ御苦労をいただいた顧問・執筆者の諸先生に深く敬意を表するものである。
 また、貴重な資料や史料を提供くだされた関係者各位と、計画達成に御尽力された各位に対し深く御礼申し上げるものである。
 願わくは、本市史が、ふるさとを見つめなおすよすがとなり、更に鹿角市の新しい産業・文化を創る素材として活用され、 未来へのかけ橋となることを希望してやまない。
  昭和五十七年十一月十日
     鹿角市長 阿部新
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△鹿角市史第二巻上  

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