2000年7月上旬の日記

これまでなしくずしだった「職場でのトランス」が公認されて初めての年度の1学期も残すところあとわずか。心身共に充実し、これまでにも増して仕事に打ち込んだ3ヵ月間でした。ということもあって、ホームページの更新はずいぶん遅れ気味でしたね。(2000年7月14日記)

7月1日(土) 「パスする」という用語と、黒人差別。
[日記]「パスする」(用語についてを参照)とか「リードされる」(用語についてを参照)っていうTG/TS(用語についてを参照)当事者間での隠語は確かに便利なので、ついつい使ってしまうのですが、使いながらもなんとなく違和感を抱いていました。その違和感ってどこから来るものなんだろうとずっと思っていたんですが、先日、ある人にそのヒントとなるかもしれないことを教わりました。
某大学の大学院でアメリカ史を専攻していた友人の講師(女性)と雑談をしていたのですが、その際、性同一性障害(GID)(用語についてを参照)関連の基本的な用語や概念について説明をしてさしあげる展開になりました。そのときに彼女から「**さん(銀河の姓)、パスとかリードって言葉が初めて社会的な文脈の中で使われたのは、いつのことだか知ってる?」って訊かれました。もちろん、そんなことなど知りません。早速次のようなことを教えていただきました。
19世紀後半のアメリカでは、共和党の妥協的な政策転換に伴い、南部各州で悪名高きジム・クロウ法なる人種差別制度が誕生しました。これはバスなどの乗り物、公園、学校、病院などの公共施設で白人と黒人を完全に分離し、黒人を差別的に扱うことをその骨子とした制度です。さて、南部各州では白人と黒人の混血化がかなり進んでいましたから、このときに最も問題になったのは「黒人」の法的な定義でした。結局、黒人の血が64分の1(!)混ざっていたら、その人は「黒人」扱いになるという取り決めがなされます(つまり、6世代前の祖先に黒人がひとりいれば、その人は「黒人」ということになるのです)。ところが(当然、個人差はありますが)黒人の血が32分の1だとか64分の1の人は、外見上、純粋な白人とさして変わりはありません。黒人の血が64分の1混ざっている人(「黒人」扱いになります)と128分の1の人(「白人」扱いになります)とでは、外見上たいした差異などありません。そういうわけで、黒人の血が32分の1だとか64分の1だとかの人で、容姿に恵まれた(黒人的な特徴が薄いという意味)人は、自分の血統をごまかして、なんとか白人側に潜り込もうとします。それがうまくいくことを「パスする」、うまくいかず見破られてしまうこと(見破られたら殺されても文句は言えません)を「リードされる」と言っていたのだそうです。
黒人の血が入った人が(さまざまな社会的な抑圧のせいで)そのことに誇りを持てなかった時代に、条件に恵まれた一部の人たちがなんとか白人側に紛れ込もうとする。そのことを「パスする」って言っていたんですね。この話を聞いて、銀河は「うーん」とうなってしまいました。その「うーん」の実体については、今のところうまく言葉で説明できません。でも、銀河が当事者間で隠語として使われている「パスする」だの「リードされる」という言葉に対して抱いている違和感の原因がどこにあるのか、こういう事実を知ったことで、なんとなくぼんやりと見えてきた気もするのです。
ちなみに、ネイティヴ・スピーカーの友人たちに尋ねてみると、英語の pass という自動詞(「継続的に通用する、認められる」)は、あまりよい意味ではなさそうなんですね。どうやら「本当は違うくせに、偽っている」という批判的なニュアンスがあるようです。また、「継続的に通用する、認められる」って意味なので、一部で使われているような「昨日はコンビニでピンクのボタンを押してもらえたからパスしたけど、今日はブルーのボタンだったからパスできなかった」っていう表現は間違いみたいです。1回でもリードされたら、それは「パスできていない」ってことなんですね。
というわけで、銀河はとりあえず「パスする」って隠語を使うのをやめることにします。当面は「自認する性で特に問題もなく生活できている」という言い方にでもしておきましょうか。

7月2日(日) 1学期が終わるまで、あと一息。
[日記]1学期の最終日は7月12日(水)。やっと先が見えてきた。疲労が蓄積していて仕事の能率があがらないこともあって、今日はまる一日がかりで授業準備。
[読書記録]谷岡一郎『「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ』(文春新書)。統計的調査の多くがいかに不適切な方法でなされていて、バイアス(偏向)だらけかということを具体的に指摘し、リサーチ・リテラシー(玉石混淆の社会調査の中で何が本物かを見極める力)教育の必要性を訴える内容。クリティカル・シンキングを心がけている人間にとっては言うまでもないことばかりなのだが、豊富な具体例が実にありがたい。

7月3日(月) 長*さんの親戚の方とお食事。
[日記]長*さん(銀河のパートナー/同居人)の親戚の方(Tさん)からお誘いがあって、Tさんと長*さんと銀河の3人で、歌舞伎町のちょっとお高めのスナックに飲みにいく。Tさんは長*さんよりもちょっと年上で、ひとりっ子の長*さんにとってはお兄さん代わりのような人だ。Tさんにも結婚祝い(笑)をいただいてしまった。銀河のことをまわりの誰にでもきちんと紹介してくれる長*さん、そして、それをありのままに受け止めてくださるTさんに、感謝!
[BGM]Dulce Pontes,"O primeiro Canto". ポルトガルの大衆歌謡「ファド」の世界は、長らくアマリア・ロドリゲスの独走状態だった。もっとも、アマリアが古今東西の大衆歌謡の全歌手の中でも間違いなくベストテンに入る大歌手だっただけに、他がかすんでしまうのも仕方のないことだったのかもしれない。そのアマリアの没後(昨年10月)、ようやく後継者といえそうな女性歌手が台頭してきた。1969年生まれ(現在31歳)のドゥルス・ポンテスだ。今春来日し、TBSの「筑紫哲也のニュース23」にも出演してうたっていたので、それを見た記憶のある方もいらっしゃるだろう。本作は昨年発表された最新アルバム。バックの演奏もしっかりしているし、過去のアルバムに比べて、ドゥルスの表現力も格段に増した。時折、情に流されるきらいがあるのが気になるが、世界中を見渡しても現役のポップ歌手の中でトップクラスなのは間違いない。今後が楽しみだ。

7月4日(火) 印鑑証明をもらいに、区役所(出張所)へ。
[日記]遺産相続に関連して、印鑑登録証明書が必要になった(なんでも土地の一部を売って相続税にあてるのだそうだ)。午後から、新宿区役所大久保出張所へと出かける。申請書に記入して窓口に提出。女性職員に「ええっと、ご本人ですか?」と訊かれる。「はい」と答えると、「あっ、ごめんなさい」という言葉が返ってきた。こういうシチュエーションのときってたいてい、相手の人は「ごめんなさい」とか「失礼しました」って言うんだけど、いったい何に対して謝っているんだろうね(笑)。
[BGM]Gaiteiros de Lisboa,"Bocas do Inferno." 日本でも人気のあるファドは、ポルトガルの都会(特にリスボン)の大衆歌謡(まあ、酒場の歌)として発展してきた。それに対して、ガイテイロス・デ・リスボアは、ポルトガルの田舎の伝統音楽を現代的に解釈して再構築した実験的音楽を演っている6人組グループ。本作は97年発表の彼らのセカンド・アルバムだ。男声によるポリフォニーにガイタ(ポルトガル北部で使われているバグパイプ)、タンボール(太鼓)をはじめとする民族楽器や創作楽器がからむ。ところどころ未消化でゴツゴツした感じが残る部分もあるが、深みのある男声ポリフォニーとバグパイプの取り合わせが新鮮で魅力的。個人的には、アラブ色の濃厚ないくつかの曲にグッときた。

7月5日(水) 「未来日記」にはまっている(苦笑)。
[日記]ここのところ水曜日は、千葉県内の某校舎での授業が夜7時に終わると、寄り道をせずに速攻で自宅に戻るのが習慣になっている。午後9時からTBSで放映されている『ウンナンのホントコ!』の人気企画「未来日記」にすっかりはまってしまったからだ(苦笑)。
素人の男女が台本に従って、恋愛をテーマにしたストーリーを演じていくのだが、途中から演技ではなくどうやら本当の愛情が芽生えていくように見える微妙なニュアンス(「つくり」と「マジ」の境界があやふやなところ)が、すぐれてテレビ的。テレビって結局素人のものなんだよねってぶつぶつ文句を言いながらも、面白くてついつい見入ってしまう。なんでも好評に気をよくして映画化も進行中だというのだが、この素材はテレビだからこそ活きるんじゃないのかな。
ここのところ「未来日記」に似たようなコンセプトの番組があちこちのチャンネルで散見されるが、本家「未来日記」が圧倒的に面白いのは、やはり監修のいとうせいこうの力なんだろうね、きっと。
[BGM]PUFFY『The Very Best of Puffy/amiyumi jet fever』。今日発売されたばかりのパフィーのベスト盤。こうしてヒット曲が並ぶとやはり豪華。彼女たちのパフォーマンス(特に奥田民生の楽曲)が日本ポップ音楽史の財産であることを実感する。ビートルズのパクリの「これが私の生きる道」にしても、モータウン・サウンドのパクリの「渚にまつわるエトセトラ」にしても、ここまで洋楽好きをニヤニヤさせる完成度の高いパクリは、ちょっと比類がないんじゃないかな。個人的にはね、前記2曲ももちろんだけど、「海へと」だとか「MOTHER」だとか「夢のために」だとかが好き。同時発売のDVDも買わなくちゃ(DVDプレーヤーはまだ持っていないけど)。

7月6日(木) 今週も木曜日はりのと一緒だった。
[日記]先週の木曜日(6月29日の日記を参照)に引き続き、今週も、長*さんが緑川りのちゃんを夕食に誘う。今日は高田馬場のさかえ通りの焼き肉屋へ。さかえ通りの入り口で待ち合わせ。りのがまた「都の西北」をうたい始めるんじゃないかと冷や冷やしたけど(笑)、今日はまだ酔っぱらっていないから、学生時代の思い出話だけだった。
この焼き肉屋、ひどく安くておいしいうえに、BGMが80年代アイドル歌謡だったりするんで、長*さんとふたりでしょっちゅう食べに来ている(今日は西村知美のデビュー曲がかかっていたのに感激)。大食漢のりのも大満足してくれたようだ。
その後は近くの「ルノアール」でお茶。今月から会社での所属部署が変わったりのは、これまでの若いエリート・サラリーマン風(?)な格好から180度イメージ・チェンジ。ボブ風の茶髪に、ユニセックス的な服装。とても似合っています。銀河的には超オーケーって感じかな。

7月7日(金) 小田急デパートのバーゲン。
[日記]新宿西口の小田急デパートでバーゲンをやっているというので、覗きにいく。新宿がホームグラウンドな割りには、小田急デパートに行くことなんてほとんどなかったんだけど、4階には結構好みのブランドが入っている(これからも時々は寄ってみなくちゃ)。当初は見るだけのつもりだったんだけど、バーゲン価格だということもあって、ついついDKNYとMICHEAL KLEINとofuでお買い物。とりあえずこれで、夏期講習中の通勤着はなんとかそろったかな。
[読書記録]ベルンハルト・シュリンク『朗読者』(新潮社)。本国のドイツのみならず、アメリカでは200万部のベストセラー。日本でも大型書店の売り上げチャートの第1位を独走中。なんとなく買ってしまったんだけど、うーん、ちっとも面白くなかったんだよね、これが。「15歳の少年と36歳の女性の切ない恋」(帯の惹句より)って言うんだけど、単に肉欲におぼれているだけとしか思えない。感動の山場のキーとなるのがナチスによるユダヤ人虐殺時代のできごとだというのも、あざといとしか言いようがない(って言うか、ドイツ人やアメリカ人はともかく、日本人がこのネタで本当に感動できるのかな)。売れてるし、感動して涙が止まらなかったって言う人が多いみたいだし、あちこちで絶賛されているし、きっとよい小説なんでしょうけどね、一般的には。

7月8日(土) 川越の赤心堂病院へ。
[日記]月に2回のホルモン注射(ペラニン・デポー10mg)のために、川越の赤心堂病院泌尿器科(内島豊先生)へ。予定では今日、血液検査のための採血をするはずだったんだけど、うっかり忘れていてお金を持ってこなかったので(財布の中には2000円しかなかった)、採血は来週に延期していただいた(内島先生が7月15日から夏休みに入るそうなので、その前に)。

7月9日(日) 長*さんのお仕事につき合う。
[日記]長*さんと一緒に、午後から南浦和、夕方から行徳(千葉県)。お仕事の関係で人に会うのにつき合う。移動のために久しぶりに乗った休日の昼下がりの武蔵野線ののどかな雰囲気になごんで、長*さんと2人、ついつい寝込んでしまった(危うく乗り過ごすところだった)。
[BGM]ハシケン『限りなくあの空に近い』。ハシケン(橋本兼一)の『Hashiken』、『感謝』に次ぐサード・アルバム。完成度はこれまででいちばんじゃないかな、タイトなバンドのアンサンブルもいいけど(島唄のダブ的展開といった趣の「エイチャー」がベスト・トラック)、この人の魅力はなんと言ってもその切ない味わいの声と、島唄の影響を受けた節まわしにあるのだということを再確認。例によって、太田恵資(ソウル・フラワー・ユニオンにも参加している)のヴァイオリンが強力。

7月10日(月) 13日(木)から15日(土)まで母親が上京することに。
[日記]明日は休み。12日(水)を丸1日がんばれば、1学期の授業は終了。夏期講習が始まるまで、1週間の休みがとれる。
夜、実家から電話。13日(木)から15日(土)まで母親が上京することになった。最大の目的は、本家の遺産相続に関連する細々(こまごま)とした打ち合わせなのだが、銀河としてはもうひとつ、女性として特に不都合もなく暮らしている様子を母親にちゃんと見ておいてもらいたいという思いもあるのだ。性別再判定手術(SRS)(用語についてを参照)や戸籍の名の変更なども含め、両親には銀河が女性として生きていくことをきちんと理解してもらっているのだが、個々の局面で微妙な温度差が生じる恐れもありうるので(その兆候はまるっきりないわけではない)、できるだけ早いうちに女性として生活している様子を見せておきたいと考えていたのだ。
浦安のあべメンタルクリニック(阿部輝夫先生)や川越の赤心堂病院泌尿器科(内島豊先生)に一緒に行ったり、勤務先の予備校を見学してもらったり、長*さんおよび長*さんのお母様に会ってもらったりする予定。


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