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 歓喜に荒れ騒ぐ胸のうちをぐっとこらえて、少女はあえて静かに言葉を発する。
「でも、わたしはセイエドの所有物なのよ」
「金で解決できるなら問題はない。できないのなら――やつを排除すればいい」
 自分の幸福と引きかえに、だれかの生命を奪うという考え自体には抵抗があった。
 にもかかわらず、ふるえるほどの幸福感が全身をみたす。
 この幸せがつづくなら、自分を所有物としか見なさない男の死などとるにたらぬできごとだと思った。
 男はつづけた。
「ただ、ジルジスとのタッグワークもかたづけておきたい。過去をさがしにここへきたのも事実だが、目的はもうひとつある」
「やっぱりセイエドの心配は、ほんとだったんだ」
 自分が口にしている言葉の内容でさえどうでもよかった。
 ただふるえるような充足感ばかりが、全身を快くかけ巡る。
「それはまだ確定していない」シヴァはいった。「ただやつはこのあたりの星域の、盗品の売買を一手に引き受けている。ジルジスの獲物の行方も、その流れのなかに埋没して足どりがつかめない。おそらくセイエドがその行方に関わっている、という程度のことしかわかっていない。問題の品がやつの所有物であるのか、それとも売買の仲介に関わっただけなのか、あるいはまったく無関係である可能性もないではない」
「わたしもセイエドの所有物なのよ」
 フィローリアは笑いながらいった。
 ちがう、とシヴァはいった。
「おまえはだれのものでもない。おまえはおまえ自身のものだ」
 そのとき、もしかしたら哀しげな顔をしていたのかもしれない。
 シヴァはつけ加えるようにいった。
「それとも――おまえはおれの所有物だといってほしいか?」
 うん、と吐息でうなずきながら、少女は男の胸にすがりつく。
 武骨な両腕が少女を力づよく抱きしめる。
 しばし陶酔の底にまどろんだ。
 それからきいた。
「ジルジスは、何をさがしているの?」
「立体絵画だ。ベスレスという惑星で、リーラフィードという名の植物が産するのを知っているか?」
 フィローリアは声をださず、首だけを左右にふった。
 シヴァがうなずく。
「特殊な植物で、カーボンフリーズした状態にすると人間の発する思考波を視覚的に記録することができる代物だ。二十年ほど前にこの性質を利用した立体絵画が流行した。そのなかでも至高の芸術の地位を得たのが、クルスという男の描いた『とどかぬ明日』というタイトルの作品だ」
「それってどういう外見のものなの?」
「物体そのものはカーボンフリーズされた植物だ。赤みがさしたベージュの、彫刻めいた観葉植物を想像すればいい」
「ごめんなさい。見覚えはないわ」
 そうか、といいながらシヴァはフィローリアの髪をなでた。
 みたされた気分のまま目を閉じる。
 この瞬間が永遠につづけばいい、と願いながら。
 祈りは宿命的に、いつか破られるものだ。
 破壊者は最初、遠慮がちなノックの音として訪れた。
 無視したい、と感じたが自分の立場ではとうてい無理だった。
 ナイトガウンをはおりながら気怠く身を起こすのを、背後からシヴァが肩を抱いて制する。
「おれが出る」
 こころなしか、声音に緊張が含まれているような気がした。
 男は立ちあがり、裸のままドアの前に立った。
 扉がひらかれる。
 逆光のなか、いくつかの人陰がたたずんでいた。ほとんどのシルエットが、利き腕をあげている。
 銃をかまえているのだろう。
「ようやく白状しやがったな」
 おかしげなタバータバーイーの声音がいった。
 思わず、フィローリアはガウンの胸もとをあわせる。
 監視されていたのだ、と気づいて羞恥とともに恐怖もまた、灼熱を伴って膨れ上がった。
「伝説の盗賊とあえてことを荒立てるつもりはなかったんでな。あんたがほんとうにただ過去をさがしにきただけってんなら、このまま快く送り出すつもりではいたんだ。だがこうなって――おれは正直、うれしいぜ」
 狂気があふれ出しそうな声音で、タバータバーイーはいった。
 そして、つけ加えるように口にした。
 フィローリアに向かって。
「ごくろうだったな、フィローリア」
 意味がわからず、シルエットに視線を向ける。
 想い人の背中が視界に入る。
 同時に、理解した。
 肉体を餌に、情報を引き出したのだと思われかねないことに。
「ちがう、シヴァ! あたし――」
 言葉を遮るように、タバータバーイーの嘲笑が音高く響きわたった。
「どうしたマジュヌーン。自慢の超能力(ティール)が使えねえんで焦ってやがるか? 残念だったなあ。おれは超A級のアタルヴァンなんだ。おまえみたいな不完全なティーラじゃねえ、正真正銘の、フルタイムの念動力者なんだよ。てめえ程度の能力なんざ、いつでも封じこめ可能なのさ」
 たたずむ想い人の背を前に、絶望がフィローリアの胸奥をどすぐろく染め上げる。
「さ、てめえらがおれたちの敵だとはっきりした以上、くだらねえ三文芝居は切り上げだぜ。いろいろとききてえこともたっぷりあるし――何よりてめえにゃ、大きな貸しもあるんでなあ」
 舌なめずりがきこえてきそうな口調で、タバータバーイーはいった。
 そして、少女に呼びかける。
「もちろんおまえにも同席してもらうぜ、フィローリア」
 シルエットしか見えないのは幸いだったかもしれない。
 ほかに何ひとつ、好材料はなかったが。
 

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