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灼熱を、銃を支えた手の甲に感じた。
「ぎゃ」
わめきつつ、銃を取り落とす。
恐怖に目を見ひらき、手の甲を見つめる。灼けただれていた。おそらく、ブラスターの熱線がかすったのだ。
うめきながら、四囲を見まわす。
すぐに見つけた。
青い女神のようだった。
戦をつかさどる女神だ。
長身。豪奢に均整のとれた肉体。ながい黒髪。ほこりと強圧にみちた、刺すような視線はまっすぐに、オグレにむけられたいた。手にしたハンドガンの銃口が、ゆらめきを発している。
「ラ――」オグレはぼうぜんとつぶやいた。「ラエラ、か」
“千の目”のラエラ。伝説に謳われる、シャフルードの仲間のひとり。あらゆる武器に精通し、ねらった獲物は決して逃さない、夜の名をもつ地獄の射手。
女盗賊は、油断のない注視をオグレにすえたまま、迷いのない足どりで近づいた。
飛びかかることのできないぎりぎりの距離をとってたたずみ、あらためて銃口をポイントする。――オグレの胸に。
「まず、この状況を説明してくれ」
おちついた声音で、冷徹にラエラはきいた。
オグレはきょときょとと左右に視線を走らせ、
「シムチエールだ」
「なるほどね」
いってラエラは、ちらりと目をそらす。
チャンスだ――考えるよりはやく、からだが動いた。
眼前の軍神にむけ、飛びかかる。単純なタックルだ。ふところにとびこむには、これがいちばんはやかった。
誘いだったのかもしれない。
後頭部に、硬い一撃を感じてオグレは卒倒した。
宙港公安官の一団が現場にかけつけ、シムチエールの燃え滓の残った香炉を発見したとき、そこにころがっていた死体はサリムのものだけだった。
オグレの死体は宙港ではなく、外部静止軌道上でただよっているところを発見されることとなる。からだじゅう至るところを破裂させたかたちのその死体は、あきらかに生きているところを真空中に投げだされたことを示していた。が、なぜそのような事故が起こったのかはついに解明されなかった。
もっとも、一部の者たちにとってその理由は自明であった。
「うーん」ジルジスは後頭部を手刀でとんとんしながらうめいた。「まだなんか幻覚が見えるような気がするな」
それからラエラに視線を転じて、ぎょっと目をむき、
「お? ラエラがヌードだ」
「ばか」
たわ言にはとりあわず、夜の女神は鼻さきで笑う。手もとは分解した銃の手入れに余念がない。
宙港ロビーの一角。円状に配置されたソファに、ジルジス・シャフルード、マヤ、ラエラ、そして“千の頭脳”のレイと“千の顔”のシヴァが勢揃いしていた。“イフワナル・シャフルード”――シャフルードの兄弟、と異名をとる、盗賊シャフルード一党のめんめんである。
「ボク、ほんとにまだアタマ痛い」
マヤが顔をしかめていった。こちらはほんとうだろう。
「アルムルクってのが、おれに会いにきた男の名だな」
笑いながらジルジスはきいた。ラエラはうなずく。
「要するにタリクは、おれと同時にかねてから邪魔だった“共同経営者”にも消えてもらおうって魂胆なわけだ」
「そういうことだね」
「で、そのアルムルクが、ラエラのむかしの男だってわけか?」
「なんだって?」
すっとんきょうな声をあげたのは、レイである。
切れ味の鋭そうな、いいかえれば神経質そうな美貌をゆがめながら大げさな身ぶりで立ちあがり、ラエラにつめよる。
「むかしの男? おお、わが夜の女神よ、そんな男がこの星にいるなんて、きみは一言だって私にいってはくれなかったじゃないか。なんとつれない」
「ばか」ふたたびすぱりと切り捨て、ラエラは笑いながらつけ加える。「ま、そんなとこだね」
「なんと!」レイはオーバーにのけぞる。「ああ。ああ。なんと嘆かわしい。かなしい。私はかなしいぞ、わが魂の恋人よ」
「勝手に決めないでくれ」
ラエラは苦笑する。
ジルジスも笑いながらいった。
「おれはべつにかまわないぜ。むかしの男はむかしの男だ」
む、と目をむき、レイがジルジスをにらみつける。
「結婚してたの?」
マヤが好奇心満々といった顔つきできいた。頭痛も忘れているらしい。
まさか、とラエラは笑う。
「いっしょに暮らしてはいたね。といっても、宿舎や戦場の天幕でいっしょだったってだけだけど」
「てことは、傭兵時代の恋人ってわけか」
「ということは、べつに寝泊まりはいっしょでも肉体関係はなかったということだな。な? な? そうなんだろう、わが女神よ。戦場や傭兵の宿舎で、ふたりきりってなことはないだろうし。な? な?」
「ふたりきりだよ」にべもなくラエラはいいきった。「わたしたちのいた傭兵団は、名が売れてて金はあったんだ。宿舎は二人部屋と個室の二種類あったし、天幕のほうは状況次第だけど、ふたりだけのときもすくなくなかったよ」
ああ、なんということだ、きみの過去に干渉するつもりは毛ほどもないとはいえこんな話はききたくなかった、どうのこうのとレイがいつもの饒舌を展開しはじめる。苦笑してきき流すしかなかった。無表情なのはシヴァだけだ。
ふう、とながい息をついてから、シャフルードが半身を起こし、ラエラに視線をむける。
「で、ヤツの用はなんだったんだ――なんてきくのは野暮だろうがよ」
「まあね」
「寄りを戻しにきたわけだな」
「まあ、そんなところかな」
「わあ。どうするの? どうするの?」
マヤが身をのりだす。ラエラは苦笑する。
「べつに。どうするつもりもない」いって、しばし口をつぐんでから、「いまのところは」
「おお! わが女神のつれなさよ! まさかラエラ、そんなむかしの男のことなどいまはどうでもいいはずだ。なぜなら、きみにはこの私がいる! 銀河最高にして最後の至高の頭脳をもつ、この天才の私が」
「あんたが天才ってのは認めてるさ。ただ、あんたとわたしはこのセンからいけば、べつに関係ないからねえ」
「だとよ、レイ。いいかげんにあきらめて隠遁生活にでも入ったらどうだ」
「なにをぬかすか、この腐れ盗賊。だいたいおまえはだなあ」
ついに、いつものじゃれあい喧嘩モードに突入した。
「ねえね、でもさ」と、男どもの喧噪から離れてマヤはラエラににじりよる。「酒場の階段でちらっとすれちがったんだけど、かれ、いい男じゃない。ボクはきらいなタイプじゃないけどなあ」
「じゃ、あんたアタックしてみる?」
「んー、ダメ。だってボクにはジルがいるもん。相手にされてないけどさ」
「そうでもなさそうだけどね」
「わー。やっぱそう思う?」
「女と思われてるかどうかは、ともかくね」
「あー、ひどい。でもさでもさ、ホント、どうするつもりなわけ? さらってでもつれていくって、いわれたんでしょ?」
ラエラは無言のまま、掃除の終わった銃の部品を手ぎわよく組み立てていく。
その顔からは、いつのまにか笑いが消えていた。