疾走機械

 

ゼッケン89 チーム名:セバスチャン(フリー)
      機体名:“セバスチャン”
      機体ベース:シャリカト・アクラブLSG−09“バイラス”
      パイロット:ノクタブン・コースフラン
      エンジニア:セバスチャン・リンゲン

 げしげしげしげしげしげしげしげし。
 音を擬すればこうなるだろう。見てくれからすれば、疾走する人足、という形容がもっとも的確だ。
 二足歩行、というのは歩脚機械においてはあまり意味のある形態ではない。まして、スピードを競うレース競技においてとあれば、それはまったく理にかなわない、ばかげたレギュレーションとしかいいようがない。
 通常の場合であれば。
 第一のルドイア樹林でもおなじパターンできていたなら、チャンドラ・シンが注目していたのもうなずける。というよりは、その異様な論理に基づく方法論の実践はきわめて目立つ以上、翁以外のだれも気づかなかったことのほうが、むしろ異常だったかもしれない。
 チーム名、機体名、エンジニア名、すべておなじだった。よくある例だが、この場合はレース史に名を残すことになる。
“セバスチャン”。それがその名前だ。
 異様に巨大な後部歩脚は、それまでに設計されてきたあらゆるランド・ストライダーの規格から外れていることだろう。前脚も、後部のそれに比べればやや小ぶりだが、やはりふつうのながさではない。
 その四脚が、盛大に動いている。つまり、“セバスチャン”は文字どおり“走って”いるのだ。
 しかも、二足で。
 二足歩行を機械で実現した歴史は古い。一説には、人類がその故郷を喪失して互いの世界さえいきかうことなく停滞していた“白の時代”以前にさかのぼるともいう。だが、一部の例外をのぞいて、その技術的発達にめざましい成果はなかった。二足歩行自体が、移動機械の体系に非合理なものとして退けられてきたからだ。
 歩脚機においても、それは例外ではない。バランサーの発達は二足歩行自体の問題はかなりの程度解決したものの、限界があるのもまた事実。まして、安定性を欠いた状態でスピードアップをはかるよりは、おなじ歩脚を使うのであれば四本の状態であるほうが技術的にも安価で簡単に実現できる。
 ゆえに、だれも二足で走る歩脚機をつくろうという発想をもたなかった。
 だが、障害物の乱立する場での歩脚による走行、となると、たしかに二足は合理的な部分もある。スレッジを使っての滑走はいうまでもなく、四脚フル稼働状態の疾走よりも、二足走行は唯一、障害に対する面積がきょくたんにすくないという点で大きく勝っているのだ。
 つまり、滑走や、いわゆる“よつんばい”の状態でいるよりも狭い幅の場所をすりぬけていける、というわけである。
 先頭グループがいくら最適コースを選んでいるといっても、それはあくまでスレッジと歩脚による障害回避が可能な程度の樹間距離を要するコースだ。二足で疾走できるなら、最短距離はさらに短くすることも可能なのはまちがいない。それを“セバスチャン”はまさに実現したのである。
 バランスの悪さも、この場合はある程度は役に立ってもいるかもしれない。もともと二本の足で立つ生物が走行する、という行為は、不断に転倒を回避する行為といってもまちがいではあるまい。
 もちろん、それにも限界があることはたしかだ。その意味においては、この“セバスチャン”の改造を担当した者は、ある意味で天才といってもいい。
 ともあれ、だれも気づかないうちに“セバスチャン”は、げしげしげしとただひたすら地道なマラソンで障害地帯を踏破し――そして驚愕すべきことに、まったくべつのルートからのアプローチでいつのまにか、それまで先頭を走っていたはずの四機をおきざりにしてしまっていたのである。
 これは滑走、四脚走行とはべつの、第三の走行方法としてひとつの体系を展開していく、嚆矢にほかならなかった。そしてその走行方法は、のちに“セバスチャン・ウォーク”と称されることとなる。

 ともあれ――
「まだわからないわね」
 あまりのできごとに呆然とするばかりのスタッフのあいだで、ルビーもまた声をうわずらせたままつぶやいた。
 ちらりとチャンドラ翁に視線を走らせる。
 目をあわせようとはしなかったが、かすかにうなずきかえしたような気がした。
“セバスチャン”は最後の障害地帯をクリアして二足走行をやめ、すでに滑走に戻っている。が、歩脚走行に重点をおいているために機体バランスが滑走にむかず、加速を懸命にくりかえすのだがそれほどのスピードがでない。
 このスピードだと、元先頭グループが――それがどの機体であろうと――樹林地帯を突破したとき、一気に差をつめられる可能性が大きかった。
「例外中の、例外だな、今回のレースは……」
 ティーズがつぶやいた。
 だれにも異論はなかった。チャンドラ・シンにも。
 いまや翁は、あからさまに身をのりだし、モニタに食いつくように見入っていた。

「ぶちかますよ!」
 叫びと同時に、マヤは一気に突入を敢行した。
 樹木と樹木、そして機体と機体のあいだにあいたわずかな空間に、強引にすべりこんでいく。
 ぱし、と雪面を蹴りつけて、漆黒の姫君が、くん、とその身をななめにもちあげた。
 左右から急迫する、迷彩色と虎模様の壁。
 すりぬける。
 がち、と火花が散った。
 後脚で、さらに一蹴り。
 Gとともに、ぐんとノーズがせりだす。
 ふたつの壁が横から後方に去り――樹林がとぎれて、視界がパッとひろがった。
 まぶしいほどの白。
 だし、とふたたび片橇走行から機体をおろし直すや、後脚で思いきり、さらなる加速。
 同時に――リアヴュウ内部で、互いの接近を回避しきれずバッティングした“ガイズ”と“ナミル”が左右に弾けた。
 縦横に雪上をのたうちころげまわり、あいついで火の手をあげた。
「ひゃっほう!」
 叫ぶマヤに、ジルジスは、
「まだいるぜ」
 あびせかけた。
 ぎくりとするよりはやく――
 漆黒の姫君とほぼ同時に側方から突出していた“アイス・ナグワル”の深紅の機体が、サイドヴュウから一気にトップに踊りでる。
 否――
「ちょ……なにあれ」
 すっとんきょうなマヤの指さすフロントヴュウを見て、今度はジルジスも目をむいた。

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