タッグ

 

「わ!」
 叫びざま、再度激烈なGがコクピットを襲う。フロントヴュウに、ふりまわされたタイガーパターンの補助腕が残像を残し、そのむこうから樹幹が急迫。
「わわわわ!」
 叫びながらステアリングを左右にふるい、かろうじてマヤは衝突コースを回避した。
 くそ、と毒づきながらふたたび加速。
「いまのはヤバかったな」
 のんびりとした口調で、ジルジス。
 必死の操縦をしながらマヤは、
「もう、なんでそうおちついてられんの、ジルはもー。直撃くらったら、転倒じゃすまなかったよ。だからあんな星マークつけるのやめようっていったのに。あれじゃ、ここぶってくださいっていってるようなもんじゃない」
「パンチングボールか」はははとジルジスは笑う。「もしヒットしてたら誰よりもやつら自身が、予想以上の効果に唖然とするだろうな」
「だーかーらー、ひとごとじゃないってのにもー。も一度、いってみるよ」
 おう、と答えるジルジスは無視し、ふたたびマヤは集中した。
 あざやかに機体をあやつりながら、眼前を左右にゆれるタイガーパターンの動きにじっと見入る。
 隙は、いくらでも見出せた。さそいだろう。ならば、それに乗ってみるのも手だ。
 決意して、一気に接近をかける。
“ナミル”の機体がわずかに側方に流れた。“フック”の予備動作だ。
「ふん」
 鼻をならしてにやりと笑う。
 そのまま加速すると見せかけ、いきなり逆方向にまわりこんだ。
 が――裏の裏があった。
 予備動作がぴたりととまった――と見るや、さらに“ナミル”は逆に旋回する。
 補助腕が、ぶんとうなりをあげて急迫。
「わあ!」
 反射的にマヤは、“バドラ・ブドゥール”の補助腕で攻撃を受けた。
 サスペンションでは吸収しきれぬ衝撃が、がんとくる。スピン寸前。
 悲鳴をのみこみ腕を走らせる。
 驚異の機体制御が、どうにか暴走を抑えこんだ。
 が、つめた距離がまたもや離される。
「ちくしょー、こうなりゃ、裏の裏の裏だ」
 むきになっていいつのり、ふたたび加速。
 その背後から、
「やめとけ、マヤ。敵さん、ボクシングにかけちゃとてつもなく腕が冴えてるぜ」
「じゃ、どうしろってのさ」
 抗議の言葉に、ジルジスは肩をすくめてみせるだけ。
 もう、と鼻をならし、マヤはいう。
「三位とか四位争いじゃ意味ないっていったのはジルだよ」
「つってもなあ」
 ぽりぽりと後頭部をかきながら、気のなさそうな口調でジルジス。
“ナミル”のパイロットもまた、技量にかけては突出している。“アイス・ナグワル”の機体コントロールを即座にコピーしてのけたこともそうだが、それ以上に、この障害地帯で旋回などという狂気じみたまねを、おそらくは計算ずくで展開している点など、驚愕という言葉ではとても形容しきれぬ超絶技巧だ。その点だけをとってみれば、“アイス・ナグワル”のパイロットをもしのいでいるといっていい。
 マヤのしかけたかけひきも、これまでのところ裏の裏まで見切られている。さらに裏をいくと見せかけて正攻法でつっこむなど、考えられるパターンはまだまだいくらでもあるが、それが通用する相手だとも考えがたかった。
 といって、とり得る手段はほかにない。
 ひとつをのぞいては。
 そのひとつを――ジルジスが切りだすよりもはやく、呼びかけてきたものがあった。
「マヤ」ジルジスはにやりと笑う。「横を見ろ」
「横って――」
 とまどいつつサイドヴュウに視線を走らせ――
 眉根をよせる。
 幾本もの樹々をあいだにおいてはいるが、その動作は簡単に識別できた。
 深紅の機体――“アイス・ナグワル”が、その補助腕をくるくる、くるくると、定期的にふりまわしているのだ。
 動作としてはまるで無意味だ。方向転換はあいかわらず前脚二本のみで行っている。“ガイズ”に対抗する動作でもない。
 となれば――
「合図?」
「そういうこったな」
 笑いながらジルジスはうなずく。
 瞬時ぽかんとしていたが、マヤはすぐにうなずきかえす。
「わかった!」
 いいつつ、パンチをくらってややひしゃげた補助腕をあげ、おなじパターンで“アイス・ナグワル”に合図を返した。
 深紅の補助腕がぴたりととまり――マニピュレータをVの字に立ててよこす。
「よーし」マヤは歯をむきだして獰猛に笑う。「こっちもタッグだ」

「あ……なんか、動きがシンクロしてるよ」
 空港で待っていた地元唯一のパトロール・フライアにあわただしく乗りこんでようやく人心地ついたころ、コミュニケータのモニタに見入っていたザシャリがふいに口にした。
 むろん、ジュニーヴルも気づいていた。
 ほぼ横一列にならびながら、それぞればらばらに動いていた後続二台のうち、まず深紅のほうが強引なアタックをやめ、距離をあけられないことに専念し始めた。空港エントランスから出てフライアをさがし始めたときのことだ。
 ついで、奇妙な腕ふり動作を“アイス・ナグワル”は見せはじめ――それからしばらくもしないうちに“バドラ・ブドゥール”が呼応したのだ。
 展開の予想に、胸が高鳴る。むろん、一刻もはやく現場にかけつけることが最大の急務だが、それでもフライアをさがすより、ついついザシャリの手のなかのモニタに視線が釘づけられてしまう。
 先方が率先してこちらに声をかけてくれたのは、ジュニーヴルにしてみればまったくありがたいことだった。なだれこむようにバックシートに乗りこみながら、礼やあいさつの言葉もそこそこに、画面にかみつくような視線を投げかけた矢先――その連動が開始されたのである。
 それまでやみくもにトライをくりかえしていた“アイス・ナグワル”と“バドラ・ブドゥール”が、前方をいく二機にプレッシャーをかけはじめる。
 同時に左右にひろがり、間をつめ、併走し、またひろがる。
 みごとなコンビネーションだ。あらかじめ打ち合わせがあったといわれても、まったく不思議には思うまい。
 対して“ガイズ”と“ナミル”のほうは、かなり激しく幻惑されているようだ。
 単独でアタックをしかけられたときは、それぞれ自機の後続にのみ注意をくばっていれば充分だった。が、二機がコンビネーションを組んでしかけてくると、そうはいかない。
 漆黒と深紅、それぞれの機体がまるでランダムに、入れかわり立ちかわりあちらにこちらにとアタックしてくる。二機同時につっこんでくることもあれば、それぞれ時間差攻撃を加えてもくる。さらにブラフや突然の方針変更もおりまぜるので、予測がたてがたくなったのだ。
 その上、“ガイズ”と“ナミル”それぞれが互いの障害となっていた。ブロックをかけると、併走する機体と接触しそうになるのだ。もちろん“アイス・ナグワル”と“バドラ・ブドゥール”がそうし向けているのだろう。
「だいぶ様相がちがってきたね」
「ええ」
 ジュニーヴルは唇をかみしめる。上の空だ。なぜ自分は手に汗握っているのだろう――冷静で客観的なもうひとりのジュニーヴルが、頭のなかでつぶやく。
 ゴール地点が刻一刻と近づいているのに、自分たちがそこにかけつけられるかどうかが、どう考えてもぎりぎりのタイミングだから? それもあるだろう。
 盗賊のたくらみがどこにあるのか、いまだに見当もつかないから? それもあるのかもしれない。
 だがそれ以上に――昂揚しているのだ。
 おそらくは、このレースに見入る多くのひとびとと同じように、卑劣な手段で主導権を握ろうとする者たちに対して、いよいよ虐げられていた者たちが反撃の火の手をあげたことに、昂揚しているのである。
 盗賊シャフルードを、捕縛しようという立場のジュニーヴルが。
 いいわ、と永久刑事は心中つぶやく。
 せいぜい舞台をもりあげておきなさい、シャフルード。クライマックスは、あなたのチャンピオン・シップと、それから優勝カップをもつ手にかけられた手錠。
 胸にさげたペンダントのさきの、深紅の宝石をピンと指ではじく。
「楽しみだわ」
 つぶやきにザシャリはちらりと視線をあげ――何かこわいものを目撃したごとく、目をまるくしながら身をひいた。

「ペースダウンしてるわ」
 最初に口にしたのは、ルビーだった。
 あるいは、チャンドラ翁はそれ以前に気づいていたかもしれない。無言で、ただ重々しくうなずきかえす。
 レースになどほんとうは興味をもてない少数の追従派をのぞき、室内のだれもが疑問を視線にこめてルビーを見つめる。
「共闘することで、赤いのと黒いのは活路を見出そうとしている。虎模様と、迷彩のはなんとか阻止しているけどもう限界ね」
「でも、樹林はあとすこしで終わりですよ」
 とティーズ。
 言葉どおり、おそらくは五分以内に樹林はつき、先頭グループは最後の大滑走地帯に入るだろう。
「そうね。タイミングとしては、かなり微妙だわ。どうなるかはわたしにも見当もつかない。ただ、先頭の四機が四機とも、動きが複雑になったぶんだけペースダウンしてるのよ」
 それがどうした、というのが、チャンドラ・シンをのぞく全員の疑問であっただろう。第二グループに視線を転じると、たしかに距離をつめてきてはいるが、先頭争いにもつれこむほど切迫しているようにも見えない。
 が、その疑問にルビーは、指をさすことでこたえた。
 ひとびとの視線がいっせいに、白い細い指がさし示すさきに移動し――
「あ!」
 異口同音に、驚愕の声があがる。

「すごいな、あいつら」
 ゴール地点わきにこんもりと盛り上がった雪山に繁る森林の樹上で、遠視スコープに見入りながらラエラはつぶやく。
 電子的に増幅された視界のなかで、言葉どおりのデッドヒートが華々しく展開されていた。
 先頭をいくタイガーパターンと迷彩の動作はすでに支離滅裂で、自滅寸前だ。それでも、いまにも断ち切れそうな琴線上で、奈落ぎりぎりのアクロバットを盛大に展開している。
 後方から肉薄するマヤたちともう一機は、それに比べれば秩序立って優雅に見えるが、やはり死神がいましも肩に手をかけようとしていることに変わりはない。
 思わず、笑みがもれる。
「あいつらしいよ」
 つぶやき――
 視界の隅に違和感をおぼえて、スコープの位置をそっと横にずらした。
 信じがたい光景が、そこにあった。

mail to:akagujo@hotmail.com