交差戦

 

“ディーヴァール”とはイレム語で“壁”を意味する。ひらたくいえば、時空歪曲場により攻撃をふせぐ、フィールド・バリヤの一種である。
 コンピュータ制御によるシステムが、敵の攻撃を感知してフィールドを展開し、防御するのである。
 大量のエネルギーを消耗する上、システム自体に限界が存在するために、永久に攻撃を防ぎつづけるわけにはいかない。敵の火力や攻撃の頻度等に比例してジェネレータが次第に加熱し、それを放置しておけば爆発する場合もある。ゆえに一般的には限界をこえる前に、自動的にシステムダウンするよう設定されている。
“シャハラザード”も基本的にはそうである。ただ、レイとレイの父であるプロフェッサー・ジンドの組み上げたシステムは非常にすぐれたもので、一般的な量産型ジェネレータと比較すると倍近い耐久力を保有している。
 それでも相手が三隻、という状況下である。
 ディスラプター・キャノンなら、相手を歪曲場ごと引き裂いてしまうのでなんら問題はない。だが通常兵器による砲撃戦、となれば話はちがってくる。
 そしてさらに致命傷を与えてはならない、という制限が加えられている。
 ザハル王が、宣言どおりほんとうにこちらを撃沈するつもりで攻撃を加えてくるかどうかも、戦闘の帰趨にはおおいに関係してくる。
 迫りつつある高速戦艦は、ふつうの戦艦と比較すると兵装はやや威力が落ちる。通常航行におけるスピードを第一に考慮した設計の戦艦だからだ。
 それでも戦艦は戦艦だ。
 長射程の光子弾、パルスレーザーなどに加えて、短射程大口径ブラスターも装備している。
 匹敵する装備は“シャハラザード”にもあったが、相手が三隻という点がネックだ。
 システムの優秀さを計算に入れても、圧倒的に不利な状況であった。
 となれば、とりうる方法はひとつ、とジルジスは判断したのである。
 交差戦。
 敵ディーヴァール・システムのダウンを待たず、高加速で接近して双方のフィールドを接触、干渉させて中和し、そのあいだに砲撃をたたきこんで離脱する。
 勝負は、一瞬で決することになる。
 さらに、フィールドの中和がどういったタイミングで起こるかは予測不可能とされているので、通常のコンピュータ制御による攻撃は不可能なのだ。
 したがって砲撃手の、経験の蓄積による一瞬の判断がすべてを決することになる。
 いつもならば、その役目はラエラがになう。
 銃火器を使った戦闘は、ラエラの独壇場だ。それが戦闘機や戦艦の装備であってもラエラの場合はかわらない。深い知識と経験にうらづけられたたしかな腕があった。
 が、ジルジスにはラエラほどの確実さはない。
 それでもラエラがジルジスに席をゆずったのには、もちろん理由がある。
 この交差戦が経験による判断以上に勘を必要とした、いわば神だのみじみた不安定さを内包しているからであった。
 考えるまでもなく、勘、という視点からしてもラエラという女性は常人とはかけはなれたものをもっている。
 だがことその点に関しては、ジルジスのそれのほうがはるかに勝っている、というのが“イフワナル・シャフルード”たちの共通した見解であった。
 ジルジスの勘は異常なほどに発達している。
 超能力の一種なのではないかと思えるほどに勘がいいのである。測定値にはあらわれないためジルジスがシャーイルであるとは考えられないが、かなり強力な予知能力の保有者にくらべても、このジルジス・シャフルードという男の勘は遜色はない。否、危機的な状況下にあればあるほど、それは優秀な予知能力者でさえ足もとにもおよばないような冴えを発揮するのである。
 数々の伝説を残すジルジスの実体の、まさに根幹をなすのが、この勘のよさと断言しても過言ではない。
 そのために、ラエラはだまって席をゆずったのだった。

『敵光子弾が発射されました。弾着まであと三十二秒』
 シャハラのフラットな口調がコクピット内に流れる。こたえるものはなかった。
 反撃もしない。敵ディーヴァール・システムをダウンさせる意図がない以上、接触以前の攻撃は無意味だった。
 マヤが緊張した面もちで、パイロットシートに背をあずける。
『ディーヴァール・システム作動。被弾します』
 シャハラが宣告し、つぎの瞬間、艦体が轟音とともに激しく震動した。
『ディーヴァール・システム、異状なし。被害はありません。つづいて敵光子弾、三発が接近中。弾着まで五秒。ディーヴァール・システム作動。被弾します』
 さきとは比較にならぬ激しさで、ふたたび轟音と震動。
『ディーヴァール・システムに異状は見られません。敵艦接近、パルスレーザーの照射をうけます。システム続行』
 内臓からゆさぶられるような衝撃が激烈に艦内を襲いはじめる。
 レイが歯をくいしばりながらコンソールにしがみついた。胴部固定アームに、肩と腹がたてつづけにうちつけられて、激しくくいこむ。
「ひどい気分だ」
 ぼやく声音が上下にゆれた。
 ジルジスが、声をたてて笑う。
『先頭の艦に接近します。あとはおまかせします、ジルジス。接触は約五秒後』
 いってシャハラの声は沈黙する。
 壮絶な震動に見まわれる艦内で、ジルジスはヘッドアップ・ディスプレイにつつまれた顔をうなずかせた。激しくゆさぶられながら、目には焦慮のかけらも見られない。
 敵高速戦艦の巨体がみるみる接近してくる。迫りくるルベン転換鋼の巨体が、異様な量感をともなって映しだされた。
 ぺろりと、ジルジスはくちびるのはしをなめあげた。
 両眼部分をおおったヘッドアップ・ディスプレイ内部に、仮想立体映像が交錯する。戦闘に必要な各種データと様式化された画像が、仮想映像で表示されるのである。
 言葉もなく、瞬時にしてコンソール上にジルジスの操作の手がひらめく。
 右舷ブラスター・キャノンが野太いエネルギー束で虚空を切り裂いた。
 灼熱の光条が敵戦艦、機関部と居住部のはざまを、あざやかに上下にはしりぬけた。
 爆光が膨張する。
 すれちがう敵艦の後部が、すばやく分離し、放棄された。対艦戦は敵艦の機関部を破壊できればまちがいなく勝てる。ただし、機関部の爆発に居住部がまきこまれないよう、わざわざ相手に損傷部分離の余裕を与えるのは至難のわざだ。
 それをジルジスは、みごとにやってのけたのだった。
 リアヴュウに映しだされた巨大な爆光が、ドプラー変移をおこして青紫色に遷移していく。
『さらに二艦接近。中央突破します。接触は約十五秒後。右側がわずかに突出しています。パルスレーザー被弾。ディーヴァール・システム、四十パーセントにダウン』
「シャハラ、ブラスターをのぞく全武装を全解放。左右の高速艦にむけて、ありったけぶちかませ」
 ジルジスは、野獣のように獰猛に笑いながらいった。
『了解。命令を実行中』
 シャハラザード艦体各部に収納されていた各種砲塔がいっせいに開口し、両舷の高速戦艦にそれぞれ集中砲火をあびせはじめた。
 同時に、レーザーの真紅の光束が左右からあびせかけられる。接近するにつれ、それに敵ブラスターの砲撃も加わった。防御システムの性能がみるみる下降していく。
『ディーヴァール・システム、ダウンします』
 ついにシャハラが宣告した。
 そのときにはすでに、コンソール上でジルジスの手は舞踏のように優雅に踊りはじめていた。
『右舷高速戦艦のディーヴァールが出力低下。まもなくシステムダウンします』
 シャハラがそう告げたとき、両舷に装備されたブラスター・キャノンがジルジスの命をうけ、灼熱の牙と化して左右の高速戦艦に襲いかかった。
 同時に、敵の放ったブラスターもシャハラザードの船体をなめた。
 耳もとで無数の銅鑼をうち鳴らされたような凄絶な轟音がひびきわたった。
 四肢がばらばらにひきちぎられそうな激烈な震動が艦内をふるわせ、狂おしく意識を撹拌する。
『右舷搭載艇格納庫被弾。左舷エンジンノズル被弾。左舷ディーヴァール・ジェネレータ被弾。エンジン・ノズルを分離します。消化システム、作動中。出力二十パーセント・ダウン』
「敵艦はどうなった?」
 叫ぶようにしてききながら、ジルジスはモニターにかみつくような視線をやった。
『左舷側の高速戦艦は機関部を破壊されて分離後、戦線を離脱。居住部に深刻な損傷は見られません。右舷側の高速戦艦はディーヴァール・システムを完全に中和しきれず、ブラスターの照準にわずかに狂いが生じたようです。ディーヴァールそのものはシステム・ダウンにより完全に沈黙したものの、破壊は不充分。四つの機関部のうち、第二補助エンジンのみ損傷、第四補助エンジンとあわせて分離ののち、反転にかかっています。追撃の体勢です』
 ききながらジルジスは状況を目で確認していた。くそ、とうめく。
「逃げきれるか?」
『不可能です、ジルジス。オーヴァードライヴ可能域に達する直前に、敵光子弾の射程内に入ると推測されます。ノズルの損傷が悔やまれます』
 恒星系内、とくに惑星などの巨大質量の付近では、重力場と磁場が複雑に交錯するために超光速航法(オーウァードライウ)に入ることができない。オーヴァードライヴに突入することさえできれば追撃はふりきれるが、その前に追いつかれるだろうとシャハラはいうのである。
「よしわかった」とジルジスはいった。「敵射程外ぎりぎりにまわりこんで反転だ。迎えうつ」
 レイも、マヤも、そしてシヴァまでもが、目をむいてふりかえった。
 受けてジルジスは、にやりと笑った。
「勝ち目がないぞ、ジルジス」レイがいう。「いや……敵もディーヴァールが使えないから、五分五分か」
「システムの性能なら、こっちのが圧倒的に上だぜ、レイ。そうだろう? こっちのが射程がながいんだ。敵の射程外からじわじわあぶってやる。勝ち目はあるぜ」
 ふん、と鼻をならしてレイは笑った。
「勝手にしろ」
 マヤも、蒼白の顔をしながらジルジスにむかって微笑んでみせる。
 あいかわらず無表情のまま、シヴァもまたうなずいてみせた。
「よし」と、ジルジスはいった。「いけ、シャハラ」
『了解しました。高速反転開始』
 シャハラザードはゆるやかに弧を描きはじめる。
 ジルジスはコンソールに手をのばした。
 待つ。
 やがて、シャハラがいった。
『敵高速戦艦、追撃航路から離脱。サディレシヤへの帰還軌道にのります』
 なんだと、とレイが目をまるくしていった。
「敵はこっちの性能は把握していないはずだ。なぜ逃げる?」
「おじけづいたんじゃないの?」とマヤが口をひらいた。「きっと、あのくされバカ王、最初の戦艦か、もうひとつのエンジンやられちゃったのに乗ってたんだよ。指揮官うしなったら、戦意もなくなっちゃうもんでしょ」
「それはどうかな」
 つぶやいたきり、レイはだまりこむ。
 ジルジスも、無言のままモニターのなかで遠ざかっていく敵高速戦艦の噴射プラズマの光をながめやっていた。

「もういい」
 遠ざかるリアヴュウのなかの“シャハラザード”の光をながめやりながら、ザハル王は疲れたように、先刻口にしたセリフをもう一度くりかえした。
「もう、いいんだ」
 自分にいいきかせるようにして、さらにつぶやく。
 シートに深く身をうずめて、ため息をつきながら目をとじた。
 それっきりザハル王は、その姿勢でながいあいだだまりこんだままでいた。
 疲労とかなしみが、そのおもてを深く沈ませていた。

 すわっている者を卵型につつみこむエアバッグが、ふいに音を立てて左右にわかれていった。
「終わったようですね」
 シートから身を起こしながらラエラが口にする。
 コクピットに隣接するコンパートメントであった。
 半身をおこしながら、サフィーヤ姫は夢からさめたような顔をして、目をしばたたいた。
「どうなったのでしょうか……?」
「シャハラ、どうなった?」
 ラエラがきいた。
『敵高速戦艦のうち、二隻を航行不能の状態にしました。のこりの一隻は、反転離脱。サディレシヤへの帰還軌道に乗っています』
 ラエラがいぶかしげに眉をひそめる。
 サフィーヤ姫は、しばし考えるようにしてだまりこんでいたが、やがて、ちいさくつぶやいた。
 ザハルさま、と。
 ラエラは、そんな姫君に視線をやり、しばし見つめた。
 それからいった。
「それでは、サフィーヤ、まいりましょう」
「あ、はい」
 姫君はさきに立って歩きはじめたラエラのあとにつづく。
 てっきりコクピットにむかうもの、と思いこんでいたが、ラエラは通廊をはさんだ反対側のコンパートメントの前に立った。
「サフィーヤ。この船には、実はもうひとり乗客がいるんです」
 姫君の顔を見つめてラエラはいった。
 え、と姫は女盗賊を見かえす。
 ラエラはあわく笑ってうなずいた。
 それから、コンパートメントわきについているパネルのボタンをおした。
 しばしの間をおいて、自動扉がつつましやかな音を立てて左右にひらく。内部の人間が操作したのだろう。
 手をさしのべてラエラは、サフィーヤ姫に室内に入るよううながした。
 姫は、いぶかしげにラエラを見かえしながら、とまどい気味に室内に歩み入った。
 ラエラはついてこず、背後で扉のしまる音がする。
 そしてシートからひとつの人影が立ちあがるのが、姫君の視界のすみに映った。
 眉をひそめながらそちらに目をやり──
「サフィーヤ」
 万感の想いをこめて呼びかけてくる人の姿を前にして──姫君は信じられぬようにおおきく目を見ひらき、両手で口をおおった。
 いっぱいに見はった両の瞳から、みるみる涙があふれだす。
「サフィーヤ。しばらく見ないうちに、またいちだんときれいになったな」
 こちらも涙で目をうるませながら、長身の貴公子然とした人物はいざなうようにして、両手をおおきく左右にひらいた。
「お──」泣きながらサフィーヤは、感きわまったように口にした。「おにいさま」
 そのまま一直線に、サフィーヤ姫は兄アリシャール王の胸のなかへと飛びこんでいった。

 

mail to:akagujo@hotmail.com