軌道への飛翔
やみくもに銃撃をくらわせる。
ガンシップの兵装はパルスレーザーがメインだが、重装甲のデザートガレーにはとうぜんのごとく歯など立つわけがない。
目的はさそいだしなのだ。
プレッシャー目的だけの銃撃を加えて敵をさそいだし、あとは全力で逃げだせばいい。
十機もいるから、何機かはその場に残ってようすを見るかもしれない。
その場合は、こまめに戻って個別にさそいだしをかけるしかない。
が、指揮官を欠いているせいか、デザートガレー部隊の動きはにぶかった。
そのために目の前にいすわられて立ち往生させられもしたが、運がよければ今度はこちらの思いどおりに動いてくれるかもしれない。そういう計算だった。
そして敵はまんまとそれに乗ってきた。
デザートガレーは銃撃をうけるとすぐに、つぎつぎに離昇を開始した。
ジルジスたちは踵をかえして逃走に移行する。
糸にひかれるようにして、順々にすべての浮遊戦車が追跡にかかった。
「どんぴしゃだ」
マヤが快哉を叫ぶ。
そのまま二機のガンシップは、浮遊戦車の軍団をひきつれて廃虚の方向に移動を開始した。
大口径ブラスターが、右に左に機体をふりながら逃走するガンシップを追ってつぎつぎに熱線をぶっ放す。
灼熱のエネルギー束にあぶられて、半壊したビルがつぎつぎに破壊されていった。
背筋が凍りそうな威力だった。
コンクリートの街路は高熱のために煙をあげながら一瞬で軽石状に変質し、撃ち砕かれたビルの建物がまっぷたつに割れて街路に崩れ落ちる。
しかも重装甲を誇示するように、障害物をつぎつぎに体当たりで破壊してまわりながら追跡してくる機体もあった。
ひどい破壊だった。
が、二機のガンシップはあざけるように尻をふりながら砲撃をかわしつつ、廃虚をぬけた。
密林部にさしかかったところで、十機ぜんぶが追撃してきていることを確認する。
「よし。あとは全力で逃げるぞ」
ジルジスがいいざま、マヤは待ってましたとばかりにエンジンを全開にした。
シヴァもそれにならう。
からかうようにデザートガレーをひきつけていたガンシップ二機が、いきなり全速力で逃走を開始したのを見て、追撃隊はあわをくって必死にあとを追いはじめた。
砲撃を放ちまくるが、デザートガレーの装備する大口径ブラスターの射程は、きょくたんに短かい。大出力の代償に射程距離を犠牲にしているのだ。
すぐに射程外に逃げられてしまい、いっそうむきになってデザートガレー部隊はやみくもに突進をつづける。
「ひっかかったね」
マヤがいった。
うん、とジルジスもうなずき、通信機に手をのばした。
「シヴァ。まだできるか?」
一拍の間をおいて返答がかえる。
『できる』
「よし、反転してそいつを敵にぶつけろ。それから、こっちにこい」
『承知した』
いいざま、シヴァの乗ったガンシップがくるりと反転した。
追いすがる敵にむかって、ものすごいいきおいで突進をかける。
とまどったような間をおいて、浮遊戦車は砲塔を接近するガンシップにむけた。
いっせいに砲撃を加える。
集中砲火をあびて、一瞬でガンシップは燃える鉄くずと化して四散した。
そのときには、シヴァはジルジスのひざの上に瞬間移動を終えていた。
ガンシップは複座である。シヴァが移動してきてぎゅうぎゅうになってしまったが、そのことについてはふれずにジルジスはいった。
「よし。このへんでじゅうぶんだろう。そろそろ“アマーバーシャ”に帰るぞ。マヤ、こっちも反転して、特攻だ」
「はいはーい」
軽くいって、マヤは機体を反転させた。
みるみる、後続のデザートガレーに接近する。
「射程に入るぞ。シヴァたのむ」
のんきな口調でジルジスはいった。
シヴァがこたえた。
「できなくなった」
んー? と笑いながらジルジスはききかえし──顔色をかえた。
「なに?」
「えええっ!」
マヤも叫び、あわてて再度反転した。
エンジン全開で逃走にかかる。
真紅の熱線が、まとめて襲いかかってきた。
やみくもに機体を上下させて、かろうじてかわした。
「ばかやろう」急激なピッチングに頭をあちこちにぶつけながら、ジルジスはシヴァにいった。「てめえ、かんじんなときに“力”使えなくすんじゃねえよ」
「すまん」
とシヴァが無感情にあやまる。
マジュヌーンの“力”は、あてにはならないのであった。
一時間近くが経過して、待機する“アマーバーシャ”のもとへと一機のガンシップがほうほうのていで、よれよれと降下した。
機体のあちこちが、高熱にあぶられて変色、変形している。
「よくもまあ、ぶじに逃げてこられたもんだ」
おどろきあきれながらラエラが寸評した。
なだれ落ちるようにして三人がコクピットからはいだしてきた。
シヴァの白い仮面はあいかわらず無表情のままだったが、ジルジスもマヤも疲れきった顔をしている。
「あいかわらず無計画なやつらだ。バカどもめ」
つめたい顔で迎えながらレイがいった。口端には嘲笑をうかべている。
「うるせ」
いいかえす気力もない、といったふうにジルジスは、力なくそう口にしただけだった。
「陛下、どうかもう、これ以上無謀なことはおやめください」
リダー大臣が息をきらせながらようやく追いついてきたとき、ザハル王はすでに準備を終えてシャトルに搭乗するところだった。
コントロールルームのオペレータに指示を与えおわってラッタルをおり、ベースフロアに歩をふみだしたところへ、肥満した巨体をぷるぷるさせながら、汗だくで大臣があらわれたのである。
「だまれ、リダー。とめてもむだだ」
簡潔にいいながら王は、簡易スペーススーツの特殊ジッパーを首もとまであげる。
「いけません」
無視してそのまま搭乗しようとする王の前に立ちふさがって、リダー大臣はふうふうと息をつきながら両手をひろげてみせる。
「そこをどけ」
「いけません、陛下。どうかこれ以上、無謀なまねをするのはおよしくだされ。でないとわしは、亡きあなたのお父上にあの世で顔むけできなくなってしまう」
「安心しろ。おれは死なない」
「また理屈にあわぬことを。砂漠では分子弾に溶かされかかってしまわれたではございませぬか」
いわれて、王はだまりこんだ。
わかってもらえたものと大臣は安堵の息をつく。
が、王はいった。
「その点については、たしかにおれも気にかかっていたのだ」
「はあ?」
汗をふく手をとめて、大臣はききかえした。
その肩をぐい、とおしやり巨体をむりやりどかせ、王は搭乗口へとつづくラッタルに足をかけた。
「あ、陛下!」
「とめるな、リダー」
王は、すがろうとする大臣をラッタルの上から、ぎろりとにらみおろした。
ぎくりと、大臣の巨体が硬直してしまう。
獅子を思わせる凝視だった。
威圧感にあふれていた。
この凝視で、あのカシム星佐をだまらせたこともある。
王をなによりも王たらしめている目であった。
うぐ、と大臣は言葉をのみこみ、視線を気弱にはずすしかなかった。
「それより、調べておいてほしいことがある」
うってかわったおだやかな口調で王がいった。
は、と大臣はふたたび顔をあげて、王を見あげた。
ずいぶんと上昇した。
腰をおろしたストゥールの前にあるモニターをぼんやりとながめながら、サフィーヤ姫はそんなことを考えていた。
眼下の光景をうつしだしたモニターのなかで、砂漠の端にラグシャガートの市街がうつりはじめていた。
こんな位置から市街をながめるのは、はじめてだった。
意外にちいさな街だ、と姫は思った。
それとも、ちいさく見えるだけなのだろうか。
街のまんなかに、一直線にのびている巨大な道路があるのに気づく。
王宮の丘のふもとからでている、メインストリートだろう。
後宮の窓辺やバルコニーから、毎夜ながめやっていた道路だった。
その道路を、こんな角度から見おろしていることが、なんだかふしぎに思えてならなかった。
そして気づく。
サフィーヤ姫は、いつも自分の寝室からこの星の光景をながめていたのだ。
食事や、ちょっとした王宮内の散歩をのぞいて、ほとんどすべての時間を姫は数間つづきの自分の部屋でしかすごしてはいなかった。
そのなかでも、寝室の窓からぼんやりと、街のむこうの砂漠や空をながめているだけの時間がいちばん多かったのだ。
王は姫のふさぎこんだようすを嘆き、なにかと外へつれだそうとしたものだった。
街へいこう。王はよく姫にそういった。それとも砂漠がよいか。それとも山の頂上にいけば、ここよりもさらによいながめだぞ。
そのたびに姫はかなしい顔をして、首を左右にふったのだった。
陛下。わたくしがいきたいのは、わたくしのふるさとでございます。
そういうと、王は、傷つけられたような顔をしてだまりこんでしまうのだった。
故郷のことや、兄のことを姫が口にするたびに、王はそういう顔をした。
そして、呪文のようにこう口にするのだった。
だがそなたの故郷は、もうここなのだ──と。
そして王がそう口にするたびに、姫君はおのれがおかれた立場を否応なく認識させられるのであった。
自分には、もうふるさとは戻ってはこないのだ、と。
姫君は、次第にちいさくなっていくラグシャガートの市街をながめおろしながら、そんな想いをかみしめていたことを狂おしく思い起こして、ひそやかにため息をついた。
ザハル王は、姫君にはやさしかった。
ふさぐばかりの姫君に何くれとなく気をつかい、姫君のいやがることは決してしようとはしなかった。
それどころか、姫の心がほぐれるまではと、結婚式もいまだおこなわれてはいず、強引に姫君の操をうばいとるようなこともしなかった。
やさしかった。たいせつにしてくれているのだ、とわかっていた。
愛している、と口にされたことはなかったが。
そのとき、いくどとなく想起されたあの場面が、また姫君の脳裏にうかびあがった。
遠い、ザハルとアリシャールと、そしてサフィーヤ姫の青春時代の幻像。
吸いこまれてしまいそうに青かったハインの遠い空。
それを見あげる、精悍な顔をあからめた青年。
おれは、そなたの国とわが国とが手をとりあう日がくることを約束するぞ。
そう語った青年は、憧憬の目でおのれを見つめる姫君から視線をそらして、たしかにいったのだ。
そしてそのときには、おれは、そなたを──と。
それにつづく言葉はなんだったのだろうか。
姫はいくどとなくくりかえし、それを心のなかで問うていた。
いつかそれを、王自身の口からきくことができるのだろうか、と。
それとも、そう──このままサディレシヤをあとにしてひそかにふるさとへと帰還をはたし──そして、もう二度とそのあとにつづく言葉をたずねる機会がおとずれることはないのだろうか。
もういちど、姫はそっとため息をつく。
市街の全景のなかに、ちいさく緑にかこまれた場所があるのを、姫は見つけた。
サディレシヤ王宮であった。
広大な敷地も、こうして空から見おろすと、なんとちっぽけに見えるのだろう。
あそこで姫君は、半年近くもすごしてきたのだった。
砂漠を見つめながら。
言葉もなく姫は目をとじる。
この盗賊たちが、ここからつれだしてくれる。
そう考えていた。
帰ることができる。ふるさとへ。兄のもとへ。
もう二度と、ここに戻ることはないのだ、と。
目尻から──なにかがこぼれた。
それが涙であることに気づき、姫は自分でおどろいていた。
なぜ泣く必要があるのだろう。
涙が頬をつたうのを感じながら、サフィーヤ姫はそう自問していた。
そのこたえもまた、姫自身がよく知っていた。