アマーバーシャ

 

 その男は“千の頭脳”のレイ、として知られている。盗賊シャフルードの右腕、頭脳、知恵袋、そういった形容で語られる。そして実をいうと、それ以上のことはあまり口にされたことはない。“イフワナル・シャフルード”としてもっと劇的で神話めいた逸話をもった名前が、多くの場合は事実にもとる誤解の産物として口にされ、そういうもののごくあとのほうに、この名前がつけ加えられる程度である。
 むろん、これはまちがっている。
“千の頭脳”という呼び名は決してただのはったりではなかったし、かれ自身の口ぐせのように、この通り名をもつ男はたしかに、人類文明史上でもまれな頭脳のひらめきをもっていた。
 そして、まだ今ほどには盗賊シャフルードの名前が知られてはいなかったころ、だれよりもさきにジルジス・シャフルードとめぐりあい、反発しあい、そして最後にはだれよりも深く理解しあった男でもあった。
“千の頭脳”のレイ。世界を見つめ、そして求めつづける男。

「やばいな」
 樹木の陰からのぞきながら、ジルジスはいった。
「どうして、よりにもよってこんなところにとまってんだろうね」
 先行してたどりついていたラエラも、ぼやき口調でつぶやく。
 林の外部、潅木の群生部で五人は合流をはたしたものの、あとちょっとというところで動けずにいた。
 林のむこうがわに、十機のデザートガレーが停泊している。
 内部から人が出てきた気配はない。
 ティーズバードの残骸は、林ひとつへだてたむこうがわにあるはずだった。
 先行して到着しているはずのガンシップも、おそらくそちらがわに停められているのだろう。
 常識的に考えれば、デザートガレー部隊もそちらのほうに停泊するか、人員を乗せたまま街を目ざすはずだ。
 にもかかわらず、いちばん遭遇したくない相手が、いちばんいてほしくない位置にいすわっているのである。
「まさか、気づいてるわけじゃないよねえ」
 マヤがいった。
 だれもこたえられない。
 レイが降下に使った万能型探査艇“アマーバーシャ”は、デザートガレー部隊が停泊している真横にある。
 距離にして五十メートルと離れてはいない。
 ファンタムがかけられてはいるが、風や光の加減でときどき、波紋のようにそのりんかくがあらわれている。
 注意深く観察でもされないかぎり見つかる心配はないが、彼我にさえぎるものはなにもない。
 しかも、草原上である。
 よくよく見れば、草が多角形型にたおれこんでいるのが、遠目にもはっきりとわかる。
 もしそれが見つかったとしたら、単なるミステリーサークル、と思ってはもらえまい。
 探査艇なので、武装はほんどない。小口径のレーザーが二基、装備されているだけである。浮遊戦車相手には、蚊ほどの役にも立たない。
「ちくしょう。あいつら、どうして出てきもしないのかなあ」
 マヤが爪をかみながらつぶやく。
「さっき五、六人でてきた」とラエラがいった。「林のむこうにいったんだ。たぶん、ティーズバードやガンシップのようすを見にいったんだろう」
「そんなめんどっちいことすんなら、最初からガレーむこうにおけばいいのに。ねえ」マヤはいう。「レイも動けなくて困ってるだろうね」
 らちがあかなかった。
 このまま、デザートガレー部隊が廃虚を目ざしてふたたび移動を開始してさえくれれば、問題はなにもない。
 また、浮遊戦車をのこして歩兵が廃虚にむかってくれても、手のうちようはある。少数の見はりが相手なら、どうにか制圧することも可能だからだ。
 が、十機のデザートガレーがいすわっているかぎり、ジルジスたちには動きようがなかった。
 草原に身を隠して、草をゆらさぬように注意して移動すれば“アマーバーシャ”までたどりつくことはできるかもしれない。
 だが、運よく五人が探査艇に乗りこむことができたとしても、そこまでだ。
 ファンタム機能で光学的には不可視になっていても、エンジンをまわしながら上昇を開始すれば漏出する大量の赤外線を敵の目から隠しとおすことはとうてい不可能である。
 しかも、バール・システムを作動させるわけだから、老廃物である紫色の粒子も下方にむけて大量に吐きだされる。
 どう考えても、成層圏どころか十メートルと上昇しないうちに、デザートガレーの大火力による集中砲火をあびて、木っ端微塵にされるしかない。
 あるいは姫が乗っていることを敵が考慮してくれたとしても、みすみす見逃してもらえるわけにはいかないだろう。
 ち、とジルジスが舌うちをした。
「しかたがねえ。マヤ、もう一仕事だ。林を伝ってむこうがわに移動するぞ。ガンシップを奪ってデザートガレーに強襲かけ、やつらをこっからひっぺがす」
「わかった」
「おれもいこう」
 とシヴァがいった。
 ジルジスはうなずき、ラエラとサフィーヤ姫にいう。
「おまえたちはレイといっしょに待機していろ。すぐに戻る」
 わかった、とラエラはうなずいた。
 いくぞ、ともいわずにジルジスはふたたびマヤを背負い、移動をはじめた。シヴァがそのあとにつづく。
 ラエラとサフィーヤ姫はその場に残ってしばらく待った。
 動きがあったのは、十分以上もたってからのことだった。
 林のむこうがわからとつぜん、二機のガンシップが出現して、停泊するデザートガレーにむけてでたらめな銃撃を加えはじめる。
 とまどったような間をおいて、おもむろに浮遊戦車はつぎつぎに浮上を開始した。
 見るまに、十機すべてが逃げだすガンシップ二機を追って飛翔した。
 轟音が遠ざかるのを待って、ラエラがいった。
「いきましょう」
 つれ立って、草原に歩をふみだす。
 と、ふいに、ふたりの眼前で波紋のように空中が激しくゆらいだ。
 つぎの瞬間には、刷毛でキャンバスにさっと色をぬりだすようにして、青灰色にぬられた機体が出現した。
“アマーバーシャ”であった。
 鋭利なナイフを思わせたティーズバードにくらべて、こちらの機体はずんぐりとしたイメージがある。六角形をやや細身にし、ノーズをさらにやや前方にはりだしたような形である。
 乗降ハッチもティーズバードは機体下面にあったが、こちらのほうは側面がふたつに割れてゆっくりと上下にひらく形式だった。
 ラエラにつづいてサフィーヤ姫も、ためらいがちな足どりで機内に歩をふみいれる。
 コクピットもティーズバードに比べると広い。戦闘艇のほうは操縦席のあいだにせまい通路が一本あるだけだったが、こちらの機内は円形にコンソールがならんでいる。
 そのときサフィーヤ姫は、機体前方にあたる位置のストゥールに、ひとりの男が腰かけているのに気がついた。
「あの、お邪魔します」
 いった。
「ようこそ、サフィーヤ姫」気どった口調で歓迎の言葉がかえってきた。「どうぞご安心ください。いままで下でばたばたやっていたぼんくらどもとはちがって、私があなたの騎士の真打ちです。名前はレイ、とお呼びください。どうぞよろしく」
 いいながら男はつかつかと歩みより、きざなしぐさで姫の手をとると、その甲に軽くくちびるをふれた。
「あ、どうも。よろしくお願いします」
 とまどいながら姫はいった。
 男がにっこりと微笑んでみせる。
 長身だった。
 ジルジスも背が高いが、身長ならこの男のほうがもうすこしありそうだ。
 そのかわり、全体に華奢というか、ひょろながい印象は否めない。
 顔は、美男と分類してよさそうだ。切れ者、という感じでもある。ただ、どことなく神経質そうな印象もあった。たしかに野外をあばれまわるよりは、室内でコンピュータ相手にさっそうとコンソールをたたいている姿のほうが似合いそうだ。
 そして──やたらに口がわるかった。
「いやあ、あのバカどもの相手をさせられて、さぞかしお疲れのことでしょう。どうぞこちらにおすわりになってください。あいにくとコーヒーなどは切らしてますが、どうぞお許しを。なに、そのぶん私がお相手させていただきます。なにしろあのバカどもにひきずりまわされてこられたのですからね。私といっしょにいるとさぞほっとなさることでしょう。まったく、あのバカどもときたらほんとうに役立たずで、しょっちゅう人にめいわくをかけては平然としているそこつ者ばかりですから。相手をさせられるだけで、ほんとうに、心底、つくづくつねづね疲れはててしまいますよ」
 流れるような口調で一方的にまくしたて、はっはっはっと笑ってみせる。尋常ではない。
「へえ」と、はたから、助け船がはいった。「そんなにわたしたちは、バカで無神経なそこつ者かい。そりゃいいことをきいたねえ」
「いや、それは心外だなあ、ラエラ」レイは片手をふりながらラエラにむき直った。「もちろんきみのことは除外しての論評に決まってるじゃないか。きみの人格はすばらしいよ。あのバカどもとはまったく比すべくもない。とくに伝説の男気どりで黒ずくめのかっこうをした、そのくせぐうたら寝ているだけのあの愚か者などはすくいようがない。あいつにくらべたら、きみはまるで太陽のようだ。ああ、私はてっきりきみだけは私のこんな気持ちを理解してくれているものと思っていたのに。せつない。せつないぞ、ラエラ。この私の燃えるような恋心が、どうしてきみには伝わってくれないのか」
 芝居がかった、というよりは陶酔しきったしぐさで、レイは身ぶり手ぶりをまじえながらうたうようにいう。
「ばか」にべもなくラエラはいった。「だれが本気にするもんか。ひとの悪口ばかりいってると、人格うたがわれちゃうよ。姫さまの前でみっともないからおよしよ、まったく」
「そんな」ますますわざとらしいしぐさで、レイはよろよろとあとずさってみせた。「きみが私のことをそんなふうに思っていたなんて。なんということだ。くそ。それもこれもすべて、あのジルジスの責任だ。ラエラ、いいかげんに目をさますんだ。いいか、あのジルジスという男はな、誠実さのかけらもない浮気ものの淫乱で、女と見ればみさかいなく鼻の下をのばして尻ばかり追いかけたがる獣欲の権化のような男なんだぞ。さあ、いいかげんにあのバカと、この私のような、天才にして紳士にしてこの世でもっとも重要人物である人間とを天秤にかけるのはやめにするんだ。まったく、きみがこの明白にして賢明な選択をいまだになしえないというのは、私にとってはこの宇宙の創生よりもはるかに深淵にして不可解な神秘だとしか思えない。だいたいあのジルジスという男はだな、足はくさいし口はくさいし頭はわるいし性格はわるいし──」
 とどまるところをしらない悪口の陳列がはじまった。
 目をまるくするサフィーヤ姫を見て、ラエラは苦笑しながら肩をすくめるだけだった。

 ジルジスたち三人はデザートガレー部隊を迂回して、林の裏側にでた。
 ティーズバードの残骸からはすでに煙もでていない。
 その横に、ねらいどおりガンシップが十四機、ならんで横たわっている。砂漠で対峙したときより数がふえているのは、カシム星佐麾下の部隊もここに急行したせいかもしれない。
 周囲には、五人ほどの兵士の姿があった。
 銃を手にし、順にガンシップの内部を点検してまわっている。用心深い足どりだ。
 ようすからして、デザートガレー部隊から偵察に派遣された兵士だろう。
 どうやら先行部隊と連絡がつかないことを警戒し、動きを抑制しているらしい。
 三人は目を見かわし、うなずきあった。
「マヤ、射的はまかせたぜ」
 背負ったマヤにジルジスはいう。マヤがうなずく。
 潅木づたいにシヴァが移動するのを待って、合図とともに二方向からとびだした。
 走りながら銃撃を加える。
 兵士たちの反応もはやかった。
 二人は、それぞれの最初の攻撃で行動不能におちいらせることができたものの、残りの三人はすばやくガンシップの陰に身を隠してしまった。
 さらに計算外の二人の兵士が、停泊していたガンシップのコクピットから顔をのぞかせて迎撃を開始する。
「くそ」
 うめきながらジルジスは、強引に突進をしかけた。
 時間との勝負だ。
 いままさに兵士たちは、すぐ裏に位置する本隊に連絡をおくっていることだろう。
 ガンシップを強奪する前にデザートガレーに出現されては、八方ふさがりだ。
 が──危惧するまでもなかった。
 シヴァがいたからだ。
 銃撃のただなかに、ジルジスよりもさらに強引に、まるで身をさらすようにしてシヴァは、もっとも手近のガンシップを目ざした。
 銃火が集中したが、すべてシヴァの手前で、見えない壁にはじき飛ばされた。
 兵士たちは狂ったようにやみくもに集中砲火をあびせる。パニックにおちいっているようすが、ありありと見てとれた。
 対してシヴァは、ほとんど無頓着といっていいほど無造作な動作で、のんびりと反撃を加えている。
 下生えに身を隠しながらジルジスは舌をうっていた。
「ちくしょう。あのやろう“力(ティール)”が出てきてるんなら、そういえばいいのに、ったく」
 口ぶりとは逆に、顔は笑っていた。
 すぐに、シヴァが新たに二人を撃ちたおし、手近のガンシップに侵入した。
 エンジンが咆哮し、すかさず上昇を開始した。
 そのすきにジルジスとマヤも、背後から地上にいた兵士に接近してかたづけ、コクピットをしめて反撃にでようとしているガンシップに飛びついて、強引に兵士をひきずりだした。
「よし。いくよ」
 パイロット席におさまったマヤがエンジンを起動させ、背後の席のジルジスにむけて片目をとじてみせる。
 浮上し、まず手近に着陸している戦闘機を破壊した。
 それから二機のガンシップはあいついで飛翔を開始し、林の裏側のデザートガレー部隊に殺到した。

 

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