マジュヌーン

 

 耳ざわりな銃撃音がまきおこった
 そして、たてつづけに放射された熱線が──ラエラの眼前の空間で、目に見えない壁にはじかれるようにしてまばゆく八方にスパークした。
「なに?」
 星佐は目をむき、さらに銃撃を加えた。
 結果はおなじだった。
 光条は──ラエラに達する直前で、花火のようにはじけ飛ぶばかりだった。
 ぼうぜんと、カシム星佐はラエラを見つめる。
 対してラエラは──こちらも、驚愕したように目をまるくして、眼前でまきおこった怪現象を見ていたが──カシム星佐と目があうや、ふいににやりと笑った。
「おめえ……」星佐がつぶやく。「超能力(ティール)を使えるのか」
「わたしじゃない」応えてラエラはいった。「わたしの援軍さ」
「ばかな。おめえの仲間はぜんぶ──」
「ここにひとりいる」
 と──星佐の背後から、抑揚を欠いた声がそういった。
 うぐ、とうめき星佐は硬直した。
「銃をすてろ」
 背後の声が、無機質に命ずる。
 銃をすてようがすてまいが、どうでもよさそうな口調だった。
 すてなければ、引きがねを引くだけのことだ──声はそういっているのだった。
 なおもカシム星佐はぼうぜんとしていたが、やがて、くそ、と吐きすてながら手にした銃を足もとに落とす。
「ご協力どうも」
 いいながらラエラが、のんびりとした動作で捨てられた銃をひろう。
 壮絶な形相で、カシム星佐はラエラをにらみつけた。
 ぱちり、とラエラは片目をつぶってみせる。
「ちくしょう、白ぬり野郎か」
「マスクだよ、シヴァの顔はね」
 いいつつ、銃口を星佐にすえたまま数歩あとずさる。
「動くなよ」
 いれかわりのように背後からシヴァが声をかけ、頭のうしろで手を組んだ姿勢の星佐の身体検査をはじめた。
「てめえ、アタルヴァンか」
 おとなしくされるがままになりながら、カシム星佐は憎々しげにきいた。
「いや」とシヴァは無感情にこたえる。「マジュヌーンだ」
「くそ。ぬかったぜ」
 星佐は吐きすてた。
 アタルヴァン、マジュヌーンとは、異能力の持主をおおざっぱに分類したイレム語の呼びかたである。
 アタルヴァンとは念動力系の超能力(ティール)の使い手をさす言葉である。念動とは手をふれずにものを動かしたり、見えない壁をはりめぐらしたりする能力などのことをさす。分類としてはこれらに、瞬間移動など空間的な異能も含まれることが多い。
 対して、感応力系の力の使い手は一般に、シャーイル、と呼ばれる。テレパシーや予知能力などの使い手がこのシャーイルである。
 そしてマジュヌーンは、厳密にはこのどちらにも含まれない。というよりは、どちらにも限定されない場合が多い。
 一般に、アタルヴァン、シャーイル、ともに素質をもつ者が訓練によってその能力を恒常的に使えるようになった場合に冠せられる呼称である。
 いきおい、軍関係の専門施設出身の人間がその大半を占めることとなる。民間の研究施設でも能力の開発はおこなわれているが、その絶対数は軍関係のそれと比較するとまだまだ圧倒的にすくない。
 そして、こういったたぐいの能力者は概して、念力系と感応力系とがはっきりわかれている。アタルヴァンとシャーイルをかねている能力者はごく少数なのだ。
 開発される以前は、両方の素質をもっている者もまれには存在する。だが、訓練をとおしてより適性のある一方の能力をのばしていくうちに、もう一方の系列の能力はまったく使えなくなってしまう場合がほとんどなのである。
 そしてマジュヌーンは、そういった訓練をうけていない異能力者の総称なのである。
 とうぜんのことながらその能力は未分化で未開発、そのあらわれかたも一定しない。爆発的な能力を発揮することもあるが、意のままにその能力をあやつることはたいていの場合できない。体調や気分などにも大きく左右され、不定期にしかその能力を使えないのである。
 得意能力は個々でちがってくるが、なかにはいろいろな能力をあわせもっている者もいる。訓練をうけた異能者にはほとんど見られないような、念動系と感応系の両方の力の使い手もすくなくはない。
 もっとも、いつでも意のままに使えるというわけでは決してないので、実用性には決定的に欠けている。何カ月もまったく能力が使えるきざしがなかったあげく、まったく気まぐれに必要もないときにひょいと力が顕現する、といったことのほうが多いのである。
 そしてなかには、これも訓練された能力者には見られないような爆発的、破壊的な力を発揮する者も多数存在するらしい。
 このシヴァという男は、そのマジュヌーン、未開発の異能力者だというわけである。
 しかも、ブラスターの直撃を、それも離れた場所において“見えない壁”で無効化してしまう、というさきほどの能力からして、かなりの潜在力を秘めていると考えられる。
 また感応系の力も、おそらくは無意識的に駆使しているようだ。
 白いマスクに他人の顔を付着させることで、外見のみならず性格や性癖までをも身近な人間にさえ区別がつかぬほど完璧に同化させてしまうなど、無意識にであれ感応力を用いているとでも考えなければ説明がつかないのである。
「てめえ、王宮にいるときから、力が使えるようになってたのかよ」
 ふてくされた口調で星佐がきいた。
「いや」とシヴァは無感動にこたえる。「能力が働きだしたのは、ついさっきだ」
「くそが」とカシム星佐は毒づき、つばを吐いた。「都合よくこんなときに力を使えるようになりやがってよ。詐欺だぜ、てめえはよ」
 シヴァはこたえず、黙ったまま星佐の身体検査をつづける。
「くそ。許せねえ」
 なおもぶつくさいう星佐に、ラエラが思わずくすりと笑いをもらした。
 カシム星佐は口をへの字にひん曲げ──
 そのとき、しゃがみこんで星佐の脚部をうしろからまさぐっていたシヴァの懐中で、ぴぴぴとアラームが鳴りはじめた。
 ラエラの視線が、瞬時、星佐から離れる。
 カシム星佐は目をむき──シヴァの腹に、蹴りをくらわせた。
 いちかばちかの不意うちだった。
 が──みごとにはずれた。
 蹴りあげた足は空をなぎ、後頭部に打撃がたたきこまれた。
 うめきながらカシム星佐は、どさりと地にたおれ伏した。
「あら。油断もすきもないねえ」
 のんきにラエラがいった。
 シヴァは無表情に懐中に手をやり、カード型のコミュニケータをとりだす。
『レイと連絡がとれた』ジルジスの声がそういった。『E5―1200。Q1だ』
「了解した。ラエラと姫もここにいる」
 わかった、とジルジスはこたえて通信が切れた。
「十五分後だ。時間がない」
「わかった。いきますよ、サフィーヤ」
 いいかわし、三人は走りだした。
 瞬間、カシム星佐ががば、と立ちあがり、中腰のまま走りだした。
 舗石の上に残された、ラエラのブラスターに手をのばす。
 が、それにたどりつく前に、星佐は手もとに銃撃をうけた。
 つづいて肩口に激しい衝撃をくらい、たおれこんだ。
「ほんっ、と、油断もすきもないねえ」
 感心したように、銃をかまえたままラエラが口にした。
 銃口からは煙が立ちのぼっている。
「安心できねえなら、殺せ、このばか」
 ふてくされて星佐は吐きすてた。
「そうもいかん」
 ふたたび背後で、シヴァの声がした。
 ぎくりとして星佐はふりかえりかけ──後頭部に手ひどい打撃をうけて、今度こそほんとうに昏倒した。
「毒蛇は頭つぶしちまうのが、いちばん手っとりばやいんだけどねえ」
 ため息とともにラエラがいった。
「いこう」
 コメントはかえさず、シヴァが無感情にいう。
 三人は合流ポイント目ざしてふたたび走りだした。

「わ」
 と叫びながらマヤは首をひっこめた。
 頭上を熱線がかけぬけ、背にした壁を撃ちぬいて破片をふらせる。
「ひい」
 と下生えに身を隠しながら走る。
 片足をひきずっていた。
 熱線を左足に受けたのだ。
 距離があったためにダメージは大きくはない。だが、足が思うように動かなくなっている。
 銃の強奪には成功したものの、その直後に、敵にいいポイントをとられてしまったのだ。
 援護と前進を交互にくりかえしながら、敵は徐々に接近してきている。
 背後の建物に、いい位置に窓が口をひらいていたが、どうしても飛びこむ気になれなかった。大蛇の記憶がなまなましかったのだ。
 が、このままではいずれ追いつめられてしまう。
 がん、とふたたび顔面わきでコンクリートがはじけたのを機に、マヤは思いきって窓のなかへと飛びこんだ。
 ぎゃあ、とものすごい声を立てながら無数の鳥がいっせいに飛びたった。
 極彩色の鳥の一群だった。
 思わず、わあ、とおどろきの声をあげたが、あんなにたくさん鳥がいたならヘビは巣くってないだろう、と思いあたって胸をなでおろす。
 そのまま建物の内部をまわり、裏側にでた。
 最前までマヤのいた地点目ざして移動をつづける兵士たちの背後にでる。
 銃撃を加えようとして──硬直した。
 ひとりの兵士が身をひそめた大木の上から──さっきのと同じ種類らしい大蛇の巨体が、首をのぞかせていたのだ。
 大顎をひらき、今しも兵士をのみこもうとしている。
 兵士のほうはまるで気づいてもいない。
「あぶない」
 叫びざま、マヤは大蛇の頭部めがけて熱線を放った。
 光条をあびて、衝撃に激しく左右にゆれながらヘビが憎悪の視線をマヤにむけた。
 しゃあ、と威嚇する。
「もう、やめてよう」
 泣き声をあげながら、マヤはさらにトリガーをしぼりつづけた。
 ぎょっとして腰をぬかした兵士が、いざりながら後退する。
 ほかの兵士も顔をのぞかせ、一瞬、怪物の姿を見つけて凍りついた。
 が、すぐにマヤの存在に気づき、半数の兵士が銃口をむけてきた。
 ためらいなしに攻撃をしかけてきた。
 残りの半数は、大蛇のほうを撃ちまくる。
「あん、恩知らずどもめ」
 ぶつくさいいながらマヤは後退した。
 敵を一掃する絶好の機会がまたたくまにうしなわれ、かわりにまたもや窮地に追いこまれてしまったのだ。
 退却しようとして──背後からも銃撃をうけた。
 下生えに身を隠す。
 そのままの姿勢で移動する。
 足が痛い。
 やみくもに撃ちこまれる敵の攻撃が、次第にマヤから逃げ道を奪っていった。
 必死に突破口をさがしたが、むだだった。足をやられたのが、致命的だった。
「銃をすてろ」
 ふいに背後から声がかかった。
 ためらいなく、マヤは命令に従った。すすんで銃をほうりなげ、頭のうしろに手をまわす。
 いきなり撃たれなかっただけでも、感謝すべきだった。
「よし。うしろをむいたまま、ゆっくり立ちあがれ」
 いわれるままに、マヤは足の痛みをこらえて立ちあがった。
 よし、と背後の兵士はいった。
「ほかに武器はもって──」
 そのとき、割りこむようにして、さらに背後から叱責口調のどなり声がひびいた。
「おい、敵は容赦なく射殺しろと命令がでているのを忘れたのか!」
 げ、とマヤは目をむいた。
「は、しかし、この者はおとなしく武装解除に応じています」
 上役らしい相手に、背後の兵士がいう。
 そうだ、がんばれ、とマヤは背後の兵士を応援した。
 が、近づいてきた上役は非情だった。
「ばかもの。一隊の指揮官はカシム星佐だぞ。捕虜などとらえたら、かえってあとがめんどうになる。殺してしまえ。命令だぞ」
 物騒なことをさらりという。
 人質に使ってもいいじゃないかあ、と心のなかで上官にむかってマヤは抗議した。むろん、効果はない。
「はやくしろ。できないなら、おれがやる!」
 督促に、背後の兵士も不承ぶしょう「ヤー・シフ」とこたえた。
 銃をかまえ直す気配。
 これまでかあ。
 マヤは思い、かたく目をとじた。
 銃声が鳴りひびいた。
 二発。
 ──つづいていくつかの銃声が、たてつづけに重なりあった。
 しばらくして、それがふいに静まりかえる。
 おそるおそる目をひらき、ふりかえった。
 ブラスターを肩口にあて、のんびりと近づいてくるジルジスの姿があった。
「あらかた、かたづいたぜ」
「ジル!」
 マヤは叫びながらジルジスに走りよった。
 目じりに涙がにじむ。
 飛びついた。
 抱きとめ、ジルジスはいった。
「なんだ。足をやられたのか」
「うん。ごめん」
 マヤは泣きながらいった。
「バカ」
 ジルジスは、こん、と少女の額をこづき、抱きあげたマヤを地面におろして背中をむけた。
「特別におぶってやる。あと十分ほどでレイがくる。急ぐぞ」
 うん、と泣き笑いの顔でマヤは、ジルジスの背中に飛びついた。
 ひょいと身軽に盗賊は立ちあがり、無造作に歩きはじめる。
 妨害もなく、街をぬけることができた。どうやらジルジスの言葉どおり、ほぼすべての歩兵が、行動不能におちいっているらしい。
 潅木のしげるなかを、しばらく走りつづける。
 そしてふいに──ジルジスは立ちどまった。
 合流地点にごく近いあたりだった。
 時間的にも、むかえが降下してきているタイミングだ。
 まわりに敵は見あたらない。
 あとすこしいけば、この難儀な逃走行もフィナーレをむかえられるはずだった。
 が、ジルジスは立ちどまったまま、動こうとしない。
「どうしたの?」
 マヤはきいた。
「きこえねえか?」
 ジルジスがききかえす。
 いわれてマヤは、耳をすました。
 すぐに、マヤにもきこえてきた。
 重々しいエンジン音。
 それも複数。
 森のむこうがわに、もうもうと砂煙が立ちのぼっているのも見えた。
 デザートガレーが、ついに追いついてきたのだった。

 

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