密林の激闘

 

「歩兵ばっかりだね」
 樹幹に身をひそめて銃をかまえたまま、マヤがいった。
 ジルジスは無言でうなずく。
 砂漠でおきざりにした追撃隊の先頭部隊が、追いついてきていいタイミングだった。
 となれば、戦闘機で先行していた兵士に、ティーズバードが炎上した地点でガンシップでかけつけた追手が加わり、徒歩で移動してきたのかもしれない。
 足のおそい浮遊戦車隊が追いついてくるまでには、もうすこし時間がかかるはずだ。
 重装甲のデザートガレー相手に対抗できるだけの武器は、手もとにはない。爆発寸前のティーズバードからじゅうぶんな装備をもちだす余裕など、とてもなかったのだ。
 だから、できればデザートガレーが姿をあらわす前にけりをつけてしまいたかった。
 さいわい、これまでの応酬で歩兵の半数以上は戦闘不能にしたはずだ。
 ただし、不安材料がもうひとつある。
 ブラスターのエネルギー残量だ。
 ジルジスは半分以上を消費している。
 かたわらの樹陰にひそむマヤに視線をむける。
 少女はなさけなさそうに首を左右にふってみせる。
「あと十発も撃てば、エネルギー切れ」
「わかった」
 ジルジスはいって、あごをふった。
 打ってでるぞ、という意味だ。
 敵の兵士から、武器を奪う算段だ。
 マヤも無言でうなずきかえす。
「六人か?」
 ジルジスがきいた。
 マヤは首を左右にふる。
「八人。ほら、あそこ」
 指さしたさきに、樹木にさえぎられて見とおしのききにくい場所に位置するビルがあった。
 窓から、銃口がのぞいている。
「なるほど」
「ちょっと待って。さらに修正。十人にふえたよ」
 マヤの指さすさき、下生えがかすかにゆれていた。
「わかった。半分ずつだ」
「じゃ、ボクこっち」
「よし」
 短くいいかわし、そのままなんの合図もなしに、ふたりは同時に樹陰からとびだした。

 敵の銃撃がふりかかる。
 マシンブラスターだ。
 たてつづけの弾着が、樹から樹へと走るふたりを追った。
 かまわずふたりは、援護も何もなしに二手にわかれて疾走した。
 ジルジスはある程度走ってから、手近の樹木にとりついた。
 猿のように身軽に、見るまに枝から枝へとのぼりつめる。銃撃が追ってきたが、間一髪でジルジスの動きのほうがはやい。
 すばやく樹上にでると、そのままなんのためらいもなく、となりの樹に飛んだ。
 宙を舞う影を追い、幾条もの熱線が移動する。
 反撃はまったく加えず、ジルジスはさらに移動する。
 手近にいた二人組に接近した。
 パニックになった兵士たちが、やみくもに撃ってくる
 光条は見当ちがいの方角をないだ。とつぜん頭上から敵があらわれたのだ。パニックも手伝って、まともな照準ができずにいるのだろう。
「ふん」
 鼻をならしてジルジスはブラスターを撃った。
 けりはすぐについた。
 遮蔽物にたどりつくよりさきに、二人組はそれぞれきき腕の肩を灼かれてうずくまった。
 出力はおさえてある。致命傷ではない。
 だがショックで、二人とも銃をとり落としていた。
 ジルジスは飛びおりた。
 別方向から放たれた熱線が、それまでジルジスがいた樹上をないだ。
 かまわず、ジルジスは敵の二人が起きなおるよりさきに突進し、まとめて体当たりをくらわせた。
 手にしたブラスターの銃把で、手近の相手の側頭部をたたきつけた。
 うめいて兵士はうずくまる。
 そのときには、もうひとりの兵士はたおれこみながらも、とり落とした足もとのブラスターに飛びつこうとしていた。
 ジルジスはそのブラスターを強引に、足をのばして蹴りつけた。
 砕けた舗石上を銃がころがる。
「動くな」
 飛びだしかけた兵士のうしろから、ジルジスはいった。
 銃口をその後頭部にむけていた。
 兵士が硬直する。
「わるく思うな」
 いってジルジスは、兵士の後頭部を蹴りつけた。
 一撃で昏倒する。
 うめいているもうひとりにも、首のうしろに手刀をたたきこんで、きちんと気絶させた。
 そして地におちたマシンブラスターをひろいあげた。
 同時に、背後から怒声があがる。
 考えるよりさきに、足が地を蹴った。
 かたわらに密生する樹木のなかに飛びこむ。
 あとを追って、銃撃が舗石をたたき割った。
 ジルジスは樹幹に身を隠しつつ、収穫したマシンブラスターで敵の足もとをなぐように掃射をくわえる。
 下生えから身をのぞかせていた敵が左右に散る。
「よし。これでなんとかなる」
 ちいさくつぶやき、ジルジスはふたたび樹陰をつたって移動をはじめた。
 そのとき、ぴぴぴと音がなった。
 首にまいたチョーカーの宝石からあがった音だ。
 ジルジスは移動を中止する。
 敵の位置を確認しながら死角に身を隠し、首もとに手をのばした。
 血のように赤い宝石をかこむ装飾部の一端に、つい、と指をふれる。アラームは鳴りやんだ。
「コール“シャハラザード”」
 ジルジスは低くつぶやいた。
 同時に、耳もとのピアスがオルゴールの音を発しはじめる。
 ジルジスのコミュニケータだ。ピアスが受信器、チョーカーのルビーが送信機になっている。オルゴールは相手へのコール音だ。
 すぐに、こたえが返ってきた。
『どうした』
 軌道上のレイである。
「ティーズバードがおしゃかにされた。迎えにこい」
『ばかめが』レイは憎々しげに答える。『私に頭脳労働以外の仕事をさせるなと、何度いえばわかるのだ、おまえたちはまったく』
「いいからすぐこい。でないとラエラが死ぬぞ」
『しかたがない』ほんとうにしかたがなさそうに、通信機のむこうでレイがいった。『おまえのことはどうでもいいが、ほかの連中はかわいそうだしな』
「位置はわかるか?」
『待て……よし、確認した。地形を確認する。よし。ポイントE1―1500あたりでどうだ?』
 ジルジスはすばやく位置関係を計算する。
「いや、そこだとティーズバードの残骸がある。敵がうろついている可能性がある。E5だ」
『よし。距離は1200。時間はQ1』
「たのむ」
 ジルジスはいい、ふたたび身がまえた。

「よし、銃をすてて両手をあげろ」
 いいながら髭面の男──カシム星佐は、油断なく銃をラエラの心臓にポイントした。
 ち、と舌うちひとつ、ラエラはおとなしく言葉にしたがって、銃を足もとに落とし、両手を頭のうしろで組んだ。
「よし」星佐はサフィーヤ姫に視線をうつす。「あんたもだ、姫」
 傍若無人な口調でいった。
 ラエラはひそかに舌うちをする。
 姫を戦力と考えていたわけではない。眼前の男のぬけ目のなさが、気にいらなかったのだ。つけいるすきがない。
 姫は目をまるくしたが、おとなしく従い、ラエラとならんで手を頭のうしろにまわす。
「よーしよし」にやにやと、いやらしい笑いをその髭面にうかべながらカシム星佐はいった。「動くなよ。ええ? でないと、おまえらのそのきれいな顔に、みにくいやけどのあとができちまうぜ」
 慎重な足どりで樹木のあいだをぬって近づいてくる。
「よけいなことは考えるんじゃねえぞ。おまえらはぜんぶで五人だろ? 二人は、おもてのほうでおれの部下どもとやりあってる。もうひとりも、見当ちがいの方向に走り去っていくのを確認しておいたからな。援軍は来やしねえ。絶対にな。あきらめな」
 いいながら、足もとに落とされたラエラのブラスターを蹴りつけて遠ざけ、さらにゆっくりと近づいてきた。
 やがて、手のとどく距離まできた。
 すきあらば飛びかかってやろうと、ラエラは敵をにらみつけた。
 が、無造作な足どりに見えて、眼前の髭面の男の動作にはむだも油断もない。
 にやにやと笑いながらカシム星佐は、手にした銃の先端をラエラのあごの下にさしこんだ。
 銃口を、愛撫でもするように首もとにすべらせる。
「いい女じゃねえか」舌なめずりをしながらいった。「もったいねえな。ここで死ぬなんてな」
 ぴくりと、サフィーヤ姫が反応した。
「殺すのはやめてください」
 哀願口調でそういった。
「もちろん殺しゃしねえよ。あんたはな」カシム星佐はいった。「だが、こっちのねえちゃんはダメだ。油断のならねえ目つきしてやがる。ちょいとすき見せたら、とたんにのどもとにかみついてくるって目つきだ」
 いいながら、ぎらぎらとした目でラエラの顔を、なめまわすように見た。
 それからふいに、つ、とあとずさり、ふたたび銃口をラエラの胸にむけた。
「そういうわけで、あばよ」
 トリガーにかけられた指が、なんのためらいもなく引かれた。

 

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