廃虚

 

「だめですな。あと三日は目をさまさないそうです。まったく、あの男もだらしがないわい」
 王宮でザハル王をむかえたリダー大臣が、ほんもののティギーン将軍の容態をたずねられて口にしたセリフがこれだった。
 いつもなら苦笑しながらきき流す王も、今日ばかりはむつかしい顔をしたままだまりこんでいる。
「それと、例の分子弾の分析結果がでたそうです。まったく、こんなことは本来わしのする仕事ではないのだが」
 と、なおもぶつぶついいかける大臣をさえぎるように、王はきく。
「結果はどう出た? やはり不発弾だったのか?」
「それが陛下。機能的に問題はまったくなかった、ということですぞ。いやあ、運がよろしかったのでしょうな。カシムのばかものが先走ったことをしたばかりに、あやうく盗賊めに溶かされてしまうところだったのですからな」
 うむ、と、おもしろくなさそうに王はうなずいた。
 そして、ひとりごとのようにいう。
「しかし、ならばなぜだ、シャフルード。攻撃をうけてから、おれに報復するだけの時間ならじゅうぶんにあったはずだ」
「なに、しょせんは盗賊ふぜいのすることです。とつぜんレーザーの直撃をうけて、あわをくって報復することも忘れてしまった、とでもいったところでしょう」
 そうは思えん、と、王は内心でつぶやいていた。
 月光を背にたたずむ影が発散するオーラは、まちがいなくほんものだった。たかがあの程度の攻撃を受けたくらいで、あわをくってわれを忘れるとは考えられない。笑いながら起爆装置のスイッチをおしたはずだ。
 ならば、なぜか。
 カシムへの罵詈雑言をならべはじめた大臣の饒舌をきき流しながら王は、眉間にしわをよせたまま考えこんだ。

「わかったわ。むかし、この都市の郊外でエネルギー衛星の暴走事故があったのよ」
 手にしたコミュニケータのデータ・バンクを検索していたラエラが顔をあげていった。
「暴走事故だ?」ジルジスがあきれたように眉根にしわをよせてききかえす。「ずいぶんとずさんだな」
「の、ようね」ラエラがさらにデータをスクロールさせながらいう。「出力調整のきかなくなったレーザー波をうけて、エネルギー変換施設が全壊。汚染が確認されたために住民は避難命令をうけて、それ以来廃虚のままらしいね」
「なるほど」
 いってジルジスは、惨状をさらけだしたゴースト・タウンに視線をむけた。
 草原に不時着したティーズバードから離れ、近くに見えていた都市に移動してから小一時間が経過していた。
 戦闘艇は自爆装置を作動させ、粉みじんになっている。エンジンが完全にやられていたために、ほうっておいても爆発はしていたのだ。搭載された各種の最新技術をかけらでものこしていくわけにはいかなかったための処置である。
 その場で携帯食糧をわけあい、すぐに移動をはじめて、今ようやく都市の端にたどりついたのだ。
 ところが、戦闘機のコクピットからちらりと垣間みた都市は、たどりついてみれば人っ子ひとり見あたらない廃虚であった。
 そこでラエラが、レイの手配でコミュニケータのデータ・バンクにしこんであったデータを検索した結果が、上の会話である。
「汚染の影響は残ってるの?」
 マヤが不安そうに周囲を見まわしながらきいた。
 建造物はのきなみひび割れ、荒廃の影が街全体をぬぐいがたくおおいつくしている。背後にひかえる密林の先端部、熱帯樹林の浸食も、どうやらはじまっているようすだ。
「それはだいじょうぶ。ただ、エネルギー照射衛星の暴走は変換施設を全壊させるだけにはとどまらなかったらしくてね。街中を横断するようにして、レーザー照射が雨あられとふりそそいだみたいなんだ。で、街の損傷がひどすぎて復興のめどはまるで立ってないってことらしい」
「なるほどね」
 とマヤは立ちならぶビルの残骸をながめながらつぶやく。
 五人はゆっくりとした足どりで廃虚内部へと歩をすすめた。
 足もとのアスファルトや舗石はひび割れ、あちこちにもりあがりができている。そしてそういったひび割れや、もりあがった部分の頂点などから、ふりそそぐ陽ざしの熱波をうけてやわらかくなった部分を引き裂くように植物が顔をだし、街路をおおいつくしているのである。
 ビル群にもからみつくように蔓植物がおいしげり、周囲からは無数の鳥の鳴き声がひびきわたっていた。
 崩れかけた窓々からのぞく枝の上に、あざやかな色をした鳥がかるい足どりで遊びまわり、時おり葉むらをふるわせて連鎖反応的に無数の影が飛びたつ。
「なるほどね」心なしか顔を青ざめさせて、そんな周囲のようすをながめやっていたマヤがもういちど口にした。「これじゃ、復興しようとしても一からやりなおさなきゃしようがないもんね」
 先頭をいくジルジスは、ものめずらしげにあちこちをながめやっている。
 そして比較的原型をとどめた、損壊度のひくそうな建物を見つけ、立ちどまってしばしながめあげた。
 そのうしろで、マヤはそんなジルジスを、うかない顔で見た。
「ちょっと、入ってみよう」
 懸念どおりのセリフを、ジルジスが口にした。
 やっぱり、とマヤは顔をしかめる。
「いー。やめようよ。なにが出てくるかわからないよ」
「だがレイと連絡がとれるようになるまでにはまだ時間がある」いいながらジルジスは、すでにすたすたと建物の入口目ざして歩きはじめている。「これから陽ざしだってどんどん強くなる。いつまでも当てもなく歩いてるわけにもいくまい」
 炎上するティーズバードからでた直後、コミュニケータを使って一行はレイに救援を要請しようとしたのだが、連絡がつかなかったのである。
 計算してみると、周回軌道上をめぐっているレイは、いま、ちょうど惑星の裏側あたりにいるらしかった。中継局を経由させれば連絡をとれないわけではないが、それをやるとジルジスたちのいる場所ばかりでなく、軌道上でファンタム状態で身をひそめているレイの居場所まで敵につつぬけになってしまう。
 その上、コミュニケータでは出力が低いために、ダイレクトに連絡をとれる時間はごくかぎられることとなる。
 つまりそれまで五人は、敵に見つからぬよう身をひそめているくらいしか、できることはないのだ。
「うう、待ってよう」
 半泣きでマヤはジルジスを追った。三人もそのあとにつづく。
 屋内にふみこむと、外界ほどは熱帯樹林の浸食もすすんではいなかった。ひび割れから植物がつつましく顔をのぞかせている程度である。
 ジルジスは無造作な足どりで奥へとどんどんすすんだ。
 そして、手近の部屋の前にたった。
 ドアが半壊している。
 蹴りとばしてそれを完全に破壊し、なかをのぞきこんだ。
「ほう」
 とつぶやく。
「なにかあったの?」
 ききながら、おそるおそるマヤは、ジルジスのわきの下から顔をだした。おちつかなげな視線をめぐらせる。
 すぐに、うす暗い部屋のすみに、巨大な土のかたまりのようなものが盛りあがっているのに気がついた。
「なんだろう」眉根をよせながらマヤはつぶやいた。「土砂くずれでもあったのかな」
「ああ、なるほど」おなじ方向に視線をやりながらジルジスがいった。「いわれてみれば、土が盛りあがってるようにも見えないことはないな」
「あれ土じゃないの?」
 じゃあ何さ、といいかけてマヤは──ぎょっと目をむく。
 土色のかたまりが、うごめきはじめたからだった。
 無秩序に巻きこまれた太い土色のロープが、見えない手でするすると巻きとられていくような動きだった。
 ぐ、とマヤは息をのむ。
 なおしばらく、その巨大なものがずるずると動きつづけるのをながめやったあげく、いった。
「だからやめようっていったのにい」
 泣き声になっていた。
 ぐいぐいと、ジルジスの黒い衣服のそでをひく。
 うごめいているのは──ヘビであった。
 それも、頭部が人間の胴体ほどもある、とてつもない大蛇である。
 シューと、二股にわかれた舌をちらつかせながら、巨大な爬虫類は無機質な目でジルジスとマヤをにらみつける。
「いくらなんでも、育ちすぎだよう」
 泣き顔でマヤはいう。
 ジルジスは笑いながら、腰帯にたばさんだブラックメタルのブラスターをぬいた。
 しゃあ、とヘビの頭部が、弾丸のように飛びかかってきた。
 同時に、灼熱の光条がうす闇のよどんだ室内にひらめいた。
 どさ、と巨大なものが床面におちる。
 きゃあ、とかんだかい悲鳴をあげてマヤは頭を抱えながらその場にしゃがみこんでしまった。
 おちたのは、大蛇の首であった。
 炭化した切断面から異臭をはなつ煙をあげながら、まがまがしい視線をジルジスとマヤにすえたまま、くぱあ、と大顎を全開にする。そのせいで巨大な首はごろりと、床面でころがった。
 口をとじる。
 またごろりと、もとに戻った。
 それからまた大口をひらいて威嚇するようにふたりをにらみつけた。ごろり。
「やだもう、首もげちゃったのに生きてるじゃないか」
 頭を抱えこみながら涙声でマヤはいう。
「ヘビってのはああいうもんだ」
 平然とジルジスがいった。
 ごろん、ごろんと、大顎の開閉をくりかえすたびに床面でころがりつづける大蛇の首の背後では、巨大な胴体がどたんばたんともつれあい波うちながらもがきまわっている。
「よし」
 といってジルジスはブラスターをもとの位置におさめ、腰をぬかしたままのマヤをひょいと抱きあげて部屋をあとにした。
 階段を見つけ、かるい足どりでのぼりはじめる。
 三人があとにつづく。
「ちょっとお、ジルぅ」と抱きあげられた姿勢のまま、マヤは情けなげにいう。「こんなぶきみなビル、もう出ようよう」
「ほかの建物だって、なにがいるか知れたもんじゃないだろう」平然とジルジスはいった。「それよりゃ、あんなどでかいやつがひそんでたんだ。ここなら、ほかにゃそれほど危険なやつはいるまいさ」
 理屈になってるんだかなってないんだかよくわからないことをいう。
 いやだよう、出ようようとマヤは泣き声をあげつづけたが、かまわずジルジスは二階にあがると、わざわざ大蛇がひそんでいた部屋の真上にあたる場所に歩をふみ入れた。
 壁に蔓植物がはっているほかには、たしかに生きているものはいないようだった。
「よし」
 といってジルジスは窓際にマヤの小柄なからだをそっとおろし、そのとなりにどさりと腰をおろした。
「やだってば、こんなとこ」
 となおも泣き言をこくマヤを見て、つづいて入ってきたラエラが苦笑する。
 シヴァは部屋には入らず、入口わきの階段部分に腰をおろした。
 それを横目におっかなびっくり、サフィーヤ姫も室内に歩をふみ入れた。ただしこちらは、マヤほどにはおびえていない。巨大爬虫類を直接目にせずにすんだからかもしれない。
 どうやら異状はなさそうだと見てとって、息をつきながらサフィーヤ姫は、腰をおろしたジルジス・シャフルードに視線をむける。
 目をまるくした。
 壁にもたれて自堕落な姿勢になった伝説の盗賊は──目をとじて、やすらかな寝息をたてていた。
「まあ」
 と姫君は思わず声をあげた。
 どうやら伝説の盗賊は、一瞬で熟睡してしまったらしい。
「寝てしまわれたの?」
 信じられぬ、といいたげに、ラエラのとなりに腰をおろしながら姫君はいう。
 苦笑しつつラエラはこたえた。
「この男は、いつもこんな感じなんですよ。とても伝説にうたわれているのと同一人物とは思えないでしょう?」
 姫君は、眠っている盗賊と苦笑するラエラとを交互に見やり、口もとを両手でおさえたままうなずいた。
 ラエラは笑いながらうなずきかえす。
「ふだんはまあ、こんなもんです。そういえば、砂漠でわたしたちが追いつめられたときも、ぎりぎりまで出てこなかったな、こいつ」
「きっと眠りこけてたんだよ!」ジルジスのとなりでマヤが、憤然といった。「ボクたちがあんな目にあってたってのにさ」
 こんとこぶしで、伝説の男の額をこづく。
 ジルジスは、むう、とうめいていやいやをするように虚空を片手でないだ。
 それからふたたび寝息をかきはじめる。
 見るからに太平楽な姿であった。
「もう」
 とマヤはくちびるをとがらせる。その口もとに心なしか、好意的な微笑がうかんでいるようにサフィーヤ姫には見えた。
「うえ」そんなサフィーヤ姫のようすには気づかぬまま、マヤは窓の外にちらりと視線をやった。「下のヘビ、まだ元気に動いてるみたい」
「気にすんな」こともなげにラエラがいって、背後の壁に背をあずけた。「サフィーヤ、わたしたちもすこし休みましょう」
「こんな、首もげたヘビが下であばれてるようなとこでおちついて休めるわけないよ」
 ぶつぶつとマヤが苦情を口にする。
 心中同意するサフィーヤ姫のとなりで、ラエラは目をとじたまま苦笑した。
 やがて、ラエラも寝息をたてはじめる。
 あきらめたのか、眠っているのかどうかはともかく、マヤもまたジルジスに身をもたせかけて目をとじていた。
 野鳥の鳴く声が、破れた窓の外からきこえてくる。
 下方からは、かすかに、なにか巨大な質量のものがどすんばたんと動きまわっている音もひびきわたってきた。
 このひとたちは、こんな状況でよく寝ていられるものだ、とサフィーヤ姫は感心した。
 考えてみればたしかに、マヤもラエラも昨晩から一睡もしていないはずだ。
 だが、サフィーヤ姫は酔って多少の睡眠をとっていた。
 まとまった睡眠時間ではなかったかもしれないが、熟睡はしていたらしい。
 その上、神経がたかぶっていた。とてもジルジスやラエラのように眠れそうにはなかった。
 階段のところで、あのシヴァというひとも眠っているのだろうか、と考える。それとも見はりでもしているのだろうか。
 ため息をついて姫も壁に背をあずけ、ひび割れた天井や窓外に視線をさまよわせた。
 夜は明けきって、空は真っ青に晴れわたっている。
“銀の夜”の、伝説の盗賊の登場でしめくくられたきのうのできごとが、ぼんやりと頭のなかをめぐった。
 そして、切なく、狂おしい炎を宿して自分を見つめる、ザハル王の顔がうかんだ。
 それから、遠い思い出のなかの青年の顔も。

 

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