墜落と浮上

 

 ほぼ同時に、肩口にサフィーヤ姫を抱えあげたまま砂上に片膝をついたラエラが、すばやくボルト・ランチャーをかまえた。
「ちょろいぜ」
 ぽつりとつぶやき──
 砲身から白熱光が吐きだされる。
 雷鳴音で周囲を激しくふるわせながらプラズマ弾が飛翔し、二機のガンシップのあいだに割って入った。
 ダメージは与えなかったが、衝撃で二機はおおきくぶれながら左右にはじける。
 その下に立って、マヤが第二弾を発射した。
 至近距離からプラズマ弾をあびせられ、一機がよけるひまもなく機体後部に被弾した。
 火を噴きながら宙をよろめき、斜滑空しながら墜落する。
 ずど、と砂煙をあげて接地し、左右に砂塵を盛大にまきあげながらそのまま前方へ滑走する。
 爆発。
 噴きあがる爆煙を背にして、脱出シートらしきロケット噴射がふたつ、夜空を遠ざかっていく。
 同時に、三機めの頭上でラエラの放った第二撃が爆発した。
 ぎりぎりでダメージを回避できる距離だが、追われるようにしてガンシップは地上にむけて大きく後退する。
「もうちょっとだ!」
 その下方で、マヤが叫んだ。
 まるでその声がきこえたように、ラエラが第三撃をぶっ放す。
 さらにガンシップを地上へと追いやるようにして、プラズマの壮絶な光球が上空で爆散した。
 ガンシップのランディング・リグが、ずざりと地上に接地して砂煙をあげる。
「うわちちち!」
 火の粉がふりかかってくるのにとびあがりながら、マヤはボルト・ランチャーを思いきりよく砂上に捨てて、ガンシップめがけて走りだした。
 浮遊しかかるところへ、ランディング・リグにとびついた。
 もがきながら懸垂の要領で身をひきあげる。
 が、体勢をととのえないうちに、眼前で扉が横にスライドした。
 ハンドガンを手にした兵士が、風と砂を片手でよけながらあらわれる。
 銃口をマヤにむけた。
 トリガーにかけられた指に、力がこめられる。
 まにあわない──マヤは奥歯をかみしめた。
 つぎの瞬間、兵士は肩口から血をしぶかせてからだをおよがせた。
 地上にどさりと落下する。
 ラエラの射撃だ。上下に激しくゆれながら滑空する標的に、おどろくほど正確な一弾である。“千の目”と彼女が通称されるゆえんであった。
 ふう、と吐息をつきながらマヤはリグの端に足をかけ、ようやく完全に足場を確保した。
 見おろすと、砂上にうずくまった兵士が、とりおとした銃をさがしている。
「ご無事でなにより」
 つぶやき、マヤはひらいた扉からすばやく機内にすべりこんだ。
 コクピットについた兵士が、なにごとかわめきちらしながら銃口をむける。
 エンジン音と風切り音にまじって、重い銃声がなりひびく。
 熱いものが、マヤの頬をすりぬけた。
 かまわず、マヤは操縦士におどりかかる。
 銃をにぎった手首をとらえ、渾身の力をこめてしぼりこむ。
 華奢でちいさな手に似合わぬ握力が、操縦士の手首をぐいぐいとしめつけた。
 悲鳴をあげながら操縦士は銃をとりおとす。
 マヤはそれをすばやく空中で蹴りつけて機外へとほうりだし、自分の銃を手にしかけた。
 衝撃がおそった。
 コントロールをうしなった機体が、砂上に接地したのだ。
「うわあ」
 たおれかかりながらマヤは操縦士に対して、ちゃんと操縦しろよと理不尽な感想を抱いた。
 そんな心の声がきこえたかのように、操縦士はあわてて制御レバーをにぎりなおす。
 ぐい、と機首が上昇した。
 同時に機体尾部が、がりがりと地上をたたいた。
 はげしく左右にゆれながらうきあがる。
 右に左にたたきつけられ、瞬時、マヤは意識をうしなった。
 気がついたとき、半身が空中にとびだしていた。
「わっ」
 叫び、マヤはとっさに目についたバーへと手をのばす。
 機体側面、出入扉わきに設置された手すりだった。
 ぐん、と肩口に衝撃がはしる。
 かろうじて、落下をまぬかれた。
 が、パイロットがここぞとばかりに機体にゆさぶりをかけはじめた。
 上昇しながら激しくゆれる。
 しがみついているのがマヤにはせいいっぱいだった。
 もうだめだ──
 とマヤが観念しかけたとき──奇跡が到来した。
 最初のマヤの攻撃をくらってバール・システムに変調をきたしたガンシップが、コントロールをうしなって迷走しながら突然、マヤのしがみついた機体の眼前に出現したのである。
 パイロットは回避のためにあわてて機首を横にむけた。
 ぎぎぎぎぎぎ、と耳ざわりな異音をたてながら二機のガンシップがその横腹をこすりあい、もつれるようにして落下しはじめる。
 そのときマヤは、回転のいきおいで再度機内へとほうりこまれていた。目をまわしながら必死に手近のシートに手をのばす。
 がっきとつかんだ。パイロット・シートのヘッドレストだった。
 激しくゆれる機内で首をぶるると左右にふり、どうなっているのかと目をひらいた。
 眼前に、地上が急迫していた。
 マヤと操縦士、異口同音に悲鳴をあげた。
 そして急激に衝撃がおしよせる。
 機体が接地の衝撃で激烈に振動し──ふいにそれが消失した。
 見ると、かろうじてといったふうにガンシップは上昇に移行していた。
 パイロットの腕の冴えであった。
 ななめにかしいだ眼下では、ごごごと盛大な音を立ててもう一機のガンシップが横腹を砂漠にすりつけるようにして不時着している。
 マヤは視線を移動させ──操縦士と一瞬、目があった。
 どちらからともなく、安堵の笑いがうかびあがる。
 それから、双方同時にはっとして、双方同時に武器に手をやった。
 が、マヤは自分の銃を紛失していることに気づく。機外にほうりだされたときに手放してしまったらしい。
 ぎくりとしてパイロットに目をやり、相手もまたおなじような顔つきで自分を見かえしているのにいき当たった。
 内心、おおきく安堵の息をつきながら、マヤはすばやい動作でヘッドレストのうしろからパイロットの首へと腕をまわし、耳もとへ叫ぶようにしていった。
「うごかないで! このまま、ボクの指示どおりに着陸させるんだ。いうことをきかないと、首の骨へし折るよ!」
 瞬時、操縦士は迷ったようにからだの動きを凍結させた。
 どう見てもマヤが十四、五にしか見えないからだろう。抵抗すべきかどうか考えているのだ。
 思案のあげく──外見にだまされた。
 嘲笑をあげながら操縦士はこぶしをにぎり、バックブローの要領でマヤにたたきつけようとした。
 ふう、と息をつきながらマヤは、くき、と相手の頚動脈をしめた。
 こぶしがマヤのこめかみにとどく前に、パイロットは糸が切れたようにがくりとなった。落ちたのだ。
「もう、めんどうかけるんだから」
 泣き言をつぶやきながらマヤはシートのすきまをのりこえ、パイロットをおしのけて操縦席にすべりこんだ。
 どが、と、機首が砂にめりこむところだった。
 衝撃に遠ざかる意識をむりやり呼びもどし、バール・システムに全開をかける。
 警笛のようなかんだかい音が、耳ざわりにひびきわたった。
 蹴ちらされた砂が左右にどどどとふきあがる。
 前方に、恐怖に目をむきながら抱きあうラエラとサフィーヤ姫の姿が見えた。
「やばい、はねちゃう!」
 悲鳴をあげつつマヤはレバーをいっぱいにひく。
 激しい衝撃。
 同時に、ほとんど後転するほどのいきおいで機首部分が上昇する。
 ウイリーだ。
 そしてつぎの瞬間──悲鳴のようにひしりあげていたエンジン音が、ぷつりと断ち切るようにしてとぎれた。
「げ」
 マヤはぽつりと口にする。
 間のぬけた空白があった。
 そしてつぎの瞬間、壮絶ないきおいでガンシップは、その鼻先をどしゃりと砂上に落下させていた。
 砂塵を吹きあげて沈黙する。
 マヤはコクピットに身をちぢめたまま、かたく目をとじていた。
 ざざざとまきあげられた砂が落下する音が周囲にひびく。
 おそるおそる目をひらき──
 機体のすぐわきあたりで、尻もちをついた姿勢のまま砂まみれでにらみかえすラエラとサフィーヤ姫の視線にいきあたって、マヤは思わずごまかし笑いをうかべた。
 
「かかったよ、エンジン」
 意気揚々とした叫びとともに、重低音が機体下部でひびきはじめた。
 バール・システムが始動するかすかな高音もそれに混じっている。
「だいじょうぶ、とべそうだ」
 いってマヤは、愛想笑いをうかべながらふりかえった。
 後部兵装オペレータ席で、ラエラの仏頂面がそれをむかえる。
「ああそうかい」つめたい声音が、気がなさそうにいった。「そりゃよかった」
「もう許してよー」
 マヤの悲鳴に、せまいシート上、ラエラの腿に腰をのせるようにしておさまったサフィーヤ姫が思わずくすりと笑いをもらす。ガンシップは複座だったので、三人がのりこむにはそういうふうに席を割りふるしかなかったのだ。
 姫君の笑いにはとりあわず、仏頂面のままラエラはいった。
「いいからとっとと出発だ。レイのいってたこと、おぼえてんだろ? ガンシップ部隊があとふたつと、そのうしろから本隊がいまでも着々と接近してきてるはずなんだ」
 もううんざりだ、とでもいいたげな口調である。
「わかってるよう」
 くちびるをとがらせてマヤはいいながら、操縦レバーをひいた。
 エンジン音が一段と力を増し、ふわりとガンシップは浮上した。
 とたん、がくがくがくと前後に激しくゆれはじめた。
「ちょ、ちょいと──」
 後部シートでふたりが抱きあうのを尻目にマヤは、
「あ、ちょっとバランサーが調子わるいみたい。でも、だいじょうぶ」
 いいつつコンソール上のあちこちに手をはしらせる。
 あげくのはて、ばんばんばんと機械を手荒にたたきはじめた。
 信じられないようにラエラとサフィーヤ姫が顔を見あわせているうち、ようやくのことで機体が安定した。
「ほーらね」
「ほーらね、じゃないっ」がまんの限界をこえたか、ラエラがついに叫声をあげた。「たのむから、まともな操縦しとくれ。こちとらあやうく、味方の手にかかってガンシップの下敷きにされかかったんだ。おまけにボルト・ランチャーもそのときに落として砂んなかにうまっちまうし。この上そう何度も死ぬような目にあわせないでおくれよ、たのむから」
 半分泣きが入っている。
 わかってるよう、と、すねたような口ぶりでマヤがこたえた。
 サフィーヤ姫がまた、こらえきれずに笑いをもらす。
 ラエラはくちびるをとがらせてそんなサフィーヤ姫の笑い顔を見ていたが、やがてその口端にも苦笑がたまらずもれ落ちた。
「なにがおかしいのさ」
 抗議口調でマヤが背中ごしにいうと、こらえきれない、といったふうにふたりは爆笑した。
 もう、と口中でつぶやきながらマヤも笑みをうかべかけ──
 コンソール上のモニターのひとつに視線をやって、ぎょっと目をむいた。
「ちょっと、ふたりとも笑ってる場合じゃなさそうだよ。とうとう追いついてきた」
 あわててラエラが腰をうかす。
 モニター上で、たしかに後続部隊をあらわす輝点が点滅をはじめていた。
 高速で接近しつつあるのは、残り二隊、計六機のガンシップだろう。
「追いつかれたら、アウトだ」
 ごくりとつばをのみこんで、マヤがいった。
「全速力で逃げるしかないね」
 ラエラもつぶやく。
 だが、不時着の衝撃のせいかエンジンの調子があがらなかった。
 またたくまに、後方に肉眼で視認できる距離にガンシップ部隊が追いついてきた。
 さらにその背後からも、色ちがいの追撃隊らしきブリップがモニター上に見るまに続々と出現しはじめる。
「こまったなあ」
 マヤが、とほうにくれたように顔をゆがめる。
「Xポイントは?」
「もうすこしだけど……。ぎりぎりんとこで、追いつかれるって感じ」
 ラエラはむつかしい顔でだまりこむ。
 こういう場合のマヤの目測はたいていの場合、おどろくほど正確なのだ。
「後続の大部隊が追いついてこないうちに、一戦やらかすしかない、かね」
「勝ち目ないよ。ジルが“ティーズバード”で──」
 いいかけてマヤは言葉をとぎらせた。
 背後で、ラエラとサフィーヤ姫も目をまるくする。
 エンジンが、異様な音を立てはじめたのだ。
 まるで稼働部に異物でもまぎれこんででもいるかのような耳ざわりな異音だ。
「まずいなあ」つぶやくようにマヤがいった。「もうすぐ墜落するよ」
「墜落するって、あんた──」
 思わず口にしたラエラの抗議がおわらぬうちに、がくがくがくとふたたび機体が、咳こむようにして前後にゆれはじめた。
「おーい。いいかげんにしとくれよう」
 頭を抱えこみながらラエラが泣き言をいった。
 ほどもなく、エンジンは完全に不調をあらわにした。
 だましだまし飛びつづけたが、どうしようもなくなって、ついに着陸するしかなくなった。
 機体を捨て、三人は砂上を歩きはじめたが、一分とたたぬうちにガンシップ編隊がまとめて六機、追いついてきた。
 パルスレーザーの掃射で、三人の行く手に威嚇射撃をくらわせる。
 立ちどまるよりほかにしようがなかった。
 武器を捨て、両手をあげて待つ三人の前に、着地したガンシップのなかから各機につき一人ずつの兵士が、それぞれレーザーガンを手におりてきた。
 そのころには、地平線のむこうがわにたちあがった砂塵のなかから、重武装のデザートガレー部隊がはっきりと姿をあらわしていた。
「チェック・メイトだ」
 くちびるをとがらせながらマヤがいった。
 うんざりしたように、ラエラがこたえる。
「そりゃ、追いつめたほうのセリフだよ」

 

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