砂漠の攻防

 

「F3方面、第113偵察機から報告です」通信手がインカムを片耳からずらしながらふりかえった。「進路前方の砂中より、信号弾が上昇」
「それだ」ティギーン将軍は低く叫んだ。かたわらの指揮官席に腰をおろしたザハル王をふりかえる。「“シフリーヤ”への合図だと思われます。いまごろは逃亡者は泡をくって砂のなかにもぐりこもうとしているところでしょう」
「なるほど、それで“とかげ(シフリーヤ)”か」
 おもしろくもなさそうに王はいった。
 将軍は指示をとばす。
「第113偵察機は探索を第二段階に移行。赤外線反応、金属反応を中心に、進路上の砂中を探索せよ。第一、第二、および第三ガンシップ部隊は現場に急行し、第113偵察機に合流。本隊もそれを追って現場に急行する。なお、カシム星佐指揮下の第二追撃隊はひきつづき、担当区域の探索を続行せよ、と連絡のこと。以上だ。では出動する!」
 ティギーン将軍の号令とともに、西方面の探索にあたっていた第一追撃隊各種機体が、いっせいに砂けむりをあげながら移動を開始した。
 F3方面にむけて高速の機動浮遊装甲機・ガンシップ部隊が機首をめぐらせ、筒を吹きならすようなかんだかい音をたててバールシステムを全開、首をもたげるヘビのようにつぎつぎと俊敏に移動を開始する。
 つづいて砂上に待機していた十二機の浮遊戦車・デザートガレー部隊が、金の月光をうけて砂褐色の機体をにぶく光らせながら飛翔をはじめた。
 重厚な騒擾をひきつれて、追撃隊が一匹の巨大な恐竜のように移動を開始したのであった。

「まずいね、あの偵察機、さっきから旋回運動したまま、だんだん近づいてくるよ」
 うす暗いコクピットのなかで、いかにも突貫工事で設置したといった感じのコンソールをのぞきこみながらマヤはため息とともに口にした。
「だから時間がない、とわたしはいったはずだぞ」
 仏頂面でラエラがいうのへ、マヤとサフィーヤ姫とは首をすくめながら目を見かわし、声なく苦笑しあった。
 マヤがジルジス・シャフルードとともにドゥルガ教徒の秘密工房から強奪してきた、砂漠戦用特殊装甲機“シフリーヤ”の機内である。
 砂色紡錘形の機体は、その前部に二本のツノのようにとりつけられたマイクロ波放射装置とロッククラッシャー・ドリルの力を借りてついさっき、まさしくその名のごとく砂とかげのように砂中に潜行したところだった。
 潜行、といっても全高二メートルの機体が地下およそ五メートルの位置にもぐりこんでいるだけである。
 ラグナス・コーティングによりレーダー波吸収層をほどこし、金属反応・赤外線等の漏出をおさえてはいるものの、すべての反応を完全に遮断することはもちろん不可能だ。パッシブ、アクティブともに碁盤目状に丹念に探索をつづけられれば、発見される可能性はすくなくない。
 そして現実に──接近しつつある偵察機は、まるで獲物が砂中にひそんでいることを見ぬいてでもいるかのような探索行を展開しているのである。
 脱出機を隠匿した、シャフルードとの邂逅地点であるXポイントまではまだ距離があった。こうなるとたしかに、ラグシャガートの酒場での大乱闘で浪費した時間が悔やまれてならない。
「もう、わかったからいいかげん機嫌なおしてよ、ラエラ。ごめんってば」
「だまれ」ぴしゃりとラエラは決めつける。「きく耳ないよ、まったく。冗談じゃない。こんなところで追撃隊に包囲されてみろ。こんな華奢な装甲機なんざ一撃で棺桶に早がわりだ。ああ、ああ、まったく、こんなところで蒸し焼きにされるなんざ、天下のラエラさまもずいぶんおちぶれたもんさ。それもこれもまったくみいんな、マヤ、あんたのしでかした大乱痴気騒ぎのおかげだよ。だいたいサフィーヤもサフィーヤです。酒をのむなとはいいませんけど、たった一杯あけただけでこわいものなしの大トラにはやがわり? 酔って人にからむったって限度ってものがあるでしょうに」
「返す言葉もありません」
「だからごめんっ、てばあ」
 首をすくめながら、サフィーヤ姫とマヤは口々に謝罪してラエラの饒舌をさえぎりにかかる。“シフリーヤ”にかつぎこまれるまでダウンしていたサフィーヤ姫が目をさまして以来、それまで仏頂面のぶきみな沈黙を保っていたラエラの口から堰をきって流れだした苦情は、とどまるところを知らずに現在に至っているのである。
 そして、信号弾の炸裂につづいて偵察機が出現してからは、ほかにすることなどないだろうとでもいいたげに、そのいきおいをいよいよ激しくしてふたりにぶつけてくるのであった。
「だからこうして、あれがどっかいっちゃうのひたすら待ってるんじゃないか。だいじょうぶだよ。この装甲機は、設計概念からして隠れて追手をやりすごすのが第一義の兵器なんだから。あの偵察機だって、信号弾が打ちあがったからしらみつぶしに当たってるだけだって。もうすぐあきらめてどっかいっちゃうって」
「あんたのその楽天主義には感心してへそで茶がわくね、マヤ」かぶせるように痛切な口調でラエラはいう。「いくらラグナス・コート厳重にきかせてたって、精密に探査されれば見つかる可能性はゼロにはできっこないんだ。ましてこの機体はテスト・タイプだよ。見つかっちまえば一貫のおわりだってのに、もう、この娘はまったく」
「だいじょうぶだってばさ。もし万一見つかったって、そのときはちゃんと応戦できるように武器だって各種とりそろえてあるんだしさ」
「ふん。ジルジスといっしょにドゥルガ教徒の工房から、手近にあった武器ぶんどってきただけだろ。えらそうに手柄顔してのたこくんじゃないよ」
「ふえ〜」
 手きびしくやりこめられて、マヤは首をすくめるしかなかった。
 さらに延々とつづくラエラの説教にいいかげんふたりがうんざりしはじめたころ──
「──あ、ちょっと待ってよ、ラエラ」
 いいながらマヤはコンソールに首をつっこむように目をやった。
 表情が真剣になっている。
 ラエラもまた饒舌をのみこんで、あわててマヤの背後から外部監視モニターに視線をやった。
「やばい」
「そら見ろ、いわんこっちゃない」
 不吉な言葉がおり重なってでてきた。
 サフィーヤ姫もぎくりとして立ちあがり、胸の前で手を組みながら問いかける。
「追手ですか?」
「ええ」と真顔になってラエラがうなずく。「ガンシップが三機」
「だいじょうぶ」顔面蒼白になりながら、マヤがむりやりへらへらとした表情をうかべる。「まだ見つかっちゃいないって」
「ばか」とあきれたようにラエラがいった。「これでますます出られなくなっちまったじゃないか。だいいち、でたらめだろうとなんだろうと機銃掃射でいぶりだしにかかられたら──」
 そのとき、まるでラエラのその言葉がきこえたかのように、三機のガンシップはその機首に装備されたレーザー砲からパルスレーザーの掃射を開始した。
 夜空にストロボライトのように光束が点滅し、砂上につぎつぎに砂煙があがりはじめる。
「近い。──やばいよ。どうしよう」
 にわかにマヤがあせりはじめる。
 ラエラもくちびるをかむばかりだ。八方ふさがりだった。
 そのとき──
『まったく、世話をやかせるやつらだ』
 ふいにマヤのついたコンソールの端で、通信機が声を発した。
 ぎょっとマヤとラエラは目を見あわせ──
「……レイ?」
 マヤがきく。
『ほかにだれがいる? わかりきったことをききかえすのはバカげた行為だぞ、マヤ』
 嘲弄するように憎々しげなセリフが、回線をとおして流れてきた。
「うるさい」マヤはむきになっていい、すぐに心細げな口調にかわる。「レイ、どうしよう。ボクたち、ドジっちゃったみたい」
「ドジったのは、あんただけだよ」
『仲間われはあとにしたまえ。ジルジスから連絡を受けて観測してみた。事情はだいたい把握できている。まったくどいつもこいつも世話をやかせてくれる。たまには楽をさせてほしいもんだね』
「軌道上でお留守番、ての以上に楽な役まわりがあるのなら、ぜひお教えねがいたいもんだね、レイ」
 からかうようにラエラが口にすると、本気で憤慨したような口調が通信機からきこえてきた。
『冗談じゃない。きみの口からそんなセリフがでてくるとは、じつに心外だね、ラエラ。いまの痛烈な一言で私の繊細な恋心はずたずたに引き裂かれてしまったよ。私の専門はあくまで頭脳労働。そこのところはきみもよくわかってくれているものと思っていたのに』
 最後のセリフは、まるでだだっ子がすねているようにひびいた。
 ラエラとマヤは顔を見あわせてひそやかに笑う。
 その笑い声がきこえたのかきこえないのか、とにもかくにも回線のむこうで声はつづけた。
『まあ、それはひとまずおいておこう。いいか、時間がないから手っとりばやくいうぞ。あと三分ほどでそちらのちょうど頭上に到達する。そのときに一撃だけ、威嚇射撃をくらわせて追撃隊のすきを誘う。あとはそちらで勝手になんとかするがいい』
 いやっほう、とマヤはとびあがり、ぱんぱんとラエラと手をたたきあった。
 目をまるくするサフィーヤ姫に、ラエラがとびつくようにしていった。
「わたしたちの仲間です。軌道上に待機していたんですけど、手を貸してくれるそうなの」
「レイ、一撃だなんてけちけちせずに、一気にやっつけちゃてよ」
『調子にのるな、マヤ。そんなことをしたら、こちらの位置がばれてしまうだろう。サディレシヤの宇宙軍はここいらでは抜群の規模だということをわすれたのか? いいからきみたちはさっさと準備にかかるべきだ。いっておくが、後方からさらに三機編隊のガンシップが二組、そのさらに背後から重火器を装備した部隊が着々と接近中だということを忘れるな。依然としておまえたちはきわめて危機的な状況下にあるのだからな。では、あとのだんどりはそちらにおまかせする。勝手にやってくれ。いっておくが、この私に威嚇射撃以上のものを期待しないでくれよ。まったく、頭脳労働以外をさせるなといつもいっているのに、おまえたちはほんとうに』
 ぶつぶつと回線をとおして苦情をのべたてはじめた。もちろんそれにはすでに興味をうしなったように、マヤとラエラはさっそく、てきぱきと火器をそれぞれ手にしながら、だんどりを手短に確認しあう。
 そのあいだにも三機のガンシップの機銃掃射はつづけられていた。
 確実に、砂中にひそむ“シフリーヤ”に近づいてきている。
 ボルト・ランチャーを背負い大型のブラスターを腰部のホルスターにぶちこんだマヤが、ふたたび操縦席に腰をおろし、くちびるの端をぺろりとなめながらモニターに見入った。
「たのむよ、レイ。まにあわせてよ」
 ひとりごとのように口にする。
 機外から、不吉な掃射音が直接ひびきはじめた。
 徐々に近づいてくる。
 サフィーヤ姫はごくりとのどをならす。
 凶獣の咆哮のような恐怖をさそう銃撃音が、いましも頭上にふりかかってくるか、と思えたとき──
『いくぞ』
 フラットな口調でレイが宣言した。
 それから一拍の間をおいて──外部監視モニターが白熱した。
 夜天の闇を切り裂くように、青白い光の柱が、天空よりふりかかってきたのである。
 大出力対地レーザー。
 一撃は、夜の砂漠を一瞬、光の海へとかえた。
 激烈なコントラストをともなって砂漠の陰影があざやかにうかびあがり、頭上を遊弋する三機のガンシップのものも含めた、ながい、ながい影を砂上にきざむ。
 一拍をおいて──
 壮絶な衝撃波がわきおこった。
 ガンシップ部隊の後方で火球がぐわりと膨張する。
 つづいて爆風が、偵察機を含めた遊弋する四つの機影を、風に吹きとばされる羽虫のようにつぎつぎに吹きとばした。
 ほぼ同時に、たたきつけるような衝撃が一気に、膨大な量の砂とともに“シフリーヤ”を天上へとまきあげた。
 せまくるしいコクピット内で、壁に激突しかけたサフィーヤ姫を、ラエラがすばやく抱きとめる。
 寸秒の浮遊感覚。
 そして、たたきつけるられる衝撃。
 マヤも、そしてラエラまでもが、苦鳴をそののどからもらす。
 同時に、どどどどとふきあげられた大量の砂が一気に頭上からふりかかってきた。
 ふたたび“シフリーヤ”の機体が砂のなかへとうもれていく。
「エンジン始動だ!」
 叫びざまマヤがコンソールをたたき、装甲機は瞬時にして獰猛なうなり声をあげた。
「マイクロ波、射出! ロッククラッシャー始動!」
 腹の底からしぼりだすようにマヤが叫び、こたえるようにして異様な回転音がうなりをあげる。
“シフリーヤ”が瞬時身じろぎ、つぎの瞬間荒々しく前進を開始した。
 砂をわって地上にとびでる。
 着地の衝撃。
 そのときにはもう、マヤもラエラもうごきだしていた。
 マヤはすばやくハッチをひらいて外部におどり出、そのあとに軽々とサフィーヤ姫を抱えあげたラエラがつづく。
 砂上におりたち、体勢をたてなおそうと空中でその機首を右往左往させているガンシップにむけ、マヤはボルト・ランチャーをかまえた。プラズマ弾を発射する武器だ。直撃させれば、一撃で戦車でさえも粉砕できる。
 どう、と重い音とともにマヤのボルト・ランチャーが蒼白の眩光を吐きだした。
 同時に──ガンシップの一機が吐きだしたレーザーの一撃が“シフリーヤ”に襲いかかった。
 マヤたちの背後で、装甲機が切り裂かれる。
 そのあいだにも、大気を雷鳴のように激烈に振動させながら白熱の光球が宙を疾走し、ガンシップのひとつへと吸いこまれていく。
 かろうじて、ガンシップはプラズマ弾の直撃を回避した。
 が、機体下面を高熱にあぶられ、バールシステムに変調をきたしてよろよろと落下していく。
 それをたしかめもせずに、マヤは砂上を走りはじめた。
 砂を蹴たてて、まるで精悍な野獣のように疾走していく。
 いまだよろめきながらも、残った二機のガンシップは、その機首を走るマヤにむけた。
 先端にぶきみに生えた、とげのような数本の突起物の先端が、ゆらめきながら白光をはなちはじめる。熱対流の発生と周囲の大気のイオン化──レーザー発射の予兆である。
 あぶない、と、叫びがサフィーヤ姫ののどまで出かかった。

 

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