ドゥルガの奇襲

 

「突破されただと?」リダー大臣が憎々しげに顔をゆがめて叫んだ。「いったいきさまの部下はなにをやっとるんだ」
「ただいま、出動中の全装甲車をあげて追跡にかかったところです」
 腕からはずしたコミュニケータを耳にあてて情報を受けながら、ティギーン将軍は抑揚を欠いた口調でいった。
 なおも口ぎたなくののしるリダー大臣を無視して、将軍はコミュニケータを介して二、三、手短に指示をとばすと、バルコニーから眼下を見おろすザハル王にむかって、黙したまま深々と頭をさげた。
「失態を演じております」
 うむ、と王は短くうなずき、そのままちらりと、叱責をあびせるリダー大臣を視線でだまらせてから、報告をうながした。
「侵入者は姫君を盾にして監視兵の追撃を逃れたのち、丘陵下に敷いた網を、閃光弾による奇襲で突破。装甲車を強奪して逃走中です」
「街にでたのか?」
「いえ。しかし、あと五分ほどで」
「わかった」王はうなずく。「手際はいいようだな。どうやって王宮に侵入したかは?」
 いえ、と将軍は簡潔に否定する。
 大臣がふたたびわめきはじめる機先を制し、王は口をひらく。
「そのことはあとまわしでいい。ティギーン、おまえは、いまは姫を奪還することに全力をかたむけろ。どうあれ今さっきぽんと侵入してきたとは思えん。リダー。ここ一ヶ月で王宮に出入りした人間を洗っておけ。業者から、それらが搬入したもの、倉庫までくわしくな。それと宮廷内で人員の補充があったかどうかもだ。それから──」
 と、そこで王はぴたりと口をとざした。
 眉根にかすかにしわをよせ、眼下にひろがるラグシャガートの街なみにきつい視線をすえる。
「ティギーン。姫の寝室に、あらそったあとはあったか?」
 そうきいた。
 一拍の間をおいて将軍は、いいえ、とこたえた。
 王は微動だにせぬまま、そうか、と短くこたえ、あとは無言のまま姫の消え入りつつある市街にむけて、じっと凝視をそそぐばかりだった。
 ティギーンは一礼して王の間を辞しかけ──
 そのときふいに、手にしたままのコミュニケータが、新たにアラームをひびかせた。
「どうした」
 ふたたび将軍はコミュニケータを耳におしあて、しばらく相手の話をきく。短く指示をいいわたして回線を切り、踵をかえして王のもとへ歩みよった。
「もうひとつ、悪いしらせです」
 リダー大臣が目をむく。
 王は無言で、姿勢もくずさぬまま将軍のつぎの言葉を待った。
「西門付近で、ドゥルガ教徒と思われるゲリラ部隊の強襲が確認されました」
「なに?」リダー大臣が、おどろきのあまり耳ざわりなだみ声をはりあげる。「ドゥルガ教徒だと? この混乱している時期に、あの狂信者どもめ──」
「計算づくかもしれんな」ぽつりと、王が口にする。「あまりにもタイミングがそろいすぎている。共闘している、とまでは考えられないが、この時間に王宮で騒擾がおきる、という情報を、ドゥルガ教徒に流したのかもしれん」
「流したですと? だれがです?」
「むろん、シャフルードだ」むっつりと王はリダー大臣にこたえ、ティギーン将軍に視線をむけた。「規模は?」
「ちいさくはないようです」将軍はこたえる。「防御力の極端に低下したところを襲われましたから、現場は混乱しています。追跡軍の半分を、応援に戻らせました」
「おまえが直接現場に顔をだして指揮する必要はないのか?」
「ありません。王宮が手薄になるぶん、カシムを総責任者にすえておきました」
「カシム、か」
 王は瞬時、鼻頭にしわをよせた。
 ティギーン将軍の事実上の副官であるカシム星佐は、ある意味ではティギーンよりさらに優秀な武人である。が、冷酷かつ強引な作戦を立案する、野獣のように傍若無人な性格の人物でもあった。口にはださないが、ザハル王とはたがいにそりがあわぬ様子が、はたから見ていてもありありとうかがえる。
 リダー大臣もそのことはよく知っているため、さすがにティギーン将軍にむけて揶揄はあびせなかった。王がかんしゃくを破裂させるのをきらってのことだろう。
「油断ならんな」やがて、王はひとりごとのように口にした。「シャフルードというやつ、たしかに生きながら伝説にうたわれるだけのことはある。あるいは、カシムのような男のほうが相対させるにはむいているのかもしれん」
 ぎょっとしたのは、リダー大臣のほうだった。ティギーン将軍は否とも応ともいわず、無言のままこうべをたれてみせただけだった。
「よろしい。西門の騒乱はカシムにまかせるがよかろう。ティギーン、おまえはひきつづき──」
 みなまでいい終えぬうちに、みたびティギーン将軍のコミュニケータがコール音を発した。
 報告を受ける将軍の表情が、一瞬、怒りともおどろきともつかぬ形にひき歪む。
「すぐにいく」
 最後に短くそう告げて将軍は通信を終え、むずかしい顔をして王にむき直った。
「またもや悪いしらせです、陛下。万一の場合を考えて、追撃のための戦闘車輌を準備させていたのですが、兵員輸送車、砂漠用機動装甲車等に破壊工作がしかけられているのが発見されました。機関部に時限爆弾がしかけられていたらしく、ついさきほどそれが爆発。ほとんどの砂漠用車輌が使用不能の状態になっています」
「なんだと」さすがに王も目をむいた。「それでは砂漠に逃げられたら終わり、ということか?」
「いえ。さいわいなことに、一部のガンシップ、およびデザートガレーは、カシム星佐の監督のもとに整備部でちょうど修理・改装が加えられていたところでした。全時間体勢で行われていたので、破壊工作の手もおよばなかった上、あと数時間で使用可能にすることはできそうです」
 ふう、と大臣が安堵したようにおおきく息をついた。口うるさいことはたしかだが、現在サディレシヤで国の行く末をもっとも案じているのがこのリダー大臣であることもまた、たしかだったのである。
「まったく、ばかものめ。管理体制がなっとらんぞ、ティギーン将軍」
 叱責に、将軍は無表情に頭をさげるだけだった。

 疾走する逃亡者の浮遊車(フライア)は、追撃する車がはなつ砲撃をたくみにかわしながらラグシャガートの市街へとなだれこんだ。どのみち内部に姫君がいることは知れているので、追撃する兵たちには手荒な攻撃はできなかった。
 そのことを見こしたように、逃走車はいっさいの反撃を見せぬまま全力で疾走し、予期せぬ位置でまったく無意味としか思えない方向転換をくりかえし、周囲をはしる無関係な浮遊車をつぎつぎにまきこみながら混乱を助長していった。
 さらに僥倖がかさなった。
 あるいはそれは、シャフルード一味の計算であったのかもしれない。
 王宮西門でドゥルガ教徒のゲリラ部隊が強襲を開始するのと機を一にして、市内のあちこちで爆弾テロが頻発しはじめたのである。
 ドゥルガ教徒とは、半世紀ほど前からエル・エマド圏内のいずこからか発生し、まるで伝染病のごとくじわじわとその勢力をのばしはじめた、過激なテロを特徴とする一団である。“破壊と再生”の象徴であるとされる暴虐の女神ドゥルガを唯一神としてあがめ、その過激な教義にのっとって各地で反政府的立場からゲリラ的手法で混乱をまきちらしているのである。
 銀河帝国ではすこし事情がちがうが、およそ地球人文明圏全般にわたって多大な影響力をもっているのは、アシュトラ教という名の古い宗教である。
 ジャール・アシュトラという、大空白時代以前の伝説の時代に生きた教祖によって創設されたこの宗教は、人類の拡散時代に宇宙航海の手段を一手にしてきた。そのために、信仰の深浅はべつとして、銀河系全域に散った人類の多くが、その出発点から陰に陽にアシュトラ教の洗礼をうけている。
 特にエル・エマド圏はこの宗教の影響力がつよく、事実上、半数以上の国家において国教としてのあつかいをうけている。
 いきおい、新興宗教であるドゥルガ教は反政府的色彩をおびざるをえない。まして徹底した破壊ののちに楽園を獲得する、というのがその教義の骨子である。国家権力とは相対する存在となるのは、むしろ必然といえた。
 ザハル王統治下のサディレシヤでも、十年ほどまえからじわじわとドゥルガ教が勢力をのばしはじめていた。そしてここ数年は、そのテロ活動も無視できるレベルではなくなっていた。テロ対策も、万全とはいえないまでも幾度となく吟味されている。
 したがって通常であれば、王宮の眼前にまでゲリラの侵入をゆるすことなどあり得ないのだが、今回はみごとに虚をつかれるかたちとなってしまったのである。
 その混乱に、ラエラはたくみにつけこむかたちで追跡部隊を翻弄しているのだった。
 ときには装甲車である利点をフルに活かして通りがかりの建物に真正面からつっこみ、強引に裏道へとまわりこんだり地下街などへ乱入したりした。
 出動した機動警察をもまきこんでいよいよ混乱は輪をかけて拡大し、追跡者たちは対象をついに完全に見失ってしまったのである。
 ラグシャガート市警が、手配された装甲車を発見したときには、昏倒するふたりの兵士以外には、とうぜんのように何者をも見つけることはできなかった。

 カシム星佐は、異様な刺激臭の充満する西門外の戦場跡を、ゆっくりと巡回していた。
 立ちのぼる異臭にその凶暴そうな髭面を激しくゆがめながら、麾下の兵士たちが敵にあたえたダメージや、うけた損傷などをひとつひとつ、検分するようにしてゆっくりとながめまわす。
 ゲリラ部隊の強襲に、当初こそ虚をつかれて守備隊は混乱をあおられたが、すかさずかけつけたカシム星佐の迅速・的確な指揮のもと態勢を即座にたてなおし、追撃隊をさいてよこされた援軍との挟撃で、攻撃開始から十数分で事態は収拾の方角へとむかったのであった。
 いまはゲリラ部隊もすっかり鎮圧され、事後処理の段階に入ったところである。
 立ちこめる刺激臭は、プラズマ弾の攻撃によるものだ。城門前のアスファルトは熱せられてぐずぐずに溶け崩れ、金属製のガードレールはアメのようにひん曲がった無惨な姿をさらけだしている。
 敵味方双方の負傷者たちがあちこちに、横たえられたまま口々にうめき声をあげているなかを、カシム星佐はゆっくりと歩いていった。
 ふいに、耳ざわりなアラーム音がひびいてくるのに気づき、星佐は音源をさがして四囲に視線をやる。
 守備隊の兵士がひとり、困惑したような顔をしてたたずんでいた。その足もとに、ドゥルガ教徒が横たわっている。
 カシム星佐はつかつかと歩みより、野獣を思わせる凶猛かつ冷酷な視線で、ちらりと守備兵を見やる。
「息はあるのか? ええ?」
 きいた。言葉のひとつひとつに、無意識に圧力がこめられている。星佐独特の話しかただった。なにげなくむける視線からも、意識するまでもなく異様な圧迫感が炎のように激しく放射されている。
「は、はいシフ・カシム」まだ歳若い守備兵はあわてて直立不動の姿勢をとり、緊張をまるだしにした口調で“シフ”の尊称をつけ、星佐の名を口にした。「昏睡状態にあるようであります」
「見ればわかるぜ」
 乱暴な口調でいってカシム星佐は、よわよわしく胸部を上下させているゲリラの上にしゃがみこんだ。
 血にまみれた懐中でアラームをならしつづけるコミュニケータを、無造作にとりだす。
 べったりと赤い液体のこびりついたカード型の機器を眼前にかかげ、嫌悪のしわを眉間によせながらスイッチを入れる。
「どうした?」
 機器にむけてそう問いかけると、雑音のむこうから、これもよわよわしげな声音がきこえた。
『……ルーガン戦神官?』
「そうだ」
 顔色ひとつかえずにカシム星佐がいう。
『う……こちらは第十三基地……緊急事態だ』と、回線のむこうで声はいった。『襲撃をうけて……われわれは全滅……“シフリーヤ”を強奪された……』
「襲撃者はどこのどいつだ?」
『不明だ……疾風のように……男をひとり見た……黒ずくめの男を……どでかいブラスターをめちゃくちゃにぶっぱなして……まるで風だ……そいつは──』
 あとは雑音がつづくだけだった。
 ふん、と鼻をならしてカシム星佐はコミュニケータを守備兵にわたし、虫の息のドゥルガ教徒の戦闘服で、がしがしと血によごれた手のひらをぬぐう。
「意識のあるドゥルガ教徒はいるのか? ええ?」
 くちびるの端をへの字にゆがめた凶暴な表情のまま、カシム星佐は兵にたずねる。べつに相手を強圧する目的でそんな顔をしてみせたわけではない。この男は、いつでもこういう顔つきをしているのだ。軍人というよりは、裏街のやくざ、といった雰囲気である。
 あせりもあらわに、歳若い兵は四囲を見まわしはじめた。
 星佐は顔をゆがめて舌うちをする。
「ばかやろう。いまさらきょろきょろしてるんじゃねえ。それくらい確認しとけ。何年兵隊やってるんだてめえは」
「は、銀河標準年(U・T)で、一年と二ヶ月であります」
 しゃっちょこばった敬礼をしながら、兵は律儀にこたえる。
 あきれたように星佐は兵を見かえした。
 舌うちをひとつ残してカシム星佐はふたたび巡回を再開する。ほどなくうめき声をあげているゲリラ兵をひとり見つけて、その頬をぴしゃぴしゃとたたきはじめた。
 薄目をあけて見あげるドゥルガ教徒に、ぶきみなうす笑いを落としながらカシム星佐はいった。
「ききたいことがある。すなおにこたえろよ。ええ? 第十三基地とはどこにある? それと──“シフリーヤ”ってのはなんだ?」

 

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