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 頭痛を抱えたままマニエーゼといっしょに出勤し、仮眠室をのぞく。気のきかねえバーズのことだからてっきりそこにいるだろうと思っていたが、どうやらおどろくべきことに医者にかかりにいったらしい。さすがの鉄人バーズも、疲労していたということか。
 サッシャの件をあらためて頼み直してからマニエーゼとわかれ、刑事課にツラをだすと、いっせいに何しにきやがったんだという顔つきでにらまれた。ほかにいくところを思いつかなかったから顔をだしたまでだが、早々に退散する。
 ひまをもてあまし、街をうろついた。最初は近くの公園でひと眠りしようとしたのだが、じっとしていると昨夜のできごとが記憶によみがえって、どうしようもなかった。ひとりで飯を食い、そのままやみくもにあちこちさまよって、結局署に戻ったのは夕方に近い時間だった。
 なかばいやがらせ気分でまたもや刑事課にいってみると、いつかの同刻とおなじようにバーズがむっつりとコンピュータディスプレイに向かいあっていた。
 救われた気分で「よお、またラブレターか?」と歩みよると、「そうらしい」という答えが返った。
 刃のようなものが、腹の底からたちあがる。
 むりやり抑え、
「へっへー。聖職者みたいに謹厳なツラして、やるもんだねえ。この色男」
 バーズの後頭部をどついた。
 ふりむく。
 お、と目をむいた。この手のちょっかいに顕著な反応を示す人間ではなかったからだ。ついに怒ったか、と思いつつ身がまえると、
「どうした」
 ときた。
「なにが」
「様子がへんだ」
「気のせいだ」
 言下に否定すると、ヤツめ、いぶかしげにまじまじと、ひとの顔を見やがる。
 やばいな、と思いつつ無視してディスプレイをのぞきこんだ。
「ほう。デートのおさそいかよ」
 目つきがするどくなっちまった。だが、もう、抑えきれねえ。
 無口な相棒はしばらくのあいだおれの顔を凝視していたが、やがていった。
「ああ。“想い出の場所”だ」
 追及は断念したらしい。もともと無口なやつだ。それに、こういうことに関してはおれが究極の頑固者だとわかってもいるのだろう。
 おれは遠慮なく、舌なめずりをする。
「海の見える高台の公園、だっけか?」
「ああ」
「デートの邪魔して悪いんだがよ。つけさせてもらうぜ」
 低く、いい放つ。
 バーズはしばらくのあいだ、だまりこんでいた。
 が、やがて「勝手にしろ」と口にした。おお、勝手にさせてもらうとも。
「で、場所はどこなんだ。海の見える丘の上の公園っつっても、いろいろあるだろう」
 バーズはだまりこむ。だしおしみしてやがるのか、あるいはおれをまいてひとりで乗りこもう、て算段か。
 しめあげてでもききだすつもりだった。殺気がわきあがる。
 すかさずやつも、反応した。椅子をまわし、おれに向き直る。見た目はどうってことのない姿勢だが、いつでも飛びかかれる身がまえだ。いいだろう。
 おれも臨戦態勢に入った。
 その瞬間だった。
 おれに呼応して炸裂寸前のバーズの殺気が、ふいに消失した。
 拍子ぬけする。それでも同時に、やつとの距離をとっていた。反射行動だ。ひとの虚をついて攻撃してくる手かもしれない。
 深読みのしすぎだった。
「ラシュガート展望公園ね」
 おれの背後で、マニエーゼがそうつぶやいたのだ。
「なんだって?」
 すっとんきょうにききながら、おれはふりむいた。何よ、と腰が引けながらもマニエーゼはいった。
「“想い出の場所”よ。なんのことだかよくわからないけど、デートスポットで港の見える高台の公園っていったら、まずまちがいなくラシュガート展望公園よ。高台にあって海がよく見えるし、手入れもいきとどいているから雰囲気も極上。丘にのぼる途中に、おいしくて感じのいいレストランもあるのよ。覚えてる? 約束」
 びっと、ふいにおれの胸をひとさし指でついた。
「あ……“ラシュガート”か」
 マニエーゼがおれにおごらせようとしてるレストランの名前だ。なるほど、そういうことか。
「まちがいねえか?」
 おれはバーズをふりかえる。
 ふう、と無口な相棒はため息をついて、軽くうなずいた。
 にやりとおれは笑う。
「よし。おれさまを出し抜こうったって、そうはいかねえぜ」
「なにカッコつけてんのよ。ふうん。新しいラブレターが届いてたんだ」
 マニエーゼがディスプレイをのぞきこんだ。
「今夜八時、想い出の場所で待ちます、か。あいかわらず、署名以外に差し出し人の情報が見あたらないわね。また痕跡たどってみる?」
「むだだろうな」とおれ。「それより、サッシャの妹とか家族のこと、何かわかったか?」
「すこしね」
 彼女はいった。
「すこし? なんだ、歯切れが悪いな」
「サッシャ・マーチャントという名前の女の子が例の病気で医者にかかったということはつきとめたわ。年代も一致してる。両親はいない。サッシャがこの星をでたあとすぐ、事故でなくなっているの」
「妹は?」
「それなのよ」マニエーゼは息をついた。「記録の上では、妹のことについてはどこにも何もふれられていないの。戸籍上も、マーチャント家はサッシャという娘がひとりいるだけ」
「なんだって?」おれは目をむく。「じゃ、妹ってのは、サッシャのでまかせだったのか……?」
「それが、そうでもなさそうなのよね」
 彼女の言葉に、おれはさらに眉根をよせる。
「どういうこった」
「妙だと思って、サッシャの入院していた病院に映話したとき、医者にかまかけてみたのよ。そしたら、一瞬いいかけたの。どこでそれを……って。それからあわてて、サッシャ・マーチャントに妹など存在しないと主張しはじめたんだけど」
「くせえな」
「でしょ?」
 おれは顎に手をかける。バーズも心もち身を乗り出していた。ふふん、かわいいやつめ。
「それ以上つっこんでも、サッシャに妹など存在しないの一点張りだったから、しかたなくサッシャのカルテを見せてほしい、ともちかけてみたのね。そしたら、それもプライバシーにかかわることだからだめだって」」
「なんだあ?」
「妹のことをもちだしたのが悪かったんだと思うわ。それからは、何をきいても情報は明かせないの一点張り。どっちにしろ、令状があるわけじゃないし、医者に患者のプライバシーを護る義務があるのはたしかだから」
「何かあるな」
 おれがつぶやくと、バーズも、うむ、と重々しくうなずいた。
「なによ。刑事のカン?」
 からかうようにマニエーゼがいう。
「永久刑事の、だ」と強調してから、「マニエーゼ。すまないが、その病院、洗ってくれねえか。いや、なにも忍びこんでくれとかいうんじゃねえ。ターミナルから侵入でもかけてくれれば何か――」
 いいかけるとマニエーゼは憤然とさえぎり、
「なによ。分析課にくる前はこれでも、少年課の捜査班にいたのよ。ドラッグパーティの現場に忍びこんで検挙したこともあるわ」
 いわれて、おれは焦った。
「いや、そこまでしてくれってんじゃねえんだ。令状もねえのに勝手に病院に侵入かけちゃ、やばいだろ。ただ、クラッキング程度なら、そのカルテとかものぞき見できるんじゃないかって、その程度の――」
「なによ、のぞき見って、ひとをストーカーみたいに。だれがそんなことするもんですか。ばかいわないでよね」
「ぎゃ」
 最後のは、すねを思いきり蹴りあげられたおれのあげる悲鳴だ。片足抱えてぴょんぴょんするおれを冷淡にながめやると、マニエーゼはつんとあごをそびやかし、音高くヒールをうちならしながら殺風景な刑事部屋をでていった。
 地元刑事どもが、ざまあみろとでもいいたげに腹を抱えて笑ってる。くそう、とバーズに視線をうつすと――真っ赤な顔をしていた。ちくしょう、こいつまで笑いをこらえてやがる。
「冗談じゃねえ!」わめいてバーズに指をつきつけ、「おれは飯を食ってくる。いいか、このむっつり野郎。おれをおいてさきにいくんじゃねえぞ」
 いい放ち、足早にその場をあとにした。

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