ジーナ・シャグラト

 

 さしのべられた手の先に、廃寺をつつみこんだ青い森を背に立っているのは──老ウェイレンだった。
 いぶかしげに眉をよせるウシャル一行よりはやく、やや遠まきにながめやっていたバラムは気づいていた。
 老ウェイレンの頭上に、まるで衛星のように浮遊している、結晶でできた天使の彫像に。
 乳白色の、奇怪な透明感のある素材でできた彫像はいま、イムジェの反射光をうけて異様に青白く輝いていた。
「ラベンの天使像?」いぶかしげに眉をよせ、ウシャルが問いかけた。「そうだろう? これが不死の秘密とやらと、どう関係があるってんだ?」
「ラベンの七天使を空中庭園に寄贈したのはプラサド財団という名の、いささか冴えない名士の名を冠せられた機関だ。ご存じかな?」
「知るか、そんなもん」
 バラムの心中を代弁するようなウシャルの返答に、シャルカーンはうすく笑った。
「プラサド財団は、ストラトス情報部の古くからの隠れみののひとつだ」
 ウシャルの眉が、ひくりとふるえる。
「それで?」
 短く先をうながした。
 シャルカーンもまた真顔でうなずいてから、逆に問いかけた。
「ジョシュアーンの遺産について、記憶庫であるダリウスとクレオからどれだけのことをきいている?」
「クレオ、ダリウス。“シャグラトの秘密”とは何だ」
 隠しても無駄ととったか、あるいは何か企んででもいるのか、いささかの躊躇もなくウシャルは背後にひかえる無表情な二人の美童をふりかえって命じた。
 小姓たちは抑揚を欠いた口調で、異口同音に口にしはじめた。
「ジョシュアタルダス、ラウダス近郊の先史文明人の遺跡から掘りだされた発掘物のなかに、不死の秘法について書かれた石板が見つかった。比喩と象徴にあふれて、それが具体的に何を示しているのかはながいあいだ不明だったが、アルウィン・シャグラト教授の研究によりそれが単なる象徴ではなく、まさに人類型生命体を神にも近い不老不死の肉体をもつ超生命体へと、進化させる秘法であることが明らかになった。
 そしてさらに、その秘法をほどこされた先史文明人が今も眠っているらしい、という仮説的な解釈が立てられた。不死の秘法は、特殊な形の睡眠と、さらにはその覚醒の過程までもが、必要不可欠な措置であるというのである。また、新たに不死人生成の過程に入るときも、その覚醒時の変化を流用できるという。
 そして解読された石板の内容にはさらに、何らかの形で眠りについているはずの先史文明人を覚醒させる方法も含まれていた。その方法とはまず──」
「そこまでだ」
 ウシャルがニヤニヤ笑いをうかべつつ宣言するや、二人の小姓は断ち切ったように口をつぐんだ。
「つづけてくれ」
 シャルカーンがいったが、美童たちはぴくりとも反応しない。
「命綱を簡単に手放すわけにはいかねえな」
 笑いながらウシャルはいった。
「ましてそれが、高く売れそうだ、となるとよ」
 フ、とシャルカーンもまた笑った。
「商談にはいつでも応じるよ」
「その前に、説明のつづきだ。ジーナ・シャグラトてのはアルウィン・シャグラト教授とやらの係累だろう。それが不死の秘法やら、そこにふわふわうかんでる彫像やらとどう関係──」
 そこまでいいかけて、ジョルダン・ウシャルは、はっとしたように口をつぐんだ。
「そのとおりだ」静かに、シャルカーンがうなずいてみせた。「プラサド財団によって寄贈されたラベンの天使像──それこそが、不死の階梯にふみだした──ジーナ・シャグラトなのだ」
「つまり」と、ウシャルは困惑もあらわに、つぶやくようにしていった。「あれが──あれがつまり──つまり、そういうことか。ジーナ・シャグラトがその、つまり──」
「眠り姫……」
 要領を得ないウシャルを補足するように、マダム・ブラッドがつぶやいた。
「そのとおりだ」シャルカーンは静かに、うなずいてみせた。「珪素生物、という仮説は有名だが、われわれ人類はいまだその生命形態には遭遇してはいない。あるいは、遭遇してはいるのだがその形態があまりにもわれわれのそれと異質でかけ離れているために、人類はいまだにそのことに気づいてさえいないのだ、と口にする者もある。
 ──この“天使像”を目にすると、いささか意味はちがっているのかもしれないがまさにそのとおりなのかもしれない、と私は思う。この像は今日まで、われわれの手でさまざまな分析を加えられてきた。だが今のところ生命体としての兆候はまったく発見できていない。おそらくは何か、根本的なものを見逃しているためだろう。
 そしてわれわれと同様、ストラトス情報部もまた、たいした成果を手にしているわけではないようだ。でなければ──カムフラージュ以外にももうひとつ目的があるとはいえ、いつまでも公園のまんなかなどに、これほど重大な意味を内包する物体を放置してはいなかっただろうからね」
「偽物じゃねえのか?」
 疑わしげな顔をうかべて問いかけるウシャルに、シャルカーンは寛大な微笑をうかべてみせる。
「実をいえば、その可能性はないでもない。われわれが警告を発してからこの像を手に入れるまでに、よくできたダミーとすりかえる時間はたっぷりとあったのは事実だからな。
 が──おそらくはストラトス情報部もまた、この秘法を手にあまるものと考えていたはずだ。手放す機会を待っていたのかも知れない。あるいは自分たちとは関わりのない──そして将来、その成果を自分たちのところまで還元してくれる可能性のある第三者に、このやっかいで危険な秘密をおしつける機会をな。おそらくはこれは──本物だ。そう推測する根拠は──老ウェイレンに、説明してもらおう」
 くちばしの生えた異星人が無言でうなずき、よく光る両の目を一行にすえて語りはじめた。
「われわれラトアト・ラ人が音声に関わる文化を深く発展させてきた事実は知っておろうな。また、わしがこの教団に身をよせるにあたって、紫雲晶起源の神秘学にいささか精通していた事実も覚えておくといい。
 さて、ラベナドでこの像を調達するおり、妨害をかけてくるものがおった」
 ウェイレンの視線がじろりと、横たわるバラムにむけられた。
 あわてて目を閉じたが、老ウェイレンに意識が戻っていることを気づかれたかどうかはわからない。
 バラムの状態についてはなんらコメントを加えず、ウェイレンはつづけた。
「その妨害者どもを排除するためにわしは、数ある音声催眠法のひとつを使った。その時に、奇妙な“気”を感得したのだ。
 それはいうなれば──岩がうごめくような、なんとも異様な感覚であった。そしてその奇妙な“気”を発していたのは──いうまでもなかろう。この天使像だ。
 その時点でわしには、この像が生物の変形した姿であるかもしれぬという知識はまったくなかった。にもかかわらず──この像は、生きている、そう直感したのだ。そしてわしの発した音声に、わずかながら反応を示したのだ、とな」
「なるほど。可能性がないわけではなさそうだな」舌なめずりをしつつウシャルがいった。「だが、まだよくわからんことがある」
「なんなりと」
 シャルカーンがうなずく。
 ウシャルは憎々しげに顔をゆがめた。
「危険がどうこう、などとしつこくくりかえしてるがそれはいったい何だ? ストラトス情報部が、不死の秘密を手にしていながらそれを解明する機会をみすみす先のばしにしたあげく、鼻先でかっさらわれていくのを指くわえて看過するほどの危険、てのはよ」
 そこまでいって、ためらうように間をおき、そしてくちびるを湿すように端から端までゆっくりと舌先をはわせてから、つづけた。
「ラウダスの崩壊、か?」
 シャルカーンは、静かな無表情をたもったままうなずいてみせた。
「それだけではない。が、それがかれらの怯懦を構成する最大の要素であったことはまちがいなかろう。だからこそ──同種の、そしてさらに規模を大きくしたわれわれのテロ活動に屈した、ということにもなる」
「説明してもらおうか。──すべて、な」
「いいだろう」シャルカーンは真顔でうなずく。「ラウダス崩壊の夜、シャグラト教授は娘のジーナともう一人の助手──この男が実は、ストラトス情報部と通じていた張本人らしいのだが──そしてタウカリの代理人の立ち会いのもとに、秘法の実践に着手した。
 ──すでに予想はついているかもしれないが、不死を得る過程に必須の“眠り”と表現された状態は、今現在のこの、ジーナ・シャグラトのおかれた石化のことをさしているのだと教授は考えていた。
 ならば“覚醒”とは石から肉へと──あるいはもしかしたら、肉以外の、さらに別の形態の生命へと、変貌することを示しているのだろう、と仮定したのだ。
 そしてさきほどそちらの二人が口にしたごとく、その覚醒の過程において新たな不死人生成のプロセスを開始できる、ということにもなっていた。“解凍”に際して、同時に新しい石人をつくりだす機会もまた、一行には与えられていたというわけだ」
 シャルカーンはそこでいったん言葉をとぎり、意味ありげな視線を一同にめぐらせた。そしてつづける。
「その実験台に、なぜジーナ・シャグラトが選ばれたのかはわからない。本人が志願したのかもしれないし、あるいはまったくの偶然であったのかもしれない。ともあれ──教授らがその実験の危険性に関してあまり大きな注意を傾けてはいなかったことだけはたしかだろう。あるいは──タウカリ自身がそこに立ち会わなかったことを考えれば、危険を承知で実験にふみきったのかもしれないがね」
「待て、ちょっと待て」ぽちゃぽちゃとした手をせわしなくふりながら、ウシャルが口をはさんだ。「解凍やら石人生成やらにゃ、そこにあるジーナ・シャグラトと同じ“石像”が必要なはずなんだろう? そいつはいったいどこから──」
 そこまでいいかけて、ジョルダン・ウシャルのみならずカフラ、そしてバラムまでが、ぞっと背筋をふるわせつつ顔蒼ざめさせていた。
 まさか、とうめくようによわよわしく口にするウシャルにむけて、シャルカーンはあるかなきかの薄い微笑とともに、うなずいてみせた。
「そのとおりだ。もともとラベンの七天使像は──ジョシュアーン遺跡から大量に出土したジョシュアーンの石像を模して造られたもの、という建前になっている。
 そしてこれはいまではあまり知られてはいないことだが──ラウダスの惨劇から数週間後、各地の発掘品保管場所から大量のジョシュアーンの石像が盗みだされた、という奇怪な事件のことにも言及しておいたほうがよさそうだな」
「ちょっと待て!」悲鳴のように、ウシャルが叫んだ。「それはつまり──シャグラト教授の実験で、ジーナ・シャグラトが石化するかわりにジョシュアーンが──先史文明人が復活している、そういうことなのか?」
 うす笑いをうかべたまま、かすかにうなずいてみせるシャルカーンの表情もまた、こころなしか蒼ざめているような気がした。
「ラウダスが消滅したとき、そこで何がおきたのかを把握していたのは、あとにも先にもストラトス情報部のみ。したがって、ガラス化した惨劇のただなかにいちはやく、しかも極秘裏に、調査団を送りこんだのも当然の対応だった。にもかかわらず、ジーナ・シャグラトに酷似した結晶質の像以外、その焼け跡からは何ひとつ発見することはできなかった。
 では──予測されていたジョシュアーンの復活はなされなかったのか? それともあるいは、情報部の調査隊がのりこむよりはやく、先史文明人は近隣の人類社会のあいだにまぎれこんでしまい──何くわぬ顔で、今もほかのだれともかわらぬ生活を送りながら──何か途方もない企みのたぐいを進めてでもいるのか。
 ──ともあれ、その点がストラトス情報部を恐れさせていたもうひとつの事実なのだ。と同時に情報部がジーナを使った新たな“解凍”と生成への誘惑に抗し得た、理由のひとつでもあるかもしれない。というのは──幸いにして、というべきだろう、ラウダスの惨劇と同種の事件はストラトスはおろか、現在のところ人類文明の目がいきとどいている場所ではいっさいおこってはいない。これは──よみがえったジョシュアーンが、盗みだした石像をいまだに解凍していない、とも考えられるが、あるいは──」
「おなじ惨劇をおこすことなく“解凍”できるかもしれない……そういうことだな」
「そのとおりだ。ともあれ──すくなくとも、シャグラト教授が解明した方法では危険きわまりないことが、ラウダスの壊滅によって証明されている。
 これは推測にすぎないが、人間が石化する過程、もしくは石人から“覚醒”する過程のいずれか、あるいは両方に、莫大なエネルギーの吸収と爆発とが、必要とされたためだろう。惨劇の直前、ラウダスとその周辺で大規模な停電とその他のエネルギー枯渇がおこった現象も、それで説明がつく。
 それゆえにストラトス情報部は石化したジーナ・シャグラトの保管場所を空中庭園に決定した」
「なるほど。何かのはずみで“解凍”しちまっても、庭園自体が蒸発しちまうはずだから被害はそれだけですむ、という計算だな」
 シャルカーンはうなずいてみせる。
「そしてわれわれが天使像をここに運んだのも、おなじ理由だ」
 ウシャルはわけがわからぬ、とでもいいたげに眉根をよせた。
 バラムもまったく同感だった。もはやたぬき寝入りを維持することにいささかの情熱も覚えないまま、きき耳を立てていた。
「老ウェイレン。パワー・ネットワークについてご教授願えるかな」
 シャルカーンの言葉にラトアト・ラ人はうなずきかえし、重々しく口をひらいた。
「紫雲晶では竜脈、という名で知られている概念のことだ。惑星・衛星などの天体に存在するとされる、目に見えぬ力のネットワークをさしていう。レイ・ラインと呼ぶ者もいるようだな。ある種の生体エネルギーの鉱脈とでも考えればわかりやすかろう。
 これらのライン上では生命は活発に活動し、その寿命や過酷な環境への耐久度も高い。また、それらのラインの交差点上には、多くの場合聖地や遺跡が密集している。こういった地域では不死人や超人伝説も多く、あるいはより具体的な、たとえば事故や病からの奇跡的な生還、長寿者の集中などといった現象もまた顕著に見られるのだ。
 さらには、この竜脈には周期的な盛衰も見られる。そして今現在、わしの知るかぎりではこのイムジェフィフタス──とりわけわしらが今足下にしておる深山の、この地点こそが、もっともレイ・パワーが強い地点なのだ。
 そしておそらくそのパワーは──ハレ・ガラバティの祭りがクライマックスに達するこの時期にこそ、もっとも強壮になるのだろう、とわしは考えている。もともとハレ・ガラバティの復活伝説そのものが、おそらくはこの竜脈の交差地点となんらかの関連を秘めたしろものなのであろうな」
 ジョルダン・ウシャルはさも疑わしげにひくひくとよせた眉根をふるわせたが、とくに疑念は表明しなかった。
「つまり、そのレイ・パワーとやらをジーナ・シャグラト復活の際の、その、なんだ、必要エネルギーの一助にでもしようと、そういう腹なんだな」
 とくに返事は待たずに自らうんうんと首うなずかせ、そしていった。
「じゃあ、話をふり出しに戻そうか? おまえたちはおれの持っている情報にどれだけの値をつけるつもりだ?」
 腕組みをして、高飛車に放言しつつ小ずるそうな笑みをうかべ、シャルカーンと老ウェイレンとを見くらべた。
「おまえたちの生命だけでは不服か?」からかうようなふくみ笑いとともに、老ウェイレンが口をひらいた。「秘法のポイントは、おそらくは音声にあるはずだ。ならば、おまえたちの協力などなくとも、このわしであればさほど時間をかけることなく、いずれ解明することもできよう。
 さらには、ジョルダン・ウシャルよ、たとえばこのわしがおまえを殺してストラトス・マフィアの統括者の地位を簒奪してもよい。田舎マフィアの地位など欲しくもないが、その二人の美童が情報を開示するのは、タウカリの後継者と目される人物に対してであろうからな」
「フン、残念だがな、異星人め。この二人からタウカリ以来蓄積されてきた情報をひき出すためには、単におれを殺すだけじゃたりねえぞ」
 くちびるの端をゆがめながらウシャルは、余裕たっぷりにそういった。
 その余裕に演出くささを感じて、バラムはウシャルがブラフをかましているのだと推測した。
 が、シャルカーンはそうはとらなかったらしい。
「ジョシュアーンの秘法ではどうかな」そう口にした。「不死の肉体を得る、というのは」
 にやりと笑って、ウシャルはこたえた。
「おことわりだな」
 意外そうに見かえす一同を前に、肥大漢はつづける。
「というより、その報酬に手をつけること自体にはやぶさかじゃねえが、今のところは保留にしておきてえってことだ。要するに──実験台にゃされたくねえからな。だいいち、そこにういてるジーナ・シャグラトのかわりに復活したはずのジョシュアーンが、具体的にはどういう状態なのかはわかっちゃいないんだろうが。場合によっちゃ、復活はできませんでした、てな可能性も充分じゃねえのか? 冗談じゃねえ。すくなくとも、そのジーナ・シャグラトがどういう形で復活するのかしねえのか、はっきりするまではその報酬は棚上げにしといてもらいてえ」
「あまり欲をかくと、ろくでもないことになるぞ」
 口にした内容とはうらはらに、老ウェイレンはいかにもおかしげに笑っている。
 フン、と鼻をならすウシャルに、シャルカーンが重ねて問う。
「ではほかに何がお望みかな?」
「そうだな」ぞろりと、ぶ厚い舌で唇をなめまわし、「たとえば、カリアッハ・ヴェーラだな。今のとこ、この不死の仙薬がどれだけ寿命をのばせるかって上限は、まだわかっちゃいねえはずだろう? 試しに、このおれがおっ死ぬまでそれの供与を約束するってのはどうだ?」
「きさま、頭(ず)に乗るのもいいかげんにしろ」
 憤然として身を乗り出したのはヨーリクだ。
 が、シャルカーンはそれを制してうす笑いをうかべたまま、うなずいてみせた。
「よかろう。ほかに望みはないか?」
 ヨーリクのみならず、背後にひかえていた数人の長衣の男たちまでが憤然といきり立ったが、シャルカーンはまったく意に介する様子を見せない。
 へ、とくちびるの端をゆがめてウシャルも笑った。
「ずいぶんと気前がいいじゃねえか。なら、おまえらがほかに手の内にしてる不老長生に関する商売ものの内容も、ひとつひとつ教えてもらえるかい? 気に入ったのがあれば、すべておれによこすって条件でよ」
 傲慢かつ理不尽きわまりない要求にも、顔色ひとつかえずシャルカーンがうなずいてみせる。もはや教団員たちは抗議の言葉をあげることさえ忘れて、ぼうぜんとするばかりだ。
「約束しよう、シフ・ウシャル。わが教団が手に入れたすべてのノウハウを駆使して、きみの生命をリフレッシュしてさしあげると。では──ひきかえに、情報を」
「おっと、その手は食うかい。空手形はごめんだぜ」ぶるると肉のついた頬を派手にふるわせながら首を左右にふってみせ、「クレオ、ダリウス、どちらか一人いれば“解凍”とやらの手順は遂行できるようになっている。最初の実験にゃ、そうだな、ダリウスと、それから石化させるための実験台、この二人だけおいておれたちは全員避難する。そういう形でどうだ? もとより、てめえらはそうするつもりだったんだろうが。あん?」
 フ、とシャルカーンは短く笑った。
「それでいいだろう。では“石人”移行の実験台だが」
「そこにころがってる化物はどうだい?」
 とジョルダン・ウシャルが指名したのは、こともあろうにバラムだった。
 ふむ、と興味深げに老ウェイレンがあごに手をあて、シャルカーンもまたおもしろそうに笑みをうかべた。
 が、
「だめだ。やつはおれがこの手で始末する。そういう約束だったはずだぞ、シャルカーン」
 それまでだんまりを決めこんでいたファジル・ハーンが、無表情にクレームをつけた。
「それは残念だの。人間を超えた肉体とひきかえに、余命を極端に削られたはずの強化人間が“秘法”の影響をどううけるのか、興味あるところだが」
 無責任におもしろがっていることを隠そうともせず老ウェイレンがいう。対してファジル・ハーンは、刺すような一瞥をくれただけだった。
「ではだれか立候補する者はいるか?」
 シャルカーンがヨーリクを初めとする教団員たちに問いかけた。
 が、先刻のウシャルとの取引に不満を感じてか、あるいはあまりにもあいまいで得体の知れぬ不死の法に恐れをなしたか、だれ一人として名乗りあげる者はいない。
「カフラ、おまえがやれ」
 そのとき唐突に、ジョルダン・ウシャルが宣告した。
 マダム・ブラッドはぎょっとしたように目をむき、口ごもった。
「そんな……ダーリン、まさかわたしが──」
「そうだカフラ」さえぎるように、ウシャルは傲慢にいい放った。「おまえがやるんだ。けっこうな話だろうが。ちょいと石になって眠るだけで、目覚めたときは永遠の若さと美貌とを約束されてるってわけだぜ。ん? ありがてえ話じゃねえか、そうだろう?」
 適当なセリフをならべたて、頭ごなしに決めつけた。
 返す言葉もなくぼうぜんと口をひらくばかりのカフラを背に、ウシャルは「決まったぜ」とシャルカーンにむき直る。
「よかろう」
 こちらもカフラ・ウシャルの意志などまったく無視して、アムラッジェ教団の首魁がうなずいてみせる。
「では、マダムの気がかわらないうちにさっそく段取りにかかろうか」
「待て。その前に」と口をはさんだのは、ハリ・ファジル・ハーンだった。「そこの強化人間と、決着をつけさせてもらおうか」
 ずい、と一歩を、ふみ出した。
 シャルカーンは瞬時、困惑したように眉根をよせる。
 が、すぐに小さくうなずき、口をひらいた。
「いいだろう、ハリ。かれに──」
 つづく言葉をいいおえぬうちに──銃声が鳴りひびいた。

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