ジョシュアーンの秘法

 

「──などはべつにどこでもかまわない、と私は推測している。イムジェフィフタスを選んだのは、時期的にもっとも近いうちに条件がみたされる場所だったからだ」
 白濁した意識の底で、苦痛を裂いて最初に意味を持ちはじめたのは、きき覚えのある声だった。
 朗々とひびきわたる声の主は──シャルカーン。
「ハレ・ガラバティの祝祭の夜、このイムジェフィフタスには力がみちる。その力は、目にも見えず音にもならない。既成のいかなる機器も、その作用のすべてを感知することはできない。唯一、鋭敏な生物の直感的知覚のみがそれを感ずることができるものだ。紫雲晶でいう“気”の概念が、この力をもっとも的確に表現していると私は考えている」
 バラムは用心深く体の状況を意識でまさぐった。
 頭蓋内部で盛大にトレモロがなりひびいている。
 激痛はあいかわらず縦横に体中をかけめぐり、加えてひどい不快感が脳内にいすわって思考をさまたげていた。
「おまえらいったい──」耳ざわりな声が、苦々しげにいうのがきこえてきた。ジョルダン・ウシャルだ。「いったいおまえらは──アムラッジェ教団てのは、何なんだ」
 すずしげな笑声があがった。嘲笑か、あるいはべつの種類の笑いなのかは判然としない。
「わが教団の創始者は」シャルカーンの声が、誇りに満ちたひびきとともに宣言した。「マフディ・サーバー。カリアッハ・ヴェーラの発見者、マフディ・サーバーだ」
「パトリック・サーバー……?」よわよわしくききかえしたのは、カフラ・ウシャルらしい。「抗老化剤カリアッハ・ヴェーラの……?」
 目を閉じたままきき耳を立てていたバラムもまた、驚愕に思わず瞠目していた。
 あいかわらず周囲には青い闇がみち、ひととおりはあたりの様子も見わたせた。
 すり鉢状の谷にかこまれた、ほぼ真円に近いと思われる荒地の底に、バラムは横たわっている。
 円のまんなかに、中点をあいだにしてシャルカーンとスペーサーのヨーリク、ハリ・ファジル・ハーン、そしてその他、フードつきの長衣に身をつつんだ教団員と思われる数人の人影。
 そして、それに対峙するようにしてたたずむジョルダン、カフラのウシャル夫妻と、影のようによりそう二人の小姓。
 シャルカーンの背後に、やや距離をおいて森林のあいだからのぞく屋根には見おぼえがあった。地下洞窟から脱出した時に目にした、古びた廃寺の屋根だ。
「生化学の大家が創始したのが、あやしげな教団だ?」疑わしげな声できいたのは、むろんジョルダン・ウシャルだ。「そんな眉唾な話があるものか」
 バラムもまた同意見だった。
 現在でも希少かつ高価で、余人にはまず手に入れることのできない抗老化剤カリアッハ・ヴェーラが発見されたのはほぼ百五十年前。それから一世紀を生きて二百歳の往生をとげたといわれるパトリック・サーバーはそれ以前も以後も、数々の生化学的発見や成果を残している。晩年は隠遁生活に入っていたらしいが、およそあやしげな宗教団体の創始者とはかけ離れたイメージの人物だ。
 が、シャルカーンにかわって口をひらいたヨーリクが、重力の拷問に息を切らしながらも熱を帯びた口調で否定した。
「偉大なるマフディ・サーバーは生命の神秘に深くわけいるほどに、そこに深甚なる神の秘蹟が隠されていることに確信を抱くようになられたのだ。そしておまえたちのような、凡俗な精神には思いもよらぬ真理に到達され、永遠の追求をわれらに課して深淵へと旅立たれた。マフディ・サーバーは史上もっとも偉大なる、真理への到達者にほかならない」
 熱弁をふるうヨーリクの側で、シャルカーンがひそかに冷笑をうかべているところを見ると、この教団の統治者自身はその言をさほど信じてはいないらしい。
 が、パトリック・サーバーがアムラッジェ教団の創始者である、と告げたのは、まぎれもなくシャルカーンだった。
 ヨーリクがつづける。
「マフディ・サーバーはその死の直前まで、数々の秘法をわれわれに伝授していった。教団員の多くが駆使する格闘技の素養も、その名残のひとつだ。肉体を効果的に動かし、不可知のエネルギーをめぐらせて気力・体力を充実させ、ひいては死と病と老化とを遠ざける──その一連の動作が舞踏という形でととのえられた。副次的にそれは、さまざまな格闘の素養を助長する効果をもともなっていたというわけだ」
 つじつまはあっている、とバラムは考えた。
 強化人間という構想のもととなった、紫雲晶神秘学の根幹をなす“気”の哲学に通底する考えかただ。一方は、肉体的能力の向上のみを目的として異形の超人を生んだ。そしてもう一方、不老不死の神仙を目ざして理論と実践を展開していった姿が、このアムラッジェ教団というわけなのだろう。
「てこたつまり」と、喉から涎をたらしそうな露骨な口調で、ウシャルが問うた。「おまえらもカリアッハ・ヴェーラの恩恵にあずかってるのか?」
 くくくくと、ハリ・ファジル・ハーンをのぞく教団員たちのあいだからいっせいに、冷笑があがった。
「われわれの目的は、みずからを神に近づけること」軽蔑もあらわな口調で、ヨーリクがいう。「カリアッハ・ヴェーラもその他の方法も、不老不死が目的ではなく深甚なる神秘の具現の手段にすぎない。もとよりカリアッハ・ヴェーラなどのたすけなどなくしても、さまざまな方法によりわれらは生命の輝きを力強く手中にしつづけている」
「なんでえ。要するにてめえらにとっても、カリアッハ・ヴェーラは高嶺の花ってことじゃねえか」
 もったいぶるな、とウシャルが鼻をならすのへ、ヨーリク以下の教団員がむっと顔をかたくした。
 シャルカーンはやはり、ひそかにそんなやりとりを楽しんでいるらしい。
 そういうわけか、とバラムは心中ひとりごちた。
 最新型戦闘艇や恒星船を調達し、ストラトス情報機関と同等以上の情報収集力を持ち、さらには苦もなくトーチカを占拠、維持できるだけの人員・装備を用意できるだけの組織力──国家がかかわらず、水面下であれ星際規模でそれをなし得るとなればそれは、おそるべきポテンシャルを秘めた巨大企業のたぐいにほかなるまい。
 そしてその企業のあつかう商品が不死であるならば、およそ権力機構の上層部から看過や、あるいは積極的な協力でさえ、得ることはさほどの困難でもないだろう。
 まして不老不死──人類にとって、否、あらゆる生命にとって、根本的な吸引力を内包する商品をおさえている、となれば、資金調達もまた思いのままにちがいあるまい。
 ヨーリクのごとき狷介で知られたスペーサーまでを積極的に協力させている背景も、平均寿命二〜三十年の人類の亜種が、普通人なみの百年近くもの寿命を維持できるとなればむしろ当然のことともいえる。
 なれば、ヨーリクの演説の意図する高尚さとはまったく無縁の、人類が抱く根本的な即物的欲求こそ、アムラッジェ教団という組織の根幹をなしている、ということになる。
 へ、とバラムは思わず吐きすてていた。
 そのひそかな吐息を耳ざとくききつけたか、おもしろくもなさそうに腕組みをしてたたずんでいたハリ・ファジル・ハーンがちらりと視線を移動させ、くちびるの端だけでほんのかすかに笑った。
 くそが、気づかれてやがる──心中苦々しく自嘲しつつバラムは、このままたぬき寝入りをつづけるか、起きあがって歓談の輪に加わるかを思案した。
 あげく、そのまま怠惰に身動きしない道を選択した。気づいているのはファジル・ハーンひとり。最悪に手ごわい相手だが、わざわざほかの者の注意までひく必要もあるまい。
 なにより苦痛にさいなまれる熱をもった肉体は、重量級の疲労感にのしかかられて、身動きひとつする気力もわかぬ倦怠に重苦しく占拠されていたのであった。
「要するによ──」ジョルダン・ウシャルの耳ざわりなだみ声がいう。「“ジーナ・シャグラトの秘密”てのも不老不死と関係があるわけか」
 対して、あざけるようなふくみ笑いをもらしたのはシャルカーンだった。
「とぼけることはないさ、シフ・ウシャル。きみはすでにその秘密の概要を手にしているはずだ」
 ち、とウシャルはわざとらしく舌をうつ。
 そんな様子をさもおかしげにながめやりながら、シャルカーンはつづけた。
「ダリウス、クレオといったね。たかだか小姓二人をつれ歩くために、拉致した相手に崩壊した塔へ戻るよう要請するなど、およそばかげた行為にほかならない。第一、あの惨状のなか、生きのびている確率さえほとんどなかったはずなのだからな。
 にもかかわらずシフ・ウシャル、きみは“ウシャル城”にとってかえすやデータディスクのたぐいには目もくれず二人の小姓をさがし、瓦礫の下で美童たちが、その外見に似あわず頑健に生きのびていると知って──歓喜よりは安堵の息をついたそうだな。
 つまり君は──美麗なる小姓に倒錯的な執着を抱いていたわけではない。うわさでは、ジョルダン・ウシャルという男は性的には、貪欲だがきわめて正常な嗜好の持ち主だ、ともきいている」
 フン、とウシャルは鼻をならした。
「人の性的嗜好まで細かに。変態かおまえらは」
「失礼。べつに私とて個人的な興味を抱いていたわけではないが」嘲笑をうかべつつシャルカーンはいった。「ところで、現在のストラトス・マフィアの起源は、百年ほど前にさかのぼるそうだね。ちょうどそのころ、それ以前に存在していた組織が潰滅し、新しい暗黒街の支配体制が定着した」
「それがどうしたってんだ」
 憮然と問うウシャルに、シャルカーンはなおも意味ありげな微笑を崩さないまま、
「今は君が組織の全権を掌握している。それ以前にも幾度か交代劇が行われてきたが、なぜか初代の統治者の正体は明らかにはされていない。よほど巧妙に、その存在を影におきつづけてきたのだろう」
「安心しろ。とっくの昔にあの世にいってる」
「知っている」
 シャルカーンは静かにいった。いぶかしげによせられたウシャルの眉が、つづくシャルカーンの言葉に、驚愕にふるえた。
「ストラトス情報部もね」
「なんだと?」
 わめく“帝王”をシャルカーンは軽く手を上げて制し、つづけた。
「パーン・タウカリ。ストラトスを中心とした巨大企業T・A・グループのかつての巨頭。──かれは男色趣味でも名高く、その側にはつねに二人の美童がよりそっていた、という話は当時かなり有名な事実だったそうだね。
 もっともその二人の美童は、タウカリを狙ったテロで命を落とし、一命をとりとめたタウカリもそれ以後は表だって小姓をはべらすのはやめたということでもある。したがってテロ事件で命を落とした二人の小姓の遺伝情報をもとにして、まったくおなじ外見をもつ人造人間がつくられたことは一般にはほとんど知られてはいない」
 ちらりと、シャルカーンはウシャルの背後にたたずむ二人の美童に視線をはしらせる。
 うける小姓たちは──話題が自分たちの存在におよんできたことさえ理解しているのかいないのか、つくりものめいた微笑をかすかにその口もとにきざみこんだまま、人形のようにたたずんでいるだけだった。
 炎の噴き出てきそうな形相でにらみつけるウシャルにふたたび視線を戻し、アムラッジェ教団の首魁はさらにつづける。
「まして──その二人の人造人間が、神経系に特殊な措置をほどこされた一種の記憶装置であることなど、代々それをめぐって暗闘をくり広げてきたマフィアの統治者たち以外に知っているものなど皆無──と、そう、きみたちは思っていたわけだ」
 ぎり、とウシャルは歯ぎしりの音がきこえてきそうな顔でシャルカーンをにらみつけた。
「だが、ストラトス情報部はそれを知っていた。知っていながら放置していたのは、タウカリという巨頭を失ってストラトス・マフィアがさほどの脅威ではなくなったことと──今では唯一、自分たちがその概要を把握しているある重大な秘密が、破棄するにはあまりに魅力的だが行使するにはあまりに危険すぎることを承知していたかららしい」
「それが、ジーナ・シャグラトの秘密……かよ」
 ウシャルの問いに、シャルカーンは静かにうなずいてみせる。
「われわれがその情報を手に入れることができたのは、ストラトス情報部を退役したある人物をわれわれのネットワークの一端に加えることができたときだ。
 その人物は、この件に関してはごく表層的にふれることしかできない立場にあったらしく、くわしい情報は得られなかった。だが、それがいままでわれわれが得てきたものとはまるでかけ離れた概念の、不死に関する秘密らしいということは知っていた。
 だからわれわれは時間をかけて周辺をさぐりまわった後、いささか乱暴な手段でその厳重なガードをつき崩すことにした、というわけだ」
 いささか乱暴、か、とバラムはひそかに鼻で笑った。
 その“いささか”の内実こそ、ストラトス情報部を脅す目的だけでひとつの都市を蒸発させ、ひとつの惑星系のバランスを破壊して、死の世界を約束した、あの残酷というもおろかしい凶行そのものにほかならない。
 そしてさらにそれは、それ以前に表立っては行われない、物騒かつ残虐な暗闘がひととおり行使されたことを示してもいるのである。
「かれらにもプライドというものがあったのだろうな。すべてのカードを開示してもらう、というわけにはいかなかったよ。ストラトス・マフィアの統治者。そしてハニ・ガラハッド。それから、不死人の概要とそれに関わる七十三年前の事件の裏にひそむ事実と、それから推測のいくつか。
 与えられた糸口はいささか頼りないしろものだった。マフィアの黒幕のほうは“秘密”についてかけらほどの知識も持ってはいなかったし、もう一人の人物は人間としての暮らしさえ投げうって、行方や生死さえあいまいだったのだから。
 しかしどうやら、われわれは運がよかったようだ。必要なものはほぼ、こうして手もとにそろえることができた。タウカリが遺した秘法の手順。そしてジーナ・シャグラト」
 ウシャルが──そしてバラムが、目をむいた。
 観客の反応を楽しむように、シャルカーンは満面に笑みをうかべながら、役者めいたしぐさでわざとらしく手をあげてみせた。
「ジーナ・シャグラトだ」

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