語らぬ者たち

 

 不可解なものに対するとまどいを、その表情は物語っていた。
「以前、その名を冠した教団の人間が当院をたずねてきたことがありましたな」
「ほう」バグマドの微妙な反応に、荒れさわぐ内心をおしころして、さほど興味もなさそうに問うた。「教団、ですか」
「ええ。アムラッジェ教団、と名乗っておりました。教団とはいっても、宗教団体とはすこしちがう、と何やらまことしやかな説明をなさっておいででしたな。
 やはりあなたとおなじように、アムリタ──より具体的には不死に関して、強い興味を覚えておられたようでした。どうもわしの話す由来だのにも、かなりの部分が現実に裏づけられたものがありそうだ、というような受けとりかたをなさっておいででしたなあ。
 わし自身からして、神だの魔族だの冥界途上の不死の神水だの、どうにも現実にこの世に存在するとは思えぬ、おそらくは何かの事象や思想の象徴にしかすぎぬものと思っておるものに対して、そうも真剣にとられたのではどうもとまどいをおさえきれなかったもので、よく覚えておるのですよ。
 アムラッジェ、というのも、アシュトラ教の一派に伝わる、アウランッドゥの七陪神の一人です。意味もそのまま不死をさしていますな」
 どうやら、大当たりをひき当てたようだ。
「不死、というのは、ですがだれしも興味を抱くものでしょう」
 さりげなさを装い、バラムはいった。
 それはそうです、と一度はうなずいてみせたものの、バグマドはなおも釈然としないとようすで首を左右にふった。
「ですがアムラッジェ教団のかたたちは、それをかなり本気で追求しておられたようでした。しかもその本気、というののありようが、熱にうかされるようにではなく──そう、むしろしごく冷静に、あたりまえ──とまではいかぬものの、ある程度手なれた感触をもって、それを探求なさっておいでだったような」
「不死を、ですか?」
 うろんげに眉根をよせつつ頓狂にききかえしたのは、むろん演技ではない。
 さよう、と、これも当惑げに僧はうなずき、
「たとえば、ハレ・ガラバティが冥界行に立ってのち、アムリタにいたるまでの道程を現実の、イムジェフィフタスをふくめた生命圏の地形上にあてはめたあげく、アムリタ摂取の候補地点をいくつか、あげておいででしてな。それに奇妙なことも口にしておられた」
「奇妙なこととは?」
「たとえば当院なども、ハレ・ガラバティがアムリタをおとりになった聖地と、ある意味でおなじように重要だ、などと。わたしも僧職にある以上、当院が聖域にあると認めるにやぶさかでない、いや、むしろ積極的に喧伝すべき立場にさえあるのですが、どうもあの教団のかたがたといえば、信仰などとはまるで無縁のもののいわれようだと感じられまして。どうにも奇妙で」
 なるほど、そうでしょうね、などと神妙な顔をしてうなずきつつ、バラムはもはやあふれ出る好奇心をかくそうともせず問いかける。
「それでその、アムリタの候補地とやらですが、数は多いのですか?」
 ふむ、と老僧は記憶をまさぐるように、しばし遠い目を宙にさまよわせた。
「というか、あのかたがたは最初からなにやら、いくつかの候補地をあげておられて、わたしの話をもとにさらに比定地をしぼりこんでいく、という形をとっておられるようでした。イムジェフィフタスをはじめ、各人類居住地の球儀を用意しておられましてな。
 そこでかれらがしぼりこんだ比定地というのも、わりあい覚えてはいます。学僧のころ習い覚え、また今にいたっては小僧たちへ伝授する、という形で幾度となくくりかえし指し示してきた、有名無名の寺院、神域がほとんどでしたから」
「それはやはり、かれらにとっては当然の帰結だったわけですかね。つまり、比定地が各地の聖域に当てはまった、というのは」
「おそらくは。しかしわたしが得た感触では、聖域だから比定地となったのではなく、その地であらばこそ後に寺院、神域として人のあがめる場となった、とでもいいたげなようすではありましたが……。ずいぶんとご興味がおありのようですな。あなたも」
 どうこたえていいかわからず、バラムは無言で僧を見かえす。
 バグマドはそんなバラムを見てハハハ、と快活な笑い声をあげつつ立ちあがり、
「ではついておいでなされ。球儀とまではいかぬが、各地の地図くらいはこの浮き世離れの聖域にもございます。茶など一服しつつ、手なぐさみに神威を俗世間にひきずりおろすのもまた一興」
 手まねきながら歩きだした。
 そしてふいにふりかえる。
 その顔は、ひょうきんな笑みをたたえていた。
「このふまじめさで院主の座をひきずりおろされぬのだから、まことエイシャの神のお導きというか、神威などいいかげんなもの、とでもいうべきか」
 さもおかしげに哄笑する。
 そうして笑いながら僧は先の神像の室とはうってかわった、テーブルと椅子の備わったくつろげる雰囲気の部屋へとバラムを導いた。
 小僧に茶と茶菓のほかにイムジェ周辺の人類居住地の地図を持ってくるよう、楽しげな口調でいいつける。
 そして正面に腰をおろしたバラムにむき直ると、ふいに真顔になった。
「察するところ、あなたは本来ならば、このような場所に縁のあるかたではなさそうです。あのアムラッジェ教団のかたがたとはまた、まるで別の意味で。ちがいますかな」
 突然のこの切りこみに、どう対処していいのか瞬時迷った。
 あげく真正面からこたえた。
「おっしゃるとおりです。所用のついでに立ちよった、というのも偽りで」
 やはりですか、僧はいった。
「浅からぬ宿業を背負いなされたかた、と見えましたのでな。よけいなお節介だとは思いますが、ひとつ助言でもどうですかな」
 内心ではひどく当惑したが、バラムはうなずいた。
 では、と、僧は改まったように咳ばらいをすると、にこやかな相を崩すことなく語りはじめた。
「しこりが、ございますな」
 バラムは無言のまま、視線で先をうながす。
 僧はうなずき、つづけた。
「古いものと、そして新しいものと」
 今度はしばし、とまどったように眉根をよせたが、やはりあえて否定はしなかった。
 僧の笑顔に、わずかな変化が訪れる。
「死する者は帰らず、求めあう者も互いに手がとどかなくなりましょう。が、人には与えられた苦と楽があります。あなたの生涯は、喪失と失意とに塗りこめられてはおりますものの、それらはすべて、あなたにとって──よろしいですか、あなたにとって、意味のある、無二の宝物にほかなりません。そのことを、つねにお忘れなきように。できるかぎり心を楽に、行きなさるがよい」
 いって、僧はもう一度、静かに笑ってみせた。
 その笑いをかすかに彩るものを、哀しみ、ととって、バラムもまた無意識のうちに、おなじように笑っていた。
 おのれの外面に生じた、この反応がひどく異様に思えて、驚愕とともにやや居心地の悪いものを覚えてもいた。
 決して不快ではなかったが。
 小僧が盆を手に無造作な足どりで小室に立ち入ったのを機に、
「いや、にあわぬ説教をたれてしまいました。どうぞお気を悪くなさらぬよう」
 僧が快活にいう。
 茶と茶菓をてきぱきとならべていく小僧の口もとにも、バグマドに対する好意的な微笑がういているところを見ると、この院主はふだんからまったくこの調子なのだろう。
「ではひとつ、宝さがしとまいりましょうか」
 軽口のようにいいながら、僧はうけ取った地図をさっそく広げた。

 ふたたび街の喧噪のもとへと歩みだしたとき、世界はすっかり闇につつみこまれていた。
 ながい夜のもと、ひとびとはいよいよ活気にみちて街路をねり歩き、叫び、語らい、笑いあう。
 その狂騒をかきわけるようにしてバラムは、街はずれをめざしていた。
 この狂乱の数日のあいだは、どの宿も予約とキャンセル待ちでパンク状態におちいっており、まず部屋どころか廊下に寝場所を確保することさえむつかしいらしい。
 いっそ街を離れて郊外をめざしたほうがいくらかでも落ちつける、というのがバグマドの勧めるところだった。
 もとより、イムジェ周辺の人類居住圏である二つの衛星のどこの都市へいっても祭りの狂乱は飽くことなく展開しているおり、宿泊場所などなかなか見つからぬのは変わらないが、まだしも宙港と直結した大都市よりはしのぎやすかろう、ということだ。
 が、なによりも狂乱の渦のただなかに位置する中心街よりも街はずれのほうが、通常形態に近い形で営業している店舗も多い、という助言がバラムをそこに向かわせていた。
 どちらかといえば寝心地のいい宿泊所などより、移動のための手段を欲していたのだ。
 バスなどの公共機関は宿などと事情はおなじで乗りこむのさえ一苦労、という状態らしいので、フライアの貸し出しを行うような店をさがすことにしたのである。
 これも通信で確認したところでは、まともに機能しているのは数件のオーダーだが、どうにか長距離用のものをおさえることができた。
 この衛星では標準時で十五日間ものあいだ、夜がつづく。
 祭りの喧噪をこえてながい眠りにつき、人びとがふたたび目ざめたとき、街はまだ夜のさなかにいるはずだった。
 そんな状態で、通常の営業形態を維持している店舗などたしかに奇特な存在かもしれない。
 外壁にまで人であふれかえったバスにとりついて郊外を目指し、目的の店にたどりついたとき、バグマドのエイシャ寺院をあとにしてから四時間近くの時間が経過していた。
 肉体が気づかぬうちにゆっくりと、疲労していたのだろう。
 アクセスしたレンタルショップにつくと、どこかいやしげなニヤニヤ笑いをうかべた禿頭小太りの男が迎えに出た。
 バラムのIDを確認してから、身につけたスーツばかりが立派な丸顔小太りの男は慇懃無礼を絵に描いたような口調でフライアのとりあつかい上の留意点その他をのべたてながら、窓ひとつない小部屋にバラムを案内する。
 そして、用意がととのうまでここで待て、といいおいて部屋を出た。
 用意された椅子にすわりこむ。
 気がついたのは、しばらくたってからのことだった。
 かすかな異臭。催眠ガスのたぐいだ。凶悪な野獣を生け捕りにするには、たしかに有効な手段にはちがいない。
 だがバラムはただの野獣ではない。
 程度にもよるが、薬物その他のたぐいの毒物など、少々のものなら軽く体内で中和してしまう能力を内包していた。
「くだらねえ」
 吐きすてるようにひとりごち、ふわあとわざとらしくあくびをしてみせてから、ことんと首をたれた。むろん、演技だ。
 五分ほど待ち、昏倒した演技を維持しつづけることに退屈と困難を覚えはじめたころ、ようやくガスマスクで顔をおおった小太りの男と、もう一人が部屋に入りこんできた。
「ちょろいもんだなあ、ティゲル。これがほんとうに、あの老ウェイレンにさえ手がつけられんといわせた強化人間なのか?」
 小太りがいう。
 ガスの影響が残っていないことをゲージで確認してからマスクをぬいだもう一人は、ひとを小馬鹿にしたようなにやにや笑いを顔面にはりつけたヒゲづらの巨漢だった。
 バラムはまったくの初対面だが、ウシャル拉致の際、老ウェイレンとともにシャトル内にいた二人組である。
「なあに。名前倒れの有名人てのは、どこにでもいるもんさ」
 笑いながらヒゲづらの巨漢は、バラムの頬を岩のようなこぶしでこづきまわした。
 ただですむと思うなよ、と心中毒づきつつ、バラムはされるがままに巨漢にかつぎあげられ、移動ののちに風防をひらいたフライアの内部に手荒くほうり出される。
「フライアを貸してやるだけじゃなく、運転手に護衛までつくんだから、まったくいたれりつくせりってやつだぜ」
 ヒゲづらの巨漢が憎々しげにいう。
 ぐったりとうなだれながらバラムは、薄目をあけて二人の様子をうかがった。まるで警戒している様子はない。
 このまま眠りこけたふりをして教団のアジトまで案内させてもよかったが、いつまでも身体の力がぬけたふりをしているのも楽ではない。
 運転席におさまった巨漢がキーをひねり、エンジンが音を立てはじめたのを機にバラムはおもむろに起きあがり、背後から小太りの男の禿頭をわしづかみにしていった。
「悪いな、おっさん。案内はまかせたぜ」
「こ、この野郎!」
 狼狽してぶざまに小太りがわめく。
 巨漢がどう反応するかとむけた鼻先に──重い一撃が、叩きこまれた。
 血臭が鼻腔奥部から口腔内まではじけた。鼻頭をおさえてうずくまりながら、順番をまちがえたか、と反省する。
「野郎」
 歯をむきだしてこぶしをふりあげる巨漢のヒゲづらに、下方から充分にいきおいをつけたアッパーを叩きあげる。
 ひょいと、よけられた。
 お、と目をむくバラムの顔面に、ハンマーのような正拳が叩きこまれる。
 二撃をさけようと身をかがめた下方から、爪先が蹴りあがってきた。
 コンビネーションのあざやかさに舌をまきつつ、蹴り足をとりにかかる。
 紙一重で、よけられた。反応もかなりのものだ。
「うわさ倒れでもねえな」
 歯をむきだしにして論評しつつ、ヒゲづらは身軽い動作で運転席からとびおりた。
 追って、これは行儀よく扉のあけしめをしながら小太りも駐機スペースにおり立つ。
 ふところにさしこんだ手が、意味ありげにうごめいた。
 ち、と舌をならしながらバラムも、二人と正対した。
「ちょいとぶちのめしてやろうや、ガレント。そうすりゃ、おれたちの名前があがるぜ」
 ひとを小馬鹿にするような笑いでヒゲづらをゆがませて、巨漢がいう。
 いいアイディアだな、とこれもにやにや笑いながら小太りの男が口にし──
 つぎの瞬間、合図ひとつなく二人が同時にとびこんできた。
 鉈のような巨漢の蹴りが頭上にぬけ──そのまま落下する。踵落とし。
 たおれこんで難をさけた頭上から──ひぃん、と空気を裂いて異様な物体が落下してきた。
 ころがって避ける。
 がち、とフロアにあたって物体は、火花を散らしながらバネ仕掛けのように上昇した。
 小太りが手をひく動作にあわせて、しるるるるるという奇妙な音ともに宙をすべる。
 がちりと小太りの手もとに帰還したその物体は、鋭利な刃を両端にそなえたワイヤーつきのクラッカーだった。
「ガレントさまの“かまいたち”さ。おまえさんのその顔、ずたずたに切り刻んでやるよ」
 小太りが自慢げに鼻をひくつかせた。
 バラムは、鼻頭にしわをよせつつ口をへの字にゆがめた。
 身がまえる二人をうんざりしたように見やり、手っとりばやくかたづけることに決めた。
「シギム──」
 呪文のすべてを唱えおわる前に──肉体の芯から苦痛が炸裂した。
 裂けるような痛覚が、稲妻のように疾走する。
 思わずうめき声をあげた。
 悪寒が胸奥からせりあげ、頭蓋内部に重い鉛のかたまりをぶちこまれたような鈍痛がわきあがる。
「この野郎」
 怒りの口調でわめく巨漢の罵声までもが、突き刺すような激痛をともなって聴覚を刺激した。
 頬に、ハンマーのような一撃が叩きこまれる。
 あっけなくふっとばされた強化人間に、攻撃が避けられることを想定して連撃にかかろうとしていた小太りの男が目をまるくした。
「なんだ?」
 ヒゲづらの巨漢もあっけにとられた。
 たおれこんだバラムが派手にもがきながら苦鳴をあげているのは、一撃に屈服したからではなく身裏から間断なく炸裂する苦痛のせいだったのだが、無論ごろつきどもにはそうとは知れない。
 拍子ぬけしたように顔を見あわせ、闘気をそがれた中途半端な気分で、うずくまるバラムのもとに歩みよる。
 巨漢が顎先に手をさし入れ、無理やり上向かせた。
「……こいつ、泣いてやがる」
 苦鳴をあげるバラムの顔を見ながらつぶやき、相棒と顔を見合わせて嘲笑した。
「やっぱり名前だおれってやつだ」
 投げすてるようにしてつかんでいた顔をはなし、足蹴にした。
 叩きこまれた蹴りの威力はまるで中途半端なものにすぎなかったが、だからといって体内で規則的に爆発する激痛が軽減されるというわけでは決してない。
 うめきながらぶざまにのたうつバラムを見て、二人組は笑いながら唾を吐いた。
 おのれの胸もとに吐きかけられた汚物にもまるで気づかず、バラムは恐怖ではなくあきらめを感じていた。
 間の悪いときに失速はおとずれるものだ。
 肉体が動かぬ苦痛よりは、屈辱のほうがより大きかった。
 炎をその双眸に秘めて、フライアが浮上するのを激痛が荒れ狂う肉体で感じる。
 とりあえず、敵の本拠にたどりつくことだけはできそうだった。


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