妨害と収奪
野性的な微笑。
誇り高き美貌。
「この二人は、口にしたことは確実に実行するわよ、バラム。そしてもちろん、わたしもね。避けきれる?」
きいて、女は──マリッドは蠱惑的に笑ってみせた。
ぎり、と奥歯をきしらせ、バラムはマリッドをにらみつける。
マリッドは高貴な微笑をうかべたまま、くるりとからだを反転させた。
音をたてないようにあとずさりかけていたウシャルが、恐怖の表情をうかべて動作を凍結させる。
「あなたもよ、ジョルダン・ウシャル。個人的にはバラムとともに、あなたも排除すべきだとわたしは考えているわ。そして状況によっては、それを実行する権限を持ってもいるの。命が惜しかったらおとなしくしていることね、坊や」
ウシャルは痴呆のようにかくかくとうなずいてみせた。
が、その恭順が見せかけのものでしかないことを、バラムは見ぬいていた。その双眸は怒気に染まりながら、なおかつ状況を冷静に分析しつつある。“帝王の資質”というやつだ。
「さあ、抵抗したまえ、バラム」陰々と、情報局の工作員のうちの一人が口にした。「有害なテロリストを抹殺するのはわれわれの義務だ。きみが抵抗してくれれば、それを実行にうつす大義名分ができる。じつはさっきからひき金を引きたくてうずうずしているのだ」
ぶっそうなことを口にする。淡々とした口調がいっそぶきみでもあった。
「と、いうことは、だ」対してバラムは、笑いながらいった。「おとなしくしていれば、おれを殺すことはできないってわけだな。政治的な問題とやらでよ」
「きみは抵抗するさ」挑発するように、黒服は銃口を腰のわきにさげてみせた。「いまでなくとも、いずれそのうちにな」
「そのときに死ぬのは、おれではないな」
不敵にバラムはいい放つ。
それをきいて、マリッドがさもうれしげに笑った。
そんなマリッドの笑いを無視してもう一人の黒服が、おもしろくもなさそうな口調でいった。
「さて、それではわれわれといっしょに来てもらおうか。時間がないので、いそいでもらいたい」
「ほんと、おそすぎたわ」マリッドが、つぶやくようにいいながら上空に視線を転じた。「どうやら騎兵隊が到着しちゃったみたい」
近づきつつある音を、バラムの聴覚もほぼ同時に捕捉していた。
エンジン音だ。突撃艇(アサルト・クラフト)の。
気狂いじみた速度で吹きとばされていく無数の雲間をぬって、光点がときおり垣間みえた。猛烈なスピードで近づいてくる。
黒服二人組は眉根をよせた。渋面はもともとだから、表情にあまり変化はない。
そして──マリッドの示す方角に視線を転じる。
不用意だ。あまりにも。
罠だろう。
かまわない!
一瞬の決断とともに、バラムは動いた。
標的は──むろん、ウシャルだ。
一瞬で“帝王”の背後にまわる。二人の黒服とマリッドを視界におさめようとして──
その視界が、牙のぞろりとならぶ巨大な裂け目のような口をもつ、するどい目つきの黒い影に占拠されていることに気づき、ぼうぜんと目を見はった。
先刻、ウシャルズ・タワーのロビーで目撃した、マリッドの肩口からあらわれた奇怪な影と同一のものらしい。
その影のわきから、ぬう、と銃口がのぞいた。
のび出たまがまがしい先端が、バラムの喉もとにつきつけられる。
それが火を噴いた。
血がしぶく。
瞬間、微笑を驚愕に凍りつかせたのは──今度はマリッドのほうだった。
一瞬の差で、バラムの首は銃の火線上から後退を終えていたのである。
暗殺者のにぎりしめたこぶしが、黒い影にむけて突きだされる。
すりぬけた。
実体がないらしい。
瞬時、バラムの酷薄な顔に驚愕がうかぶ。
見ひらかれた目はそのまま、女の朱いくちびるがふたたび笑いのかたちにゆがむ。
「エイミスをなぐるのは、ちょっと無理だと思うわ」
笑いながらいった。
苦渋の表情をおしころして暗殺者は飛びすさる。
それがふいに一転、攻勢に移行した。
銀のナイフが後退するマリッドを追って弧を描き──死角からせりあがった蹴りが、銃を手にしたマリッドの右肩に痛烈な打撃をたたきこんだ。
一瞬はやく、すべりこむようにして蹴り足とマリッドとのあいだに黒い影が割って入らなかったら、その時点でマリッドは絶命していただろう
が、衝撃は黒い影にもころしきれなかった。
小柄な女のからだがよろめき、銃が手をはなれて宙にとぶ。
そして、がらりと音を立てて街路にころがった。
追って反転しながら手をのばすマリッドより一瞬はやく、バラムの手のひらが銃にたたきつけられた。
万力におしつぶされたように、銃は一瞬でひらべったい残骸と化した。
「むちゃくちゃなひとね」
あきれたようにマリッドがつぶやく。
つぶやきながら、直線を描いてせまる神速の蹴りをかわして、後方に飛びすさった。
同時にマリッドは、突きだされた足が中途で地を蹴ったのに気がつく。フェイント。
みにくく肥満したウシャルの巨体をかかえて走る黒服の一人を、バラムは追う。
追随しながら、マリッドは急迫する突撃艇に目をやった。
高速度映像のように天空をかけぬける雲塊をぬって、裂くような弧を描きつつ降下してくるシルエット。
反重力発生器の真円を後部に一枚。
鋭角のノーズと、ジェネレータ上部にV角に二枚羽を装備し、可変収納式デルタ翼をひらいたフォルムは大気圏内戦闘艇にはありふれたものだが、後部下端、噴射ノズルにはさまれて円盤から突き出るようにのび出た、鋭利な剣、あるいは優美な脚線を思わせる独特のUGフィールド制御翼が、その素性を明らかにしていた。
SAC―GT11・カサンドラ。
ストラトス軍に配備が予定されている、最新式の大気圏内突撃艇(ストラト・アサルト・クラフト)だ。
空に潜行する死神が、三つの標的を射程距離内に捕捉する。
閃光と同時に、路面に溶解した穴が数個、うがたれた。
上空から破裂音がおちてくるのは一瞬後のことだ。
射撃は正確に三組の標的をポイントしている。命中しないのは、標的の勘と反応速度が三者三様に常人ばなれしているからにほかならない。
デルタ翼がねじりこむように旋回し、半壊して今にもくずれおちてきそうなビル群をぬって急迫する。
ひびわれたガラスはソニックブームにつぎつぎと粉砕され、結晶片の雪と化して舞いちる。
さらに、壁の残骸が落盤のごとく頭上を強襲。
衝撃波が、狩られる三つの標的を街路にたたき伏せる。突撃艇はいきおいのままに離脱し──
遠く、天頂へとつづく軌道エレヴェータの長大な円柱をまわりこむようにして反転。
正面から獲物をとらえて、砲口が白熱した光球をたてつづけに吐きだした。
プラズマ弾は街路を白一色に染めながら空を切りさき、都市は無差別に高熱の洗礼をうけて溶解していく。
二万度Cの肉薄する閃光をかわしつつ、バラムは奥歯をきしらせた。
「まったくどいつもこいつも!」
低空を高速でせまる突撃艇の機体に目をすえて、舌なめずりをした。
つぎの瞬間──
「ええっ?」
マリッドが驚愕にさけびあげ、黒服たちも、そしてウシャルもまた目をむいていた。
高速で推進する突撃艇の行くてをはばむかのように立ちつくしたバラムが、制御翼にさらわれるように機体に取りついたのだ。
いったん機体は接地寸前までしずみこみ──一転して急上昇を開始した。
流雲をつき破って突撃艇はまたたくまに、天空に消えうせる。
狂おしく変化するエンジン音がしばしのあいだ、とりついた異物をふりはらうための狂的な曲芸飛行を暗示していたが、それも徐々に遠ざかりつつあった。
一同はぼうぜんと空を見やり──情報局エージェントの小わきにかかえられた暗黒街の帝王は不満げにぶうと鼻をならした。
「おい、いつまでひとを小荷物みてえにかかえてるつもりだ? あん?」
「残念だが、現在のきみは文句をいえるような立場にはない」
うわのそらでエージェントはこたえた。
「でも立場はすぐに逆転するのよ」
気取った声音が、ふいにビル街の陰からかけられた。
ぎくりとして二人の黒服は目をむきながら、銃をむける。
その手もとにむかって、鋭利な銀光がはしった。
刺すような痛みを感じて、二人のエージェントはぶざまに銃を路上にとりおとす。
「おそいぞ馬鹿野郎! どこでアブラ売ってやがったんだ、この役たたずが!」
救援の到着に涙を流して感謝してもいい立場のウシャルが、頭からどなりおろした。
敵に小荷物のようにかかえられていながら、その全身から強烈な圧迫感が噴きだしている。
「おゆるしを、ダーリン」ビルの陰からあらわれたカフラ・ウシャル──マダム・ブラッドが、優雅に一礼してみせた。「でも少しは心配してくださってもよろしいんじゃなくって? ついさっきナイフで刺された上、崩壊するビルから落下して本来なら病院のベッドで手当をうけていなきゃならないほどの、重傷をおっているのよ」
内容とはかけ離れた口調で平然といってのけた。
が、たしかに顔面は蒼白で足どりも危うげだ。
「うるせえ、泣きごとはいい。とっとと何とかしろ」
対してウシャルは憎々しげにいいはなち、ふん、と鼻をならした。
「冗談じゃないわ」マリッドがいった。「ひとを無視していいたい放題。ねえ、あんたたち」
と、二人の黒服をふりかえり──眉をひそめる。
無表情な二つの顔はうなずくこともなく新たな敵へとむけられていたものの、その表情はまるで魂をぬかれた者のように茫洋としていた。
それが相前後して、ゆっくりと前のめりにたおれていった。
司星庁情報局、腕利きのエージェント二人から一瞬にして戦闘力をうばったのは、いうまでもなくマダム・ブラッドのおどろくべき技量の吹き針だ。
マリッドは、二人がたおれきらぬうちに飛びすさっていた。
「ぐえ」
下じきになってうめく肥満体に、すかさず美女がかけよろうとする。
その足もとを、閃光が灼いた。
飛びすさる美女を死の光条が追いすがる。
「邪魔をするな、犬めが!」
怒りに燃えて吐きすてるカフラに、マリッドはあざけるような笑いをかえしながら銃を乱射した。
マダム・ブラッドは軽々ととびはねつつ銃撃をかわし、ふいに反転するや一気に距離をつめた。
その白い手に握られたハンドガンがいままさに火を噴こうとしたとき──
側方に、大音響がとどろいた。
ぎくりと身をこわばらせ、その場にいる全員が音源に目をやった。
交差路前方二十メートルに、巨大なクレーターが出現していた。
そしてもうもうと舞いあがる塵芥のなかから、ひとつの影があらわれる。
「──バラム……!」
ぼうぜんと目を見ひらきながらつぶやくマリッドの口もとに、笑みが刻みこまれた。
「バラム……夜の虎……!」
こたえるように、バラムが顔をあげる。
ほこりにまみれた顔のなかで、半眼にひらかれたその双眸だけが爛々と輝いていた。
煙のなかからひきぬくように、右腕をさしあげる。
まるいものを持っていた。
首だった。突撃艇の、パイロットか。
殺し屋のくちびるがめくれあがった。
──笑いのかたちに。
獲物を前にした虎が笑えば、こんな顔になるだろうか。
その場につどう二種類の人間にむけて、値ぶみするようにゆっくりと視線をめぐらし──
その双の眼が、ぼうぜんとするジョルダン・ウシャルの巨体の前で静止した。
「ひい」
ぶざまな悲鳴をあげて尻でいざるウシャルの前に、かばうようにしてマダム・ブラッドが立ちはだかった。
あいだにわって入ろうと一歩をふみだしかけたマリッドを、バラムがぎろりと視線で制した。
殺気が、渦まいた。
緊張の糸がとぎれる寸前──
バラムの表情がかわった。
──いぶかしげに、眉をひそめたのである。
頭上を見あげて。
闘気をはぐらかされて、カフラ・ウシャルもバラムの視線を追う。
最初の認識は、音だった。
幾層にもおり重なって流れる雲塊の彼方から、ひびきわたる轟音。
「もう一機──新手かしら?」
マリッドがつぶやくのへ、バラムが首を左右にふった。
「三機だ」
地獄の悪魔の告げる予言を裏づけるように、雲塊を閃光がつらぬいた。
敷石が、街路樹が、高架橋が、王冠のように円を描いてはねあがった。
間一髪、三つの影が四方に難を逃れる。
衝撃波に追われて路上を飛ばされ、彼我の距離が大きくはなれた。
間をおかず、幾筋ものビームが地上を襲う。絶妙のコンビネーションで放たれる正確な射撃は、やがて獲物を二種類に弁別した。
ウシャルを背おったマダム・ブラッドと、もう一組に。
「くそったれがよ!」
毒づきながら、バラムはウシャルに追撃をかけようとする。が、突撃艇の執拗な攻撃はそれを阻むかのように暗殺者をウシャルから引きはがしつつあった。
マリッドのほうも、もう一機の突撃艇に追いやられている。
そして残りの一機、突撃艇ではなく、ずんぐりとした重量感あふれる惑星間シャトルが──降下してきた。
ジョルダン・ウシャルのかたわらに。
最初はぼうぜんとことのなりゆきを見まもっていたウシャルも、味方と見るや躊躇なくひらかれたハッチに身をすべりこませた。
ついでマダム・ブラッドを収容し終えると、シャトルはすみやかに上昇を開始する。
「バラム、逃げられるわ!」
マリッドの叫びに、
「わかってる!」
バラムは苦々しく叫びかえした。
ウシャルを乗せたシャトルが飛び去ると、突撃艇二機もあとを追って上昇を開始した。
さすがのバラムも、相手が低空飛行をしないかぎりはうつ手がないらしい。荒々しく毒づきながら、地面を蹴りとばした。
「やつらいったい何者だ!」
「ウシャルの手の者じゃないの?」
しれっとこたえるマリッドに、バラムはつかつかと歩みよって胸ぐらをつかみあげた。
「とぼけるなよ」底冷えのするような声音でいった。「ウシャルの配下なら、やつに襲撃かけてたおれを見のがすはずはねえ。それにあの突撃艇、あれは軍用だろう」
マリッドは軽く肩をすくめる。
「わかったわよ。説明するからはなして」
つきのけるように解放するバラムへ舌を出してみせ、
「女の子にもてないわよ」
「よけいなお世話だ。さっさと説明しろ」
「待って」と、マリッドは手をさしあげた。「その前に用事をすませとくわ」
いいながらカンフースーツの胸もとをおさえる大ぶりの宝石をくいとひねり、なにごとかをささやきかける。通信プロセッサだろう。受信部分は網状の球となって形のいい左耳にピアスのようにぶらさがっている。
「だれと話していた?」
通話が終了するのを待って問いかけるバラムへ、マリッドはしかめ面で、
「あの二人の」と、街路に突っ伏した生死不明の黒服二人を指さしてみせ、「回収を依頼したのよ。ついでにシャトルを一機、調達できないかと思ったんだけど。時間がかかりすぎてダメみたいね」
ふん、と鼻をならすバラムに、マリッドは背をむけて歩きだした。
「おい、どこへ──」
問いかけるバラムへマリッドは背をむけたまま、
「道々話してあげるわ」
「あ?」
とバラムは追いすがる。
くるりとふりむくとマリッドは、ききわけのない子どもにいいきかせるようにして指をつき出し、
「追うんでしょ? ウシャルを。だったらしばらくのあいだ、行動をともにすることになるわ。ちがう?」
いい終えると、ふたたび背をむけた。
黒い影が、つばめのように優雅ですばやい軌跡を宙に描きながら、その小柄な背中を追って飛ぶ。
あわててそれを追いながら、バラムは音たかく舌うちをしてみせた。
「おまえらいったい、何者だ」
下唇をつき出して憎々しげに問うウシャルに、返されたのは冷たい哄笑だけだった。
くそ、と露骨に嫌悪を表明しながらも、帝王がそれ以上癇癪を破裂させなかったのは、かれを救いにあらわれた騎兵隊が、かならずしもジョルダン・ウシャル、ストラトスマフィアの名前と威光に伏す種類の人間ではないことを、本能的に察知していたからだ。
二機の突撃艇にまもられながら急激に上昇をつづける惑星間シャトルの内部には、操縦席のパイロットをのぞいて、ウシャル夫妻のほかに合計三人。
禿頭丸顔の小太りの男。そしてヒゲづらにたえずひとを小馬鹿にしたようなにやにや笑いをはりつけた巨漢。この二人組は、一目でそれと知れるごろつきのたぐいだが──残る一人は奇妙だった。
暗黒街の帝王にむかって露骨に嘲笑をあびせるごろつきどもとちがって、その男は静かに瞑目し、一種神秘的な雰囲気をさえ放っていた。
厳密には、一人、とか男、とかいう形容は正確ではない。なぜならそれは──地球人ではなかったからだ。
ざんばらの髪。奇妙な、あわせ式の上衣を着てまるで行者かなにかのように結跏趺坐している。背に負った、野太い棒状の、奇妙な三弦の楽器。
そしてなによりも異様なのは、くちばしだった。
巨大な鳥様のくちばしはまるで鋭利な凶器のように、ぶきみな存在感をもってその顔貌を占拠している。
ラトアト・ラ人。
帝国領内の神秘的で謎につつまれた異星人だ。科学技術こそ人類にはおとるものの、恒星船の超光速航行時に採用されている音声式の催眠法、イシュ・タン・ヨル・ハー催眠のもととなった音声パターンを人類文明にもたらした、一種仙人めいた印象をもって知られる種族である。
「おれたちをどこにつれていくんだ?」
なおもふてくされた口調でウシャルがそう問うたとき、ふいに、そのラトアト・ラ人が目を見ひらいた。
湖水のような青い瞳が真正面からウシャルを見つめた。
聖者の視線を前にしたように、ジョルダン・ウシャルはたじろいだ。
が、異星人が口をひらくと、その神秘的な印象はとたんにぬぐい去ったようにして消え失せた。
「星間旅行に招待してさしあげよう。行き先はまあ、楽しみにしておられるがよい」
りゅうちょうな銀河共通語(インターワールド)で、異星人はそういったのである。
しわがれ声だった。地球人でいえば、かなりの高齢者の雰囲気だ。小柄な身体の放つ印象からしても、老人といってさしつかえはなさそうだ。
おちょくるような調子で口にするラトアト・ラ人にあわせるようにして、ごろつきどもがいっせいに声をそろえて笑う。表現方法はともかく、すくなくとも二人の無頼漢はこの異様な異星人に、畏怖に近い感情を抱いていることがその態度から察せられた。
「旅行だ?」うさんくさげに肥満顔をゆがめつつ、ウシャルもいった。「おれの意向とは無関係に、かよ?」
「しかり」
くちばしのついた異相では表情などわかりようもないが、それでもどこか嘲笑するような雰囲気がある。
ち、とウシャルは舌を打ち、
「ちょいと待った。おろせ、とはいわねえ。より道してもらいてえ場所がある」
うろんげに、ラトアト・ラ人の眉間にしわがよる。
「罠、というのは歓迎できんの」
「罠じゃねえ。どうしてもダメだってんなら、こっから飛びおりるぞこの野郎」
すごむ、というよりは駄々っ子のようにいう暗黒街の帝王に、ラトアト・ラ人はしばし困ったように逡巡していたが、すぐにパイロットにむけて進路の変更を告げた。
二機の突撃艇をともなってシャトルは上昇を中止し、眼下の都市にむけて静かに降下を開始した。