Sさんの出発
晩ごはんは王宮通りの裏にあるというレストランに向かった。なんでも伝統的なネパール料理を出すネパールキッチンがそこにあるらしい。ジャヤさんとこで食ったものと基本的に同じなんだそうだが、その店は雰囲気もよくとてもおいしいというS(ネ)さん、M(日)さんのお墨付きである。それでは、というわけだ。
ところが、白い瀟洒な石づくりの入口をくぐってびっくり。受付らしきダンディなおっさんが「リザーブはあるか?」と質問をあびせるのである。はあ? ここ、そんな高級な店なの? そういえば構えもへたなホテルやレストランより数段格調高い。ネパールキッチンだてんでもっと家族的な気やすい雰囲気を漠然と想像していたのだからびっくり仰天。
こりゃまた失礼いたしましたー、と早々に退散しようとすると、おじさん「ちょっと待って。OK、OK、ちゃんと入れるよ」と引き止める。なんでえ最初からそう言えよ。
ボーイらしき男に案内されて階段を昇った。二階は大ざっぱに言って四つの部屋に別れているようだ。奥が厨房らしき一角、残りの三つが、それぞれ十人程度の収容力をもつ小規模な客席。なるほど小規模に各部屋に仕切ることによって、家族的な雰囲気を醸しだしているらしい。それにしてもどの部屋も満杯でとても俺たち三人がすわれる余地などなさそうだぞ。
と思ったら、ボーイはそれらの部屋を無視してさらに階段を上へ。なんだまだ上があるのか、意外とでかい建物なんだなと思いつつ後につづく。三階も同じつくりの数室の部屋。しかしここもいっぱいだなあ。まさか。
まさにもう一階をボーイは躊躇なく昇っていく。でかいレストランだ。驚いた。しかも各階にそれぞれ給仕が数人ずつ配置されているらしく、どの一人をとっても忙しげに、そしてあくまでも慇懃に、立ち働いている。ずいぶん繁盛しているらしい。客層は外国人と富裕階層のネパール人が半々、つうところかな(私達は最初チャイニーズに間違われていた…… ^^;)。
奥まった一角に居を定め、ディナーメニューを頼んだ。ソフトドリンクと書いてあるのでこれはなんだと訊いてみると、コーラにファンタにスプライトだという。こういう高級レストランでソフトドリンクを頼んでそのラインナップがこれなのだから、この三種類、上から下まで行きわたったステータスらしい。つくづく妙な国。
出てきた料理はやはりジャヤさん宅のものと基本的に同じ構成だった。ちがうのは給仕だ。巨大鉢に山もりのごはん、カレー、数種類のおかずなどが次々に運ばれ、テーブル上に置かれた皿に慇懃に盛られていく。おかずなどが切れた頃合を見はからっておかわりはどうか、と実にタイミングよく声をかけてくる。味も上々だ。実にいい。
と食事を進めていると、なんだか給仕が妙なポットを持って接近してきた。ほかのテーブルでもそれをサーブしていたのを見て何か飲み物らしいということはわかっていたのだが、なんと「ロキシーはいかがですか?」とくるのである。
おお! ロキシー! 存在していたのか、ちゃんと。おお、おお、おお。是非。というと、給仕はテーブル上に置かれていた土器のような、杯のような用途不明の食器(俺は最初それを灰皿だと思って好き勝手にもてあそんでいた)にちょぼちょぼと注ぐ。
ほう。これがあの幻の。
杯に満たされた液体はきれいに澄んだ透明だった。冷や酒らしい。見ていると、土器の底に静かに沁みこんでいく。
一口飲んでみた。
強烈。液化した火を飲んだような強烈さだ。うまい。
ロキシーをちびちびやりながら飯を食い終え、しばらくそこでのんびりと過ごしてからホテルに帰った。
明日早朝、S(ネ)さんが湘南に帰郷するということを聞いた。いや、S(ネ)さんの故郷はこのネパールなんだから、帰郷、というのは変だな。どうもこの人は日本語ぺらぺらだし感覚も行動も日本人ぽいから、なんだか知らないうちに勘違いしてしまっている。
立つのが朝早いというのでそこでしばしの別れを惜しみつつ再会を約し、そしてその日も一日が過ぎていった。