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ガジェット ボックス GADGET BOX ネパールの三馬鹿05



    睡魔の勉強会


 夕食はオフィスでとることにした。実費程度の料金しかとられないのだから気楽なものだ。といっても、俺とKはこの団体の会員ではないので少しだけ高くなる。
 メニューはしゃばしゃばのカレーにインディカ米。食後に紅茶。これがまた涙が出るほどうまい。はじめての外国でなにもかも珍しいものだから、なんにでも感動できてしまうのだろう。はっはっはっこりゃあいい。うまい。バンコクからきたというタイ在住の日本人援助組織のひとが合計五人、いずれも慣れた様子で右手で飯を食っているので俺たちも真似してみた。手つきがどうにもたどたどしいのだが、これがまた妙に楽しい。食後の紅茶も実にうまかった。
 で、今夜は勉強会だということだ。バングラデシュの現状や援助団体の活動内容、今後の指針をどうするかなどを定期的に集まって勉強するのだという。「単なるお茶会のようなもんだ」とSさんはいっていた。Yは自分の研究にも関わることなので是非にも参加。団体の横のつながりでだろう、バンコクからきていた四人も当然参加。両親の旅についてきただけ、という中学生くらいの少年だけは事務所で漫画を読んでいるということだが、どうも俺にゃあ関係ねえで知らぬ存ぜぬを決めこむわけにもいかず、俺とKもお邪魔させてもらうことになっていた。Kなどは愛想もいいしその場の雰囲気に調子をあわせるのも得意だしなんにでも好奇心むきだしで目をきらきらさせるような娘なのでなんの心配もなかったのだが、どうも俺には場ちがいなような気がするな。こういう活動より興味あることは山ほどあるしなあ。うーん。まあいいか。いけばなんとかなるだろう。
 とは、けっこう甘い見通しだったことが後に判明する。
 ともあれ、約束の時間がきてSさんの運転するワゴンで街に飛び出した。バングラ人に負けぬ猛スピードで夜のダッカを疾走する。すっかり順応している。しかしこの運転じゃ、日本に帰ったら走る迷惑だろうなあ。
 わきをすりぬけた例の政府の建物は灯火に照らされて幻惑的に、そして堂々とそびえたっている。公園もひっそりと闇のなかに沈む。田園の水面に反射する街灯。バングラ語の派手はでしい看板、ありゃあいったいなんの店だ?
 夜の閑静な住宅街で車は停止した。なかなか立派な家だ。実はこの家の主人、会の主催者がなにものであるのか俺はまったくしらない。Sさんとともにこの国で援助に精出してる人、というくらいしか予備知識がない。まあいいか。さして興味もないし。
 とか思っていたら……うわっ、噴きつけるような熱気を発散するお大尽型の大男だ。声がやたらでかくて雰囲気そのものに圧力を内包している。うぐぐ、まずい。これは俺のもっとも苦手とするタイプの人間だ。べつに悪い人とかいやな奴とかそういうことはなさそうだが、この種の人間とは馬があったためしがない。接触しないようにしよう。それしかない。実はこれには成功した。最後まであいさつ以外の言葉を交わさずにすんだ。助かった。
 困った事態はべつの形で訪れる。もうおわかりだろう。寝てしまったのだ。
 間の悪いことに、この夜の勉強会で資料研究の内容を発表するのはSさんの番だった。大男の主人とSさん、それぞれに会の主旨を説明し、いよいよ苦行が開始される。なんでもバングラ人の著名な研究家の論文を集めた大部の著書を訳し、それにコメントを加えていくという趣向らしい。趣向、というのは失礼か。まあそういうようなことなのだが、バンコクの排気ガスで結核を患ったというFさんが隣の席でしきりにいかにも苦しそうに咳こんでいるのを尻目に、俺は次第に脳内にせりあがってくる睡魔と懸命に格闘していた。いかん、ここで寝てはあまりにも失礼だ。ぐう、起きているのだ、眠っちゃいかん、ぐわあ目蓋を閉じるんじゃないというに。
 努力はむくわれなかった。Sさんの奏でる心地よい子守歌をBGMに、ついに安らかな眠りへと深く陥っていったのである。「深く」と書こうとしたら夜叉丸(ワープロの名前)の奴め、「不覚」などと変換しやがる。まったく不覚だ(Y注:Sさんのドまん前で安らかにお休みになってました)。
 目覚めたとき、勉強会は終了していた。歓談が交わされている。しかし話の内容は援助関係主体らしい。いかんなあ。まあいいや。ついでだからもう少し眠っているふりをしておこう。しかしSさんには悪いことをしたなあ。怒ってないといいんだがなあ。しかしこうも安らかに眠りこけちまったんだもんなあ。まったくなあ。
 俺はこの旅の最大の危機をこうして粗忽に切り抜けたのである。なんて奴だ、まったく。ちなみにSさん、怒ってはいなかったものの「寝てるんだもんなあ……」としきりにぼやいていたらしい。ああ、もうしわけありません。すべてこの私が悪いんです。なーも弁解できんわ、こりゃ。だははーっと。

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