テストドライバーに求められる資質

前回、テストについて掘り下げると予告しましたが、内容が初心者向けではないとの声もありましたので、それについては別の機会を設けて解説させていただくことにし、今回は皆さんの(現在の)最大の関心事であろうテストドライバーについて語りたいと思います。

「優秀なテストドライバーは優秀なレースドライバーたりえるが、優秀なレースドライバーは必ずしも優秀なテストドライバーではない。」

以前マーチン・ブランドルが言っていた言葉ですが、これはとても重要なことを物語っています。よく、開発力のあるドライバー、ないドライバーといわれますが、これも上の言葉と同じことを意味しています。

テストドライバーに求められる能力で一番目を引き、かつ理解されやすいものが、フィードバックです。乗った感じがどうであったか、どこがおかしいと感じたか、どこをどう変更すればより良い車になるか、こういったことを的確にエンジニアに伝えることが出来る能力ですね。的確なフィードバックをするためには、車の挙動を詳細に感じ取ることが出来るだけでなく、車の構造、各部の働き、そのメカニズム、ドライビング理論、セッティング理論などを完全に理解していなければ、的確な「改良提案」が出来ません。まあ、このくらい出来なければF1ドライバーにはなれないでしょうから、ここでは詳しく語りません。

テストドライバーに求められるもう一つの能力とは、車を完全に自分の支配下におき、コントロールすることです。初めてF1に乗ったドライバーがよく「車に乗っているんじゃなくて、車に乗せられている感じ」と言いますが、これはうまくコントロールできない典型例ですね。また、これとは反対に、どんな状況にも臨機応変に対処できる天才タイプのドライバーがいます。このタイプのドライバーはレースではよい成績を残しますが、先の言葉にある「優秀なレースドライバーは必ずしも優秀なテストドライバーではない」可能性があります。

天才肌のドライバーが車のコントロールに長けていないと言っているのではありません。ブランドルがあるドライバーを評して「彼は非常に速いが、走る軌跡が周回ごとに異なり、エンジニア泣かせだ。あれでは全く開発が進まないのではっきり言ってチームのお荷物」と言っていました(このドライバーは2年でF1を去り、現在アメリカで活躍中)。つまり、テスト中はほとんど同じ軌跡を、ほとんど同じスピード、走り方で周回しなければデータ比較が出来ないのです。

これはコンスタントな走りが出来るか否かということですが、簡単なようでなかなか出来ない技です。なにしろドライバー込みで600kgですから、軽自動車よりもはるかに軽い車体に800馬力超のエンジン(軽自動車の少なくとも13倍!)を積んだ化け物のような車を極限状態でコントロールするわけですから。この化け物に乗ってコンスタントに走るためには、能動的に(自分の手足を動かすように)コントロールできなければ不可能です。天才肌のドライバーはどんな車でどんな状況になっても臨機応変に対処できるのでしょうが、このような受動的な(対処療法的な)運転ではレースには勝てても、テストには向きません。

では、なぜコンスタントな走りが求められるのでしょうか?

いずれ詳述しますが、現在のF1マシンにはありとあらゆる場所にセンサーが取り付けられ、テレメトリシステムを通じてピットにあるコンピュータに刻々とデータが送られてきます。パーツやセッティングを変更する前後のデータを比較して加えた変更の効果があったのか、副作用は出ているかなど、ドライバーの主観だけではなく、客観データから分析することも大変重要なことです。この時、テストドライバーが異なった走り方をすると、グラフの差異が変更によるものなのか、走り方の違いによるものなのか判らなくなるのです。

コンスタントな走りは速くない?

ミハエル・シューマッハー(次回詳述)はテスト時にこの点で最も優れた能力を発揮するそうで、「優秀なテストドライバーは優秀なレースドライバー」の典型です。「コンスタントなドライブはアグレッシブではない」と勘違いされている方が時々いますが、彼の例で判るように余裕を持ってコンスタントなドライブができればアグレッシブなドライブもできるわけですね。我らが琢磨選手も今年、テストドライブで来年乗る車を開発すると同時に、十分な経験を積んで余裕を持ってコンスタントな走りができるようになってもらいたいと思います。

それと、今年個人的にはフェルナンド・アロンソとアントニオ・ピッツォーニアの走りに注目します。アロンソは2001年にミナルディから参戦後、昨年ルノーでテストドライバーを務め自分で開発した車に今期乗るという、琢磨選手の辿るであろう道を一歩先に進んでいます。また、ピッツォーニアはF1参戦経験こそありませんが、イギリスF3の2000年度優勝者であり、昨年はウイリアムズのテストドライバーとして14,000kmも走り込んでいます。この距離はレースに換算すると50レース分に近いものですから、ある意味、琢磨選手より経験は(距離的には)豊富とも言えますね。

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