精密機械のようなミハエル・シューマッハー

なぜ琢磨選手ファンにミハエル・シューマッハーのことなんか話して聞かすのか、疑問に思われる方も多いと思いますが、彼は現在最も優れたレースドライバーであり、最も優れたテストドライバーでもあると言われています。昨シーズン、フェラーリが独走できたのも彼だけとはもちろん言いませんが、彼の開発力の高さによるところもかなり大きいと私は思っています。従って、彼の偉大さを知ることにより、テストドライバーの資質がいかに車の開発に重要なのかがわかると思いますし、また、近い将来琢磨選手がトップ争いする(引退しなければですが)相手を知っておくのも悪くはないでしょう。

M シューマッハーは精密機械のようなドライバーである、と評されます。何が精密機械のようなのか? マーチン・ブランドルの言葉から拾ってみました。

「彼は何十周走っても、第一コーナー手前のブレーキングポイントが50cmと狂わない。」 時速300km超のスピードで走っている第一コーナー手前での50cmとは、時間で言うと0.006秒になります。つまり彼は0.006秒を踏み分けることが出来るのです。

「彼は何十周走っても、どのコーナーのタイヤの軌跡も、10数cmほどしかずれない。」  平均時速200kmという極限状態で走り続けながら、暴れ馬とも言われる強大な馬力の車をわずかな誤差でコントロールできるのです。

また、かつての同僚、エディー・アーバインは初年度、テストを独占するM シューマッハーに不平を口にしていましたが、翌年度から同様なテストをするに至って、「あんなハードスケジュールを喜んでこなしているなんて、あいつは狂っているよ。1日やったら回復に2〜3日かかるくらいハードなのに毎日やろうってんだからね」というくらい、体力、気力的にも超人であるようです。

彼の偉大さを語ったたくさんの言葉のごく一部ですが、同じF1ドライバーにとっても彼は特別なのですね。

さて、テストの際にテレメトリで収集したデータは数値と共に、さまざまなグラフの波形で表示されます。これらの数値やグラフを比較検討し、ドライバーからのフィードバックも勘案しながら開発が進められていきます。連続して周回した際の波形が、毎周ほとんどピッタリ重なるのはM シューマッハーだけと言っても過言ではないそうです。その波形に変化が見られるとすれば、それは燃料の減少とタイヤの磨耗による影響がほとんどだということです。従って、その二つの要因をデータから差し引いてやると、パーツやセッティングの変更前後の効果や悪影響が「具体的な数字」で把握できるのです。また、それらのデータは彼のフィードバックを裏付けるものとなっている模様です。(ドライバーによってはデータと食い違うフィードバックをする者もいるそうで、開発現場は混乱してしまいます)

いずれ「フェラーリに見る成功例」として詳述する予定ですが、現在群を抜いて優れているといわれるフェラーリのマシンができたのも、このようなM シューマッハーのテストドライバーとしての能力によるところが非常に大であるようです。

余談ですが、M シューマッハーはかなり強めのオーバーステアが好みのようで、ベネトン時代は彼が開発を一手に引き受けていたため、どんどん乗りにくい車に変身してしまった、とジョニー・ハーバートが以前ぼやいていました。そして、それを引き継いだジャン・アレジとゲルハルト・ベルガーは大変扱いにくい車に困惑したそうです。まあ、若気の至りゆえというか、傲慢さが現れていたのかもしれませんね。ただ、フェラーリに移籍してからは改心したのか、はたまたジャン・トッドなどの優秀なマネージメントサイドが要求したのか、車の作りはニュートラルなものに仕上げ、セッティングで好みを出すようにしたそうです。

また、ブランドルによると彼は昨今のウイングによりダウンフォースを得て走るF1で絶対にやってはいけないはずのドリフト走行を好んで実践する珍しいというか、神業的ドライバーだそうで、絶対に真似ができない、と言ってました。

通常、ドリフトさせてノーズをコーナー出口へ向けると早くアクセルが踏めるので良いとされていますが、F1ではなぜ、いけないのか。F1のウイングは進行方向からの風を受けて最大のダウンフォースが得られるように作られています。したがって、ドリフトすると風は進行方向以外から来るため、「スコン」とグリップが消えてスピンを始めます。このようにドリフトすると車の挙動が不安定になりコントロールが難しくなるため、通常ドリフトは避けるべきだとされていますが、M シューマッハーはその類まれな技術でコントロールし、速さに結び付けているのですね。 (それゆえ彼のコーナーのライン取りは他の選手とかなり違うそうですね)

余談ついでに...M シューマッハーに限った話ではありませんが、高速のコーナーから立ち上がるところでスピンした車が、見事な360度回転をして何事もなかったように走り始める場面を見た方も多いと思われます。さすがにF1ドライバーと関心してしまいますが、ブランドルに言わせると、トラック上でスピンしている限り「当たり前」のことで特に運転技術が優れている訳ではないそうです。先の話のとおり、スピンを始めるとステアリングが極端に軽くなりコントロールが利かなくなるのですが、360度回転して正面を向くと同時に「ガン」という衝撃を伴ってステアリングが重くなり(グリップを回復するため)勝手にまっすぐ走って行ってくれるのだそうですね。もっとも、スピン中に慌てなければ、ということみたいですけど。こういったことも市販車にしか乗ったことがない我々には判らない感覚ですね。

長い余談になってしまいましたが、M シューマッハーの凄さの片鱗がお判りいただければと思います。

Bakuの小部屋に戻る             琢磨な部屋に戻る                 NEXT