テレメトリシステム と テストドライバーの役割

今期からの規制強化で話題となったテレメトリシステムは、ピットから車方向への通信が即時禁止、車からピットへの送信も来期(2004年)から禁止となることでどうやら落ち着きそうな気配を見せています。このテレメトリシステムとはピットと車の間のデータ通信のことで、通信方向によって目的も役割も異なります

車からピット方向へのテレメトリは従来から活躍していたもので、車の各部に取り付けられた百を越すセンサーで得られたデータをピットに随時送信してくるシステムのことです。これらのセンサーは車各部の回転数、温度、加速度、回転角、歪などのデータを刻々と収集、送信しています。ピットに置かれた数台の高性能コンピュータはこのデータを元にグラフなど分析しやすい形に瞬時に加工し、これによって瞬間瞬間の車の挙動が客観的なデータとして得られるわけです。

一方のピットから車方向へのテレメトリは車のセッティングを走行中にピットから変更するシステムで、エンジンの上限回転数の変更や、燃料噴射濃度の調節、足回りのセッティングなどを操作することができました。これは昨年度から解禁されたのですが、コストがかかるうえ、ある意味ドライバーがすべき仕事をピットでしてしまうことになるため、あえなく禁止となりました。個人的には正しい決定だと思っています。従って、今回は車からピット方向のテレメトリについて話を進めていきます。

さて、来期から完全に禁止されるテレメトリシステムを語る意味があるのか?という疑問を持たれる方もいらっしゃると思いますが、禁止されるのは本戦での使用であって、来年以降もテスト走行ではテストドライバーに並ぶ主役のひとつであることに変わりはありません。公式掲示板で琢磨選手が「ベースとなる細かいデータ収集が最優先」と書いていましたが、ここで言うデータ収集にはテレメトリシステムが大活躍をします。特にこれから開発していく新車では、このデータ収集が大変重要な基礎資料となります。

簡単なセッティングを施しただけでひたすら安定走行して距離を稼ぎ、その車の基本的な性格を把握していきます。現代のF1マシンのセッティングは非常に複雑で、各部が相互的に影響し合いますので、気が付くところから対処療法的に修正していくようでは、開発どころかとんでもない車に仕上がってしまいかねません。そのため、基本的性格を正しく理解した上で、その原因を探り、体系立てて修正していかなければならないのです。また、当面は修正を加えたりパーツを交換したりした効果を計る際にも、この基礎データとの比較で良くなったか悪くなったかの判断が行われますので、いわば判断基準を確立しているとも言えるでしょう。

以前からこの連載を読まれている方はもうお気づきになったと思いますが、この判断基準を確立する際にテストドライバーの資質が大きく影響してきます。周回ごとに違った走り方をしているようでは、基準をどこに置いて良いのかさえ判らなくなります。テストドライバーが、簡単なセッティングしかしていない乗りにくい車を、完全に自分の支配下においてうまくコントロールできるか否かが、今後の開発に影響してくるわけですね。

では、このテレメトリシステムがドライバーのフィードバックと共に如何にして活用されているか、簡単な例から見ていきましょう。車の性格を評価する時に、よくオーバーステアとかアンダーステアといった表現がされますが、これが判らないドライバーはいませんからテレメトリはいらないような気がしますね。しかし、ドライバーにはそれぞれ「好み」があり、若干のオーバーステアが好きだったり、少々のアンダーステアは苦にせず運転したりします。複数いるドライバーがそれぞれの感想を言った時に、車をどの方向へ開発して良いか判らなくなります。特に正反対の好みを持つドライバーを抱える場合などは深刻です。こういった場合、テレメトリのデータを元にニュートラルな車作りをし、セッティングで好みに合わせるのが正しい開発と言えるでしょう。

具体的に言うと、ステアリングの切れ角を測るセンサーが、コーナリング中にさらに切り足す動作を感知すればアンダーステアですし、ステアリングを戻す動きがあればオーバーステアです。また、車の前後には加速度センサーもついていますが、フロントの横Gがリアより大きければ、リアが滑っている証拠ですのでオーバーステア、その逆ならアンダーステアです(非常に単純化して解説していますが実際はもっと複雑です)。このような客観的数値だとその車の正しい挙動が把握でき、それを基準に「ニュートラル」な状態へ近づけていくことで車の開発は進められて行きます。

この例から見ても、ドライバーが無駄なステアリング操作をしたり、車を振り回して乗っているようでは「正しい」データの収集が困難で、開発の妨げになることが判ると思います。テレメトリシステムは開発過程においてとても重要かつ不可欠なものですが、それも優秀なテストドライバーがいて初めて有効活用されるものですね。

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