フェラーリに見る成功例

これまでの連載でテストでの開発、テストドライバーの重要性などをざっと駆け足で書いてきましたが、こういったテストを来る日も来る日も繰り返して遂に他の追随を許さぬ車を作り上げた近年の成功例として、フェラーリとミハエル・シューマッハーのコンビが挙げられるでしょう。昨年、フェラーリの独走を見せ付けられ、レースを面白くするために云々といった話が聞かれますが、フェラーリにしてみれば日々の血の滲むような努力の成果であって非難される所以はどこにも無いというのが本音でしょう。もちろん、お金をかけたから豊富なテストが可能であったのも一つの事実ではありますが、お金をかけていたのはミハエルが移籍する以前からでしたので、一概にお金だけが問題であったとは思いません。

昨年のフェラーリのマシンが如何に優れているか。これを語るのは容易ではありませんが、F1 Racingの2002年11月号でマーチン・ブランドルが2000年型のF1-2000を昨年9月にドニントンパークで試乗したレポートが出ています。これは言うまでも無く、フェラーリに21年ぶりのドライバーズチャンピオンをもたらした車です。試乗したブランドルの感想からいくつか拾って見ます。

「すばらしい。まるで路面にボルト付けしてあるかのよう(にグリップが強烈)」「思ったとおりに走るんだ。脳の延長に車があるようだよ、”心−体−車”が一体のようにね」「あいつら(給料を)貰い過ぎだよ。思い通りに走るから運転がとても簡単なんだもの」「今までに乗ったどんな車よりはるかに良い車だよ。はるかにね」「どんなコーナーにも車に全幅の信頼をおいて飛び込めるんだ」「エンジンも凄いよ。ピーキーでもなく、獰猛でもなく、とにかく直線的に回転が上がるんだ。事実、ギアチェンジするのがもったいない気がしたんだよ。どこまでも(パワーを伴って)回ってくれそうなんだからね」

この試乗車は2000年度にミハエルのスペアカーとして全戦参戦したもので、アメリカの富豪コレクター向けに転売する目的でブローカーが保有しているものだそうです。(値段は160万ドル、約2億円です。意外と安い?ものですね。欲しい方いらっしゃいますか?ブローカーの連絡先が書いてありますからご希望ならお教えいたしますよ。ただし、公道では走れませんけどね、笑)それゆえ、壊してはいけないので彼は8割の力で走ったそうです。また、ギアボックスも足回りのセッティングも変更せず、タイヤはブリジストンではなくエイボンを履いていたということで、理想とは程遠い状態でのドライビングでもこれだけの好印象を与えるほど良い車のようです。

このF1-2000を「大幅に改良した」(ロス・ブラウン)のが、F2001でしたし、それから「飛躍的に進歩した」(ミハエル)のが昨年のF2002だったことを考えると、昨年の楽勝、独走の説明がつくと思います。ブランドルがこれだけ褒めちぎるマシンで優勝しながらも満足せず、「テストの虫」と言われるほど精力的に開発に参加して改良を続けてきた裏には、ミハエル自身とチームディレクターのジャン・トッド、そしてフェラーリ社長、ルカ・ディ・モンテゼモロが揃って「驕らず、危機感を持って常にテストを繰り返し、前進」してきたからです。

フェラーリは昨年度、17戦中15勝しドライバーズタイトルの1位、2位独占、コンストラクターズタイトルも取るという完全勝利で、しかもミハエルは一度もリタイアせず全レースで表彰台に上るという信頼性の証明も成し遂げました。そのフェラーリの独走がいつまでも続き、F1自体の人気低迷を多くの人が危惧していたシーズン最終戦、鈴鹿でゴール直後にミハエルが車からピットの全スタッフ向けに無線で語り掛けました。「みんな、今シーズンよくやってくれた。君たちのことを誇りに思うよ。今この時をみんなで心に刻んでおこうよ...来年はこう簡単には行かないからね

一世代ほどの格差があるのではないかと言われるくらい優れたマシンを持った、現在ナンバーワンと評判のミハエルが大成功を収めた瞬間に、それに酔いしれるわけでもなく既に来年への危機感を募らせているのです。彼は後にこうも言っています。「物事がうまく行っていない時にはそれに正面から立ち向かい、うまくこなせると確信できるんだ。だけどその反対に何もかもうまく行っている時ほど心配でたまらないんだ。自分でも驚くんだけどね」「誰が何と言おうとも2003年は接戦になるよ。それはF1の歴史が証明している」「F1で現状維持とは後退を意味するんだ。だから我々はとことん前進していくしかないんだ。他のチームも我々に追いつこうと必死に努力している。この世界で飛躍的な進歩が可能というのは、我々がF2002で証明しているしね」

また、ジャン・トッドも言っています。「表彰台で勝利を祝っている時でさえ、頭の片隅では新しい目標や未解決の問題について考えているんだ」「(今どんなに良くても)初戦の最初の予選が終わるまで安心は決して出来ないと思っている。胃の底の方にいつも怖れを感じているよ」「毎朝起きた時に”今日が終わりの始まり”かもしれない、と思うんだ。もちろん、フェラーリ大成功の時期が終焉を迎える日がいつか来ることは判っている。それが1ヶ月後か、1年後か、5年後なのか...それまで可能な限り強くなって、”その時”に真っ向から立ち向かえるようになっておかなければならない」

他の追随を許さぬ独走をしているドライバーやチームディレクターの言葉とはとても思えませんね。90年初頭、マクラーレン・ホンダが独走した時期がありました。アイルトン・セナという天才ドライバーとホンダという最強エンジンに胡坐をかいて、ホンダやセナの再三の要請にも関わらずシャシー開発を怠ったのも一因で、競争力を失い、ホンダに愛想をつかされ、セナを失い、マクラーレンは低迷してしまいましたが、前進を怠ると如何に速く終焉が訪れるかの良い例だったと、私は思っています。

最後にモンテゼモロの言葉です。「チャンピオンになるのは大変なことだ(21年もかかったしね)。しかし、チャンピオンの座を維持するのはもっともっと大変なことだ。誰にも想像できないほどの努力が必要だ。ほんの些細なことが状況を一転させてしまうかも知れないからね」

F1において、テスト開発が如何に大切なことかを、独走フェラーリが語っていると思います。また、弛まぬ努力はF1に限らず世の中全般についても言えることかもしれませんね。

Bakuの小部屋に戻る             琢磨な部屋に戻る                 NEXT