ドライバーへの身体的負担 −物理的要因−

今、手元に「Number 263」があります。10年程前にこれを読んで、初めてF1ドライバーの過酷さを知ったのでした。しかし、捨ててしまっていたため、今回うろ覚えで書くしかないと諦めていたのですが、この連載の読者の方のご協力により手に入れることができました。10年前ではありますが、現在の状況と多少の違いはあっても基本的には大きく変わっていないと思いますし、身体的負担をある程度具体的な数字で表現してあるものは貴重ですので、参考にさせていただきました。


「レースと言う表舞台」からは「見えない、見えにくい」ところをテーマとして書いていますので、どうしてもテストについての記述が多くなってしまいましたが、ドライバーへの身体的負担も外から見ていると判らない重要な点です。ヘルメットを被っているためどんなに苦しい表情をしていても見えませんし、どうしても「座ってするスポーツ」というイメージがありますので、楽なように思われ勝ちですが、実際にはドライバーはレース中ありとあらゆる苦痛に耐えているのです。

運転姿勢
ジョーダン・デーに行った時、EJ12に座ってみましたが、その不自然な運転姿勢にはあらためて驚かされました。頭では理解していたことですが実際に体験して見ると、座っていると言うよりは頭だけ起こして仰向けになっている状態に近いものです。意外と窮屈さはそれほど感じませんでしたが、足先は心臓よりも高い位置にありますので、この姿勢での1時間半は、じっとしているだけでもおそらく辛いでしょう。

痛み
この状態でGがかかってくるわけですが、シートベルトでくくり付けられているとはいえ、この姿勢では踏ん張りが利きませんので、体がシートやシートベルトに食い込むままに任せざるを得ないでしょう。したがってレース後は体中痣だらけになると言うのも頷けます。また、固定されていない脚部分はもっと大変でしょう。デイビッド・クルサードが両膝にウレタンパッドを撒きつけているのをよく見かけますが、パッドが無ければ両膝同士や、膝とモノコック内面がコーナーの度にぶつかり合って痛いのだそうです。

また、シートは薄いカーボンファイバーで立体整形してあるだけで、市販車のようなクッションなど全くありません。サスペンションも衝撃を吸収する役割はほとんどないため、バンピー(路面が凸凹している)なサーキットでは脳天まで響く衝撃に絶えず襲われているそうです。この衝撃はほんの一瞬ではありますが、15Gにも達する強さだそうですね。しかし、尾てい骨を鍛えることはできませんしねぇ(笑)


さて、平均時速200km超、最高速300km超で疾走するわけですから、F1と言えばG(加速度)というくらい一般的に知られていますね。このGも三次元いろんな方向からドライバーを襲ってきます。

横G
挨拶の章で4G〜5Gに達する横Gのことを「お米の袋(抜粋)に喩えて書いてみましたが、この頭部にかかるGは身体的負担の代表的なものですね。Number 263によると、コーナーごとにかかるGとその秒数、それに周回数をかけ合わせると、この力は1レースで10トンにも及ぶそうです。通常、サーキットは右回りのため頭が左側に持っていかれることの方が多くなります。それを引き戻すため右側の筋肉にかかるのが7トン、左が3トンだそうです。しかしブラジルのインテルラゴスやサン・マリノのイモラは左回りのため、この比率が逆になり普段それほど鍛えられていない左側の筋肉が悲鳴をあげるそうですね。

前後G
また、上記のような運転姿勢であるがゆえ、フルブレーキング時にブレーキを踏む足(近年ほとんどのドライバーは左足になってきた)にかかる負担も大きいものです。コーナー手前では、ぎりぎりまで我慢してから「ガン」という感じに思いっきりペダルを踏みつけるため、最大5Gもの前後Gが足の親指の付け根近辺にかかります。自身の体重が乗っているため、物凄い力でペダルが足の裏に食い込み、激しい痛みを感じるそうです。この痛みを和らげるためドライビングシューズの靴底は年々改良されてきておりますが、その一方でペダルの微妙な感覚を失わないようにすることも大切で、現在はゲル状のソールとなっているそうです。

上下G
上で紹介した尾てい骨にかかる衝撃も上下Gの一つではありますが、コースのアップダウンによるものも負担の一つです。今年は残念ながらなくなりますが、ベルギーのスパ・フランコルシャンがその代表的なサーキットと言えます。ラ・ソース・ヘアピンから急下降しオー・ルージュを経て再び急上昇する際に大きな上下Gがドライバーを襲います。この坂はテレビで見ているとその角度がよくわかりませんが、かなり急なものです。ジェットコースターのような感じですが、違いはジェットコースターが自然落下するのに対し、F1はフルスロットルで加速し300km近いスピードで駆け抜ける点です。

オー・ルージュからの急な上りでは疲れてくると頭が俯きかげんになってしまい、頭を起こして前を見ることが困難になることもあるそうです。また、ジェットコースターで皆さんも経験があるように、下りでは胃が上がり、一転上昇する場面では一気に押し下げられるということが、周回ごとに繰り返されます。それもジェットコ−スターの比ではない強さで。

以上のように、F1ドライバーは一般の人の想像を越えた様々な物理的刺激をあらゆる方向から受けながら、顔を苦痛に歪めてそれらに耐えながら、1時間半のレースを戦っています。今回は主に比較的想像しやすい物理的な面での影響を書いて見ました。次回はある意味もっと凄まじい、身体内部で起きる変化、影響について書いてみたいと思います。最後の部分で「胃」の動きについて触れましたが、これもそのうちの一つですね。

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